レファレンスNo.3 4-1
「では、改めまして。――ようこそ、ラジエルライブラリへ。私はこの第32番閲覧室の司書で、立川と申します」
わたしと葵ちゃんが硬直状態から回復したところで、わたし達はいつものようにみんなで応接用のソファーへと移動した。
わたしの隣では早速、立川さんがいつもの朗らかな笑顔で自己紹介を始めている。
ただ、わたしはそれを横目に見つつ、心の中でひそかに反省のため息をついていた。
(はあ……。わたしはいつになったら、利用者さんを普通にお迎えできるようになるんだろう……)
かえでさんの時は悲鳴を上げてしまい、デューイさんの時は抱き上げてクルクルと回ってしまった。その後の利用者さん達には何とか普通に接してこられたけど、今回は驚きのあまり固まってしまった……。
前にエノク君からも「利用者に失礼だ!」って注意されたし、これはどうにかしないといけないよね。
でも、どうすればいいんだろう。はあ……。
「はじめまして、私は清森葵と言います。それで、こっちの二人は……」
「ぼくは『美術室の二宮金太郎』って言います。みんなからは『キンタ』とよばれています!」
「あ、あたしは『家庭科室のアン・キャロル』です。み、みんなからは『アン』ってよばれています」
――おっと、いけない! わたしがリアクション対策を真剣に検討している間に、葵ちゃん達も自己紹介を始めちゃったよ。
利用者さんのお話は、最初から最後までちゃんと聞かないといけないからね。自分のことを考えるのは家でもできるんだし、今は仕事に集中しなきゃ!
ええと、石膏っぽい男の子がキンタ君でドレスの女の子がアンちゃんか。よし、メモメモっと……。
……………………。
ふーむ。『美術室の二宮金太郎』に『家庭科室のアン・キャロル』か……。
「あのぉ、つかぬことをお聞きしますが……。もしかしてお二人は、学校に住むお化けさんか何かですか?」
「はい! ぼくとアンは、学校のおばけです。――と言っても、まだ『はんにんまえ』っていうのらしいですけど」
わたしがおずおず聞くと、キンタ君が元気にあっさりと答えてくれた。
おお! わたしの予想、大当たり!
ついに現代お化け界における子供達のスター、学校に住まうお化けさんが来ましたか! 今わたし、お化け界のエリートとエンカウント中ですよ!
「えっと、お姉さんとお兄さんもここの『シショ』さんなんですか?」
リアル学校のお化けさんとの第一次接近遭遇に感動していると、その内の一人、キンタ君がわたしとエノク君の方を見ながら聞いてきた。
そう言えば、わたしとエノク君はまだ名乗ってなかったね。いけない、いけない。
「ごめんなさい。まだ、自己紹介していなかったですね。――ええと、わたしはこの図書館の司書見習いで、神田詩織と言います。そこにいる葵ちゃんの友達でもあります。キンタ君、アンちゃん、どうぞよろしく」
「オレはこのラジエルライブラリの館長で、エノクと言う。よろしくな!」
利用者さんに礼儀を欠いてはダメだからね。わたしとエノク君も、急いでそれぞれに名乗る。
すると、それを聞いたキンタ君とアンちゃんがペコリとかわいらしく頭を下げた。
「よろしくおねがいします。しおりお姉さん、エノクお兄さん!」
「よ、よろしくおねがいします」
ふむふむ。なるほど、なるほど……。
どうやら、キンタ君は人なつっこくて明るいタイプみたいだ。それにハキハキとしゃべっていて、利発そうなお子さんに見える。
それに対してアンちゃんは、人見知りするタイプみたいだね。さっきからずっと、葵ちゃんの服の裾をキュッとにぎっている。緊張しているせいか、話す時もよくどもっているし。
二人とも、人間なら小学校低学年――七~八歳といったところだろうか。
こうして話してみると、二人ともお化けっていう感じがあまりしないや。逆に親しみやすさみたいなものを感じるくらい。
――と、その時だ。
「それにしても驚いちゃった。まさか、詩織ちゃんがここにいるなんて思わなかったもの。前に詩織ちゃんが言っていた図書館って、ここのことだったんだね。何だか、約束していた相談の手間が省けちゃった感じだよ」
