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ラジエルライブラリの司書見習い  作者: 日野 祐希@既刊9冊発売中
レファレンスNo.2 見習い司書の元気の素探し
39/68

レファレンスNo.2 9-1

 次の土曜日。時刻は、午後十一時を回ったところ。

 わたしは立川さんに案内され、ラジエルライブラリのレクリエーションルームにやってきていた。

 その入口は、閲覧室と同じように書庫の間にポツンと立っている。閲覧室の扉と違うところは、『レクリエーションルーム』という金のプレートがとびらに掲げられているところかな。(ちなみに、閲覧室の扉を書庫側から見ると、銀のナンバープレートが掲げられているのです!)

 観音(かんのん)開きの一際大きな扉を立川さんといっしょに開け放つと、密閉(みっぺい)されていた室内に向けて風が吹き込む。


「わあ、すごく広いですね」


 扉の先に広がった光景を見て、予想外の広さにびっくりする。レクリエーションルームの中は、学校の体育館くらいの広さがあった。

 なるほど。確かにこれだけ広ければ、わたしのアイデアも問題なく行える。

 とは言え、ちょっと気になることが一つ。


「あの、立川さん。この部屋って、よくレファレンスで使うんですか?」


 隣に立っている立川さんに、ちょっと聞いてみる。

 これだけ立派な設備なんだから、やっぱりいろんな用途で使っているのだろう。

 そう思って隣を見ると、立川さんは今までに見たことのないような曖昧(あいまい)な笑みを浮かべて棒立(ぼうだ)ちになっていた。

 うーん……。ここに来る時からどうも様子がおかしい気がするんだけど、一体どうしたんだろう?

 と、私が怪訝(けげん)な顔で視線を送っていたら、立川さんはハッとした様子で言葉を返してくれた。


「――ああ、すみません。この部屋ですか? そうですね……。少なくとも、レファレンスで使用されることは、ほとんどないですね」


「え! そうなんですか? それじゃあ、いつ使うんです?」


「それはもちろん、レクリエーションを行う時だ。この部屋は、主に司書同士で行うイベントなんかで使っているのだ」


 不思議に思って立川さんに聞き返すと、答えは別の方向から返ってきた。

 声の聞こえた方向を見てみると、本棚に寄りかかるようにしてエノク君が立っていた。


「イベント? 司書のイベントって何をやるの? まさか、こんな広い部屋で読書会?」


「そんなわけないだろう。ここでやるのは、一発芸大会とか物まね大会とかだ。ああ、この間は仮装大会をやったか。とにかく半年に一回くらい、何らかの催しをやっているのだ」


「…………………。ふーん。そうなんだ……」


 うーむ……。

 レファレンスで漫才をやろうとしたわたしが言えることじゃないけど、この図書館の司書達は、そんなにもどんちゃん騒ぎが好きなのかな?

 毎日立川さんを見ている所為か、ここの司書って知的で穏やかな印象があるんだけどなぁ。――正直なところ、かなり意外。


「全司書、強制参加ですからね……。毎回毎回、ネタを考えるのが大変なんですよ、ハハハ……」


 司書達の意外な一面に驚いているわたしの隣で、立川さんが遠い目をしてポツリとつぶやいた。

 なんだろう。とてもじゃないけど、乗り気でエノク君の言うイベント(・・・・)に参加しているようには見えない。


「どうして、そんな宴会みたいなことをやっているの?」


 立川さんの様子が気になり、エノク君に聞いてみる。

 するとエノク君は、わたしの問いかけに対して得意気な様子でこう答えた。


「決まっているじゃないか。――オレの思い付きだ!」


「……………………。わぁお……」


 少し――いや、思いっきり引いてしまった。

 道理で立川さんの様子がおかしいわけだ。エノク君の気まぐれで何度も何度もネタを考えさせられて――軽くこの場所がトラウマにでもなっているのだろう。

 というか、昨日わたしが「漫才やろうぜ!」って言った時は、あんなにいやがっていたくせに……。自分は思いつきでやらせるって、どうなんだろう?


(まったくこのお子様館長ときたら、どこまでも自分勝手なんだから)


