レファレンスNo.2 9-3
「いらっしゃいませ、デューイさん。そして文香さん、ようこそラジエルライブラリへ。私はこの図書館の司書で、立川と申します」
「デューイ、よく来たな。それと――ようこそ、文香ちゃん。オレはこの図書館の館長、エノクだ。今日は存分に楽しむといいぞ!」
わたし達がレクリエーションルームに着くと、立川さんとエノク君が利用者二名を出迎えた。
慣例にならって、初対面である文香ちゃんに自己紹介する立川さんとエノク君。
それを聞いた文香ちゃんは、エノク君と立川さんを見比べて――不思議そうに一言。
「小っちゃいお兄さんのほうが、カンチョウさんなの?」
無邪気故に最強の一撃。
可愛らしく首を傾げる文香ちゃんを前に、エノク君が笑顔のまま彫像のように固まった。
もし同じセリフをわたしが言ったりしたら、こんな風に固まらず、烈火のごとく怒っただろうけど……。でも、今回は相手が文香ちゃんだ。
利用者さんを泣かせたとあっては、ラジエルライブラリ館長としての名折れ。おかげで、何も言えずに泣き寝入りするエノク君だった。
(これはさっきわたしを『ネタの塊』なんて言った天罰だね、きっと)
硬直が解け、悔しそうに地団太を踏むエノク君を見て、心の中でほくそ笑む。
ぷくく。いい気味、いい気味。あ~、なんか心の中がスッキリした。
――って、いつまでも悦に浸っている場合じゃないよね。時間も押しているし。
それじゃあ、わたしの気分も晴れやかになったし、そろそろ始めるとしましょうか!
「それでは、今日のメインイベントを始めさせていただきます!」
部屋の真ん中辺りに立ち、わたしはみんなの方を見ながら声を張り上げた。
その声に反応し、みんなの注意がわたしの方へ向く。
みんなの視線がこちらに集まったのを確認し、わたしは例の本を取り出した。
「今日のメインイベントは……、ジャジャーン! この本の読み聞かせです」
「よみきかせ? こんな大きなへやで?」
文香ちゃんがわたしの手にした本と部屋の中を眺めつつ、きょとんとした顔で呟く。
うん、予想通りの反応だね。
よーし、ここからが司書見習いとしての腕の見せ所。
わたしは文香ちゃんに向かって意味深に笑いながら、更なる言葉を紡いだ。
「フッフッフッ! 安心してください、文香ちゃん。これはただの読み聞かせではありません。何と、この本は魔法の飛び出す絵本なのです。文香ちゃんにはわたしの読み聞かせを聞いてもらいながら、不思議なサーカスを見てもらおうと思います」
そう。これがわたしの考えた、今回のレファレンスの回答だ。
葵ちゃんの『本自体が立派なエンターテインメント』という助言……。これを聞いたわたしが真っ先に思ったことは、ラジエルライブラリならではの本で文香ちゃんに楽しんでもらいたいということだった。
では、どんな本なら文香ちゃんは楽しんでくれるか。それを考え始めたわたしは、昨日、エノク君とデューイさんが言った言葉を思い出したのだ。
『そのドラゴンも本当に飛び出す仕掛け絵本から出てきたものだ』
『そうなんです! 文香ちゃんは動物さんがとっても好きなんです。前に動物園に行った時なんて、すごくはしゃいでいたんですよ!』
この二つの言葉を思い出し、それなら魔法の飛び出す絵本を使ってサーカスとかできないかな、と考えたというわけだ。
で、無事にアイデアを実現できる本も見つかり、みんなから太鼓判をもらった上で実行に移ったのだけど……。
「サーカス? わたし、サーカスみるの、はじめて!」
これから何が始まるのかを聞いて、文香ちゃんがパッと顔を輝かせた。
よし! つかみはバッチリだったみたい。
「それでは、読み聞かせを始めますね。楽しいサーカスの始まり、始まり~!」
文香ちゃんに向かって語りかけながら、わたしは手に持った魔法の仕掛け絵本を開いた。
* * *
わたしが本の表紙をめくると、開かれたページが光を放ち、本物のゾウとピエロが飛び出してきた。
「まずは、ゾウさんの曲芸です。はりきってどうぞ!」
わたしのかけ声に合わせて、ピエロがテキパキと動き始める。
セットポジション(?)に立ったピエロが取り出したのは、7本のフラフープだった。それをピエロは手首で回し始め、勢いがついたところでゾウに向かってポーンと放り投げる。
綺麗な弧を描いて飛んだフラフープを、ゾウが長い鼻で危な気なくキャッチ! そのまま鼻で器用に回し始める。
ピエロはポンポンとリズミカルにフラフープを投げていき、最終的にはゾウの鼻で七色のカラフルなフラフープがクルクルと回った。
その様はまるで、ゾウの鼻に虹が現れたかのようだ。
「わあ、すごい! ゾウさん、じょうずだ!」
文香ちゃんがゾウとピエロにパチパチと拍手を送る。
そしたら、文香ちゃんの声援に応えたのだろうか。ピエロはジェスチャーでゾウに更なる指示を出す。
その指示を受けたゾウは……、なんとフラフープを回したまま後足二本で立ち上った!
