レファレンスNo.2 8-2
わたしがエノク君と立川さんから合格点をもらって一時間ほど……。
遂に、デューイさんが閲覧室にやって来た。
「よく来てくれたな、デューイ」
「お邪魔します。またお世話になります」
うれしそうにデューイさんを出迎えるエノク君と、柔らかな笑顔でエノク君に会釈を返すデューイさん。
二人が和やかな雰囲気を醸し出していると、立川さんが自然の所作でその輪の中に加わった。
「はじめまして、デューイさん。私はラジエルライブラリの司書で、立川と申します。どうぞ、お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも。はじめまして、デューイです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
お互いに自己紹介をした立川さんとデューイさんが、そのまま握手を交わす。
ふーむ……。とっても絵になる光景なんだけど、傍から見ているとすごくメルヘンだなぁ。
ともあれ、わたしも軽くデューイさんとあいさつした後、みんなそろって応接用のソファーへ移動する。今日は、わたし達三人とデューイさんが向かい合う形でソファーに座った。
全員が着席したところで、わたしは一度深呼吸。そして、デューイさんに向かって口を開――こうとしたところで、エノク君が手で制してわたしを止めた。
どういうことかという顔でエノク君を見ると、わたしの代わりにエノク君が話を切り出した。
「では早速、昨日のレファレンスの続きを始めたいと思うのだが……。――デューイ、実は君に一つ頼みがあるのだ」
「ぼくに頼み、ですか? 一体何でしょう?」
きょとんとした様子で、デューイさんがエノク君に尋ね返す。
その疑問への答えとして、エノク君は頭を下げつつこう言った。
「どうかもう一度だけ、この見習いにチャンスをくれないだろうか」
「デューイさん、私からもお願いいたします。詩織さんが一晩かけて考えたアイデアは、我々の想像を遥かに超えるものでした。お聞きになるだけの価値があると思います」
エノク君に続き、立川さんもデューイさんへ頭を下げる。
二人の言動を見聞きして、わたしはさっきエノク君が止めた理由がようやく理解した。
二人はわたしの上に立つ者として、わたしがレファレンスを続けることへの筋を通したのだ。失敗して躍起になった新人の独断専行ではなく、この図書館の総意としてわたしのアイデアを支持している。そのことを示すため、二人はわたしに先んじて、デューイさんへお願いしたんだ。
不甲斐ないわたしのためにそこまでしてくれた二人に感謝しつつ、わたしも自分の思いの丈をデューイさんにぶつけた。
「デューイさん、不躾なお願いだということは私もよくわかっています。でも、どうかわたしにリベンジの機会をください。――お願いします!」
二人と同じようにわたしも誠心誠意、デューイさんへ頭を下げてお願いする。
そんなわたし達を、デューイさんはつぶらな瞳で見回し……、
「わかりました。――詩織さん。引き続き、レファレンスをお願いします!」
ふわりと微笑んだまま、そう答えた。
「ふえ?」
デューイさんの回答を聞いたわたしは、顔を上げて素っ頓狂な声を上げてしまった。驚きのあまり、デューイさんが言ったことをすぐに理解できなかったのだ。
でも、デューイさんの笑顔を見て、ようやくレファレンス続行を承諾してくれたのだと悟った。
「ほ、本当にいいんですか? わたしが引き続きレファレンスを行っても……」
ただ、わたしはそれでもまだ実感が持てなくて、確認の言葉を紡いでしまう。
そうして確信が持てないでいるわたしに、デューイさんはもう一度優しく言い直してくれた。
「もちろんです。詩織さんのアイデア、ぜひ聞かせてください!」
デューイさんの言葉を聞き、わたしの表情が驚きから喜びに変わる。
今度こそ……間違いない。
わたしはもう一度、デューイさんにレファレンスをすることができるんだ!
