レファレンスNo.1 2-1
開けた扉の先でわたしを出迎えたのは、これまた学校ではありえないような光景だった。
例えるのならば、そう……。
歴史と格式のあるホテルのロビー、といった感じだ。古くて威厳のようなものを感じるけど、人を突き放すような雰囲気ではない。
それどころか、温かく包みこんでくれるような居心地の良ささえ感じる空間が、目の前に広がっていた。
部屋の中でまず目に入ったのは、奥にあるカウンターと、その隣にあるとても大きな観音開きの扉だった。そのカウンター一つ取っても、図書室にある貸出カウンターとは比べ物にならない、立派な代物だ。
カウンターの奥の壁には、大きな銀のプレートがかかっており、
1.図書に書かれた知識は、使用してこそ意味がある。
2.司書は、すべての利用者に対して、最適の本を探し出せ。
3.司書は、すべての本に対して、誠実であれ。
4.時間は有限である。利用者を待たせぬよう、努力せよ。
5.司書たるもの、現状に満足せず、常に成長を心掛けよ。
という文章が彫られていた。
プレートの文章を読み、やっぱりここも学校の図書室の一部なのかなと思いつつ、改めて部屋の中を見回す。
顔を90度左に向けると、木製のテーブルと革張りのソファーが、180度反対の方向に目を向けると、おしゃれな観葉植物が置かれていた。
木製テーブルとソファーは、一目でお高い家具だとわかる代物だ。多分、長学の校長室にある応接用のテーブルとソファーよりも高価なものだろう。……まあ、校長室の家具は、パンフレットの写真にチラリと載っているのを見ただけで、実物を見たことないけどね。
観葉植物も手入れが行き届いていて、葉っぱも瑞々しい緑色をしている。何というか、この観葉植物を見ているだけで、この部屋を管理している人の細やかな気遣いやホスピタリティが感じられるくらいだ。
ちなみに、観葉植物の隣には、通用口のような小さめのドアもあった。
まあ、通用口とは言っても、部屋の景観を損ねない造りのドアだけど。
本当にもう、何から何まで、高級感と品の良さ、そして温かみを感じさせる調度品ばかりだ。
「うわぁ! 学校の中にこんな部屋があるなんて知らなかったぁ!」
秘密基地に入った子供のように、わたしの心がウキウキし始める。
とりあえず気になっていたソファーに座ってみると、
「すごい、ふかふかだ~」
極上の座り心地に、思わず足をバタバタさせながら喜んでしまった。
とまあ、そんな感じで、わたしが童心に帰ったように浮かれていると……。
「おや……。いらっしゃい、お嬢さん」
突然、後ろから声がかけられた。
「ほわぁ!」
驚きのあまり、思わず変な声を上げて、ソファーから飛び上がるわたし。
――あ、危なかった。びっくりし過ぎて、心臓が飛び出るかと思った……。
油断していたところへの一撃だったから、効果抜群だ。
もう、寿命が十年くらい縮んだ気分……。
ともあれ、暴れまわる心臓をどうにかなだめすかし、声がした方へ振り返る。
声がしたのは、カウンターの横にあった、例の大きな扉の方だ。
おっかなびっくりそちらを見ると、観音開きの大きな扉が完全に開いていた。
扉の前に立っていたのは、二人。
一人は、長い黒髪を後ろで束ね、メガネをかけた若いお兄さん。
もう一人は、鮮やかな金髪の十歳くらいと思われる男の子だ。
お兄さんは白いワイシャツの上に黒いベストを羽織り、下も黒のスラックスでピシッと決めている。隙のないその服装と立ち振舞いからは、どこか執事っぽさを感じた。
対して、男の子の方は、かなりカジュアルな格好だ。フード付きの半袖パーカーに膝丈の半ズボン。活発で少し生意気そうな感じだが、ジュニアモデルと言われれば信じてしまうくらいの、整った顔立ちをしている。
とまあ、そんな特徴的な二人が、わたしのことを見ていた。
ちなみに、お兄さんは縁なしメガネの奥で目を優しげに細めていて、男の子は値踏みするような目付きをしている。
「何だ、お前は? お前のような子供が、ここで何をしている?」
むむむ……。
明らかにわたしより年下と思われる男の子から、子供呼ばわりされてしまった。
「勝手に入ったのは悪いと思うけど、自分より小さい子に子供扱いされたくないよ。そもそも君こそ、何年生よ?」
自分より小さな男の子から、あんな言い方で子供呼ばわりされたら、さすがにムッとなる。なので、少しトゲのある言い方で返事をするわたし。
「はあ? 何年生? 何を言っているのだ、貴様」
すると、わたしの態度が癇に障ったのだろう。男の子も、明らかに不機嫌な口調で言い返してきた。
険悪な空気が場を満たし、わたしと男の子の間で、バチバチと火花が散り始める。
と、その時……。
「どうもすみません、お嬢さん。この方も悪気はないんですよ」
わたしが機嫌を悪くしていることを察し、お兄さんの方がすかさず謝ってきた。
そのタイミングがあまりに良過ぎて、肩透かしを食らった気分になる。
ムカムカとした感情も、どこかに吹っ飛んでしまった。
「館長も、利用者さんにそのような言い方をしてはだめですよ」
「ええい、うるさいぞ、立川! お前はいつもいつも、オレを子供扱いしおって!」
「見た目が子供なのですから、子供扱いになってしまうのも仕方がないですよ」
ブチブチと文句を言う男の子を、お兄さんは涼やかにあしらう。
余裕たっぷり。大人の態度だ。
「チッ! まったく、これだから立川は……」
「ぷっ! あはははは!」
あしらわれていじけている男の子。その姿がおもしろくて、一触即発だったことも忘れ、わたしは思わず吹き出してしまった。
「そこのお前! 何を笑っている!」
声を上げて笑われたことが、相当はずかしくて、気に入らなかったらしい。男の子が文句の矛先を、わたしに変えてきた。
「あははは! ごめんなさい。あなた方のやり取りが、おかしくって」
「いいから、笑うのをやめろ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……。――ぷふっ! あはははは!」
必死に笑いをこらえようとしたが、一度ツボに入ってしまうと、なかなか止められない。
――結局、わたしはそのまま5分くらい笑い続けたのだった。