 そんなことを考えながら、ジト目でエノク君を見る。

 けど、幸か不幸かエノク君はその視線に全然気付かない。それどころか急に、ポンッ、と手を打って、彼はわたしの方を見てきた。


「そうだ! 遅くなったがお前の歓迎会代わりに、近々(もよお)し物をやるとしよう。さてと、今度は何をやるか……」


「いや、いいです! わたし、ネタなんて持ってないもん!」


 いいことを思いついたという面持ちでエノク君が言ってきたが、即答で断る。

 ちなみにわたしの隣では、棒立ちの立川さんがエノク君の言葉にビクッとなって、大いに動揺(どうよう)していた。

 だけど、この自己中館長がその程度の拒絶(きょぜつ)の言葉やリアクションで止まるわけがない。拒否ったわたしに対し、彼はすかさずこんなことを言い放ちやがりました。


「何だ、ノリが悪いな。安心しろ。お前は、存在自体がネタの(かたまり)だからな!」


 ワハハ、と愉快そうに笑うエノク君。

 対してわたしは、怒り心頭。怒髪天(どはつてん)()くといった形相だ。

 まったく冗談じゃない! 一体、わたしのどこがネタの塊だと言うのだろうか、このお子様館長は。


「エノク君、ケンカ売ってる? 売ってるよね?」


 こぶしをプルプル震わせながら、エノク君ににじり寄るわたし。

 でも、エノク君は余興の内容を考えるのに夢中で、こっちを見もしない。

 ぐむむ……。何だか、余計にむかつく~。


「詩織さん、落ち着いてください。大事なミッションの前にケンカはダメですよ。楽しい夜にケチがついてしまいます」


 わたしの視線に一触即発の気配を感じたのか、立川さんがいつものように仲裁に入ってきた。相変わらず、場の空気を読んで、コントロールするのがうまい人だ。

 立川さんの言葉に冷静さを取り戻したわたしは、何とか怒りを抑え込むのに成功したのだった。



 ――けど、事はこれで終わらなかったのです……。



「館長も、さすがに言い過ぎですよ。確かに、詩織さんは大変愉快で見ていて飽きない子ですが、『ネタの塊』はあまりにひどいです。詩織さんに謝ってください」


「グハッ!」


 予想外の方向から投下された爆弾発言に、思わず血を吐きそうな勢いでたたらを踏む。

 た、立川さん! フォローのつもりなのかもしれないですけど、全然フォローになっていません。それじゃあ単に『ネタの塊』を言い換えただけで、むしろわたしのダメージ倍増です!

 普段からあれだけ細やかな気遣いをされているのに、なぜこのタイミングでそんなイージーミスをするのですか!

 立川さんにまで『大変愉快』なんて言われたら、繊細(せんさい)なガラス細工であるわたしのハートが、木っ端みじんになってしまいますよ!


(って言うか、立川さんが普段からわたしのことをそんな風に見ていたこと自体、ものすごくショック!)


 もはや、さっきの怒りが吹っ飛んだどころの話じゃない。

 ショックあまり立っていることもできず、わたしはその場にへたり込んだ。

 そのまま滝のように涙を流して、床に『の』の字を書き始める。

 シクシク、シクシク……。

 なお、エノク君は立川さんの言葉にも気づかず、泣いているわたしの横でまだ催し物を考えていた。わたし、報われない……。


「あ、ええとですね、『大変愉快』や『見ていて飽きない』というのは、悪い意味ではなく……」


 落ちこんでいるわたしを見て、失言を悟った立川さんが慌てて言い訳をし始めた。

 別にいいですよぉ……。どうせ、わたしは『ネタの塊』で『愉快』な子なんですよぉ……。

 シクシク、シクシク……


「そ、そういえば……。そろそろデューイさんと文さんを、お迎えする時間ではないですか?」


「――あれ? もうそんな時間ですか?」


 さめざめ泣いていたのから一転、ケロッとした表情で立ち上ったわたしは、携帯のタイマーで書庫の外の時間を確認する。

 あ、本当だ。もうこんなに時間が経っている。早くデューイさん達を迎えに、閲覧室へ戻らないと。


「え? あ、あの、詩織さん……?」


 その変わり身の早さに、立川さんは呆気にとられた表情となっていた。

 何とか話をそらそうと頑張る最中(さなか)、わたしが突然けろりと立ち直ったので、肩透かしを食らったのだろう。


「ああ、気にしないでください。へたり込んだ辺りからは、ただのお芝居ですので」


 まあ、立川さんに『大変愉快な子』と言われて、グサリときたのは事実だけど……。

 これくらいのことは、長い学生生活の中でさんざん言われてきたからね。実は、泣くほどショックじゃなかったりする。

 それに立川さんもかなり反省したみたいだし、水に流すことにしたのだ。


「は、はあ……。まあ、落ち込んでいないようで安心しました。それと、先程の不適切な発言については謝罪させてください。本当にすみませんでした」


「わかりました! じゃあ、これで仲直りです」


 深々と頭を下げて謝罪する立川さんに、ニッコリと笑いかける。

 わたしの笑顔を見て、立川さんもようやく安心したように微笑んだ。


「それじゃあわたし、デューイさんとエノク君をお迎えに、閲覧室へ戻ります!」


「おっ? もう、そんな時間か。――よし! 行って来い、見習い!」


「いってらっしゃい、詩織さん」


「はい! 神田詩織、いってきます!」


 エノク君と立川さんに向かって、ビシッと敬礼する。

 二人に見送られたわたしは、レクリエーションルームから飛び出したのだった。



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