キンタ君とアンちゃんをこっそり観察していたわたしに、葵ちゃんが笑いかけてきた。
だからわたしも、二人の観察を止めてニッコリスマイルで葵ちゃんに言葉を返した。
「わたしの方こそびっくりだよ。葵ちゃんがこの図書館に来るなんて、これっぽっちも思ってなかったもん」
「うん! 私もアンちゃんから話を聞くまで、こんな素敵な図書館があるなんて知らなかった」
「えへへ。この図書館はね、本当にすごいんだよ。何たって、古今東西ありとあらゆる本がそろっているんだから! この部屋の奥にある書庫なんて、端が見えないくらい広いんだよ!」
ちょっぴり得意気に胸を張り、葵ちゃんにこの図書館のことを教える。そしたら葵ちゃんも、興味津々といった様子で目を輝かせ、わたしの話に聞き入っていた。
「そうなんだ! 端も見えない書架か……。おもしろそうだね。ちょっと見てみたいかも」
「じゃあ、後でいっしょに見に行こうよ。わたし、案内するからさ」
「私も入っていいの?」
「大丈夫だよ、わたしもいっしょにいるんだから」
他愛ない雑談に花を咲かせるわたしと葵ちゃん。
あはは! なんか久しぶりに葵ちゃんとお話しした気がするよ。すごく楽しい気分。
「立川さん、葵ちゃんに書架を案内してあげてもいいですよね?」
「ええ。詩織さんがいっしょでしたら構いませんよ」
「やった! ありがとうございます、立川さん!」
「ありがとうございます!」
立川さんにお礼を言いながら、葵ちゃんとテーブル越しにハイタッチ。
わーい! 葵ちゃんと書庫デートだ!
――なんてことを考えていたら、隣から「ゴホン!」という咳払いの声が聞こえてきた。
「あ~、お楽しみのところ申し訳ないのだが……。――そろそろ本題に移ってもよろしいだろうか?」
歯切れの悪い調子で、わたし達の会話に割り込んできたエノク君。
どうやら、このままでは埒が明かないと判断したみたい。顔をのぞき込めば、少しだけ呆れた様子だ。
「あ、ごめんね、エノク君」
「すみません、館長さん。よろしくお願いします」
わたしは軽く流すように、葵ちゃんはかしこまった様子でエノク君に謝る。
まあ確かに、いつまでもよもやま話をしているわけにはいかないよね。
それじゃあ、気を取り直して……。
「コホン! では、改めまして……。――えっと、本日はどういった本をお探しですか?」
今までの精一杯の澄まし顔で利用者さん三人に質問する。
さあ、レファレンス、スタートだ!
「はい。私達が、――正確にはこの子達が探しているのは、タイムスリップの方法がわかる本です」
わたしに合わせてくれたのだろう。
ちゃんも調子を切り替えて、真剣な面持ちで探している本を教えてくれた。
だけど……。
「タイムスリップの『方法』ですか……。これは、少々難しそうなご依頼ですね。詳しくお話を聞かせていただけますか?」
立川さんが少し困り気味の笑顔で尋ねる。
どうやら立川さんもわたしと同じような心持ちらしい。わたしも心の中で、『うわっ!どうしよう!』と、絶賛大慌て中です。
「ぼくとアンは、むかしにタイムスリップしたいんです」
そうこうしている内に、立川さんの問いかけに対する答えが、キンタ君から返ってきた。
なるほどね。二人は過去に行きたいんだ……。
でも、それだけだとまだ情報不足かな。
「ええと、キンタ君とアンちゃんは、どうして過去に行きたいの?」
「そ、それは! あ、あたしたちがすんでいた学校に帰りたいから……」
メモを取りながらわたしがさらに聞くと、今度はアンちゃんが口を開いた。
ちょっと意外だったね。まさかアンちゃんが応えてくれるとは思わなかったよ。
でも、アンちゃんが今教えてくれたこと。タイムスリップすることで住んでいた学校に帰るってことは……。
「えっと……。――ってことは、つまり……」
キンタ君とアンちゃんの正体に気づいたわたしが、ポツリとつぶやく。
そしたら、キンタ君がその後を引き継いでこう言った。
「はい。ぼくとアンは、このじだいのおばけじゃありません。ぼくたちは、四十年まえからこのじだいにとばされてしまったおばけなんです……」