おお、これはすごいかも! あの巨体が目の前で立ち上がると、とてつもない大迫力だ!
(あはは。この本、わたしが想像していた以上におもしろいや!)
よくよく考えたら、わたしもサーカスを見るのはすごく久しぶりなんだよね。
なんだか、わたしまで楽しくなってきちゃったよ。
「さあ、どんどんいきましょう。次はこの動物さんですよ!」
ゾウの曲芸が一段落したところで、次のページを開く。
すると、ゾウとピエロはたちまち本の中に戻り――代わりに三匹のクマと赤青黄のピエロ三人がページから現れた。
「さぁ、次はクマさんの曲芸ですよ!」
「クマさん? デューイとおなじ、クマさんだね!」
「うん!」
文香ちゃんがひざの上のデューイさんに話しかけると、デューイさんも元気よく返事する。
二人のやり取りを微笑ましく見守りながら、わたしはさらに声を張り上げた。
「では、いってみましょう! ピエロさん、クマさん、よろしくお願いします!」
わたしが横に退くと、まず赤ピエロがどこからともなく大玉を取り出し、一匹のクマの前に置いた。赤ピエロはそのまま連続バック転でクマから離れ、大仰な仕草でパチンと指を鳴らした。
その合図にピクリと反応したクマが、のそのそと慣れた動きで大玉の上に乗っかる。そして――クマは絶妙のバランス感覚で玉乗りを始めた。
おお! 上手い、上手い!
ちなみにその隣では、青ピエロからクラブを三本受け取った別のクマが、ジャグリングを始めておりますよ。こちらも超器用!
で、それを見た文香ちゃんはというと……、
「わあ! みてよ、デューイ。クマさんたち、たまのりしてるよ! おてだましてるよ! ねえねえ、デューイもあれ、やってみてよ!」
はしゃぎながら、デューイさんへ無茶振りしていました。
「ええと……。ぼくにはちょっと無理かな。ははは……。ごめんね」
デューイさんが自分の手足を見ながら、少し困った様子で笑う。
無邪気故に最強の一撃再び、って感じだね。
まあ確かに、デューイさんの丸い手足で玉乗りやジャグリングは難しいかも。
なんかその……デューイさん、ごめんなさい。
と、わたしがデューイさんへ頭を下げている間に、クマ達はさらに高度な芸を披露し始めた。玉乗りクマは玉の上に二本足で立ち上がり、ジャグリングクマはクラブの数を三本から五本へ増やしたのだ。
いや、二匹とも本当に芸達者だね。わたしだったら、大玉に乗った瞬間にすっ転ぶし、ジャグリングのクラブを次々と頭にぶつけてしまうだろう。
うん、絶対やらかすね。間違いない! ハッハッハッ……。
……………………。
……なんか、クマに負けた気分になってきた。やっぱり今度、わたしも挑戦してみようかな。意外とできるかもしれないし……。
――などとわたしが妙なチャレンジ精神を燃やしている内に、曲芸を終えた二匹のクマが脇へ退いた。
次は何をするのだろうと見ていると、空いた中央のスペースに、三人のピエロが協力してたくさんの木箱をピラミッド状に次々と積み上げ始めた。
ピエロが木箱を積み上げ終わると、その前に最後のクマがやってくる。
それを確認した黄ピエロは、首にかけていたホイッスルをピッピッと吹き鳴らした。
その音に合わせてクマは木箱を登っていく。そして、クマが頂上に着いたところでピーッと一際大きい音が鳴り響き――なんと頂上のクマが逆立ちを始めた!
うーむ。あのずんぐりした体で逆立ちなんて……。あのクマさん、やりおるわ……。
「すごーい! クマさんがさかだちしてる!」
文香ちゃんもびっくりし過ぎて、目を丸くしながらクマの芸に見入っている。
最後は三匹いっしょにダンスを踊って、クマ達は三色のピエロといっしょに本へと戻っていった。
その後も、ライオンにキリン、馬やサル、他にもたくさんの動物が次々に出てきた。
曲芸の内容も火の輪くぐりにシーソー、三輪車に乗ったサルの競争など、レパートリーに富んでいて、見ている人を飽きさせない。
文香ちゃんも代わる代わる出てくる動物達に喜び、芸を披露すると拍手をしながら声援を送っていた。
そんな久しぶりに見る文香ちゃんの笑顔を、デューイさんはうれしそうに眺めている。
うんうん、二人とも、いい顔してるね。
さてさて、このサーカスもあと少しでクライマックス。最後まで二人に楽しんでもらえるよう、わたしも精一杯頑張るよ!