(よかった。本当によかった……)
思わず心の中で、安堵の息をもらす。
実はデューイさんが来るまで――ずっと不安だった……。
もうデューイさんは、わたしにレファレンスを任せてくれないんじゃないか。エノク君と立川さんにアイデアを褒めてもらえたけど、そのアイデアを聞いてもらえないんじゃないかって……。
でも、デューイさんはわたしにもう一度チャンスをくれた。昨日あれだけ情けないところを見せてしまったわたしを、もう一度信じてくれたんだ。
これほどうれしいことはない!
「ありがとうございます、デューイさん。わたし、精一杯頑張ります!」
あまりのうれしさに笑顔がはじける。
デューイさんの期待、今度こそ応えて見せなきゃ!
「ありがとう、デューイ。我々の頼みを、聞き入れてくれて」
「ありがとうございます、デューイさん」
エノク君と立川さんも一安心といった様子で、デューイさんに感謝の言葉を贈る。
それを対面のソファーで聞いていたデューイさんは、おもむろに首を横に振った。
「お礼を言われるようなことじゃないですよ。詩織さんは昨日も、ぼくと文香ちゃんのために精一杯頑張ってくれました。ちょっと空回りしてしまったかもしれないけど、詩織さんが誰かのために一生懸命になれる人だってことは、すごく伝わってきました。――だからこそ、ぼくの依頼は詩織さんにお任せしたいんです」
そう言ったデューイさんは、そのままちょっといたずらっぽい笑顔になって、エノク君と立川さんにウィンクした。
「それに、詩織さんの上司であるお二人がこれほど太鼓判を押すアイデアなら、聞かなきゃ損ですよ。違いますか?」
「ああ、きっと君の期待に応えられるはずだ。我々が保証する」
デューイさんの言葉に、エノク君も自信を持って首肯する。デューイさんはエノク君に頷き返し、改めてわたしの目を見た。
その眼差しが、瞬く間に真剣なものへと変わる。
「じゃあ、詩織さん。早速、教えてもらえますか。文香ちゃんに元気を出してもらうための本を……」
「わかりました。――この本がデューイさんの依頼に対する、わたしの答えです」
わたしは言葉とともに、一冊の本をテーブルの上に置いた。デューイさんが来る前に、急いで探しに行ったものだ。
「ええと、これはどういった本なのでしょうか?」
「この本は……」
この本がどんな本であるか、この本を使って何をやりたいのかを、デューイさんへ丁寧に説明する。
その説明へ、時に相槌を打ち、時に質問をはさみながら、デューイさんはひたむきに聞いてくれた。
「――という感じなのですが……。如何でしょうか、デューイさん。これで、文香ちゃんの元気は出ると思いますか?」
話すべきことを話し終え、わたしはデューイさんの様子を窺った。
わたしにできる限りのことはした。後は、デューイさんがこのアイデアをどう思ってくれるかだ。
ドキドキしながら、デューイさんの言葉を待つ。
そしたら彼は、わたしの前でうれしそうに顔をほころばせた。
「どうもありがとうございます、詩織さん。ぼくと文香ちゃんのために、ここまで考えてくれて」
デューイさんがお礼を言いながら、わたしの手をその丸い両手で包み込んだ。
デューイさんの手の柔らかさと確かな温もりが、わたしの手に伝わってくる。
「そ、それじゃあ……」
「はい! こんな素敵なアイデア、他にありません。ぼくもこれなら、文香ちゃんを元気づけることができると思います。詩織さん、ぜひこのアイデアを使わせてください」
笑顔で満足そうに言うデューイさん。
彼の表情に釣られ、わたしも力強く笑って頷いた。
「わかりました! わたし、全力で頑張ります!」
「――話は決まりましたね。それでは、細かい段取りを決めましょう」
デューイさんからの同意が得られたところで、事務的なやり取りをするために立川さんが話に加わる。
立川さんはデューイさんに意見をもらいながら、テキパキとスケジュールを立ててくれた。
やっぱり、立川さんはすごいや。わたしでは、こんなにテキパキと色々決めることはできないもん。
立川さんの的確なプランニングのおかげで、計画は細かい部分まで、あっという間に決まってしまった。
「館長も、この予定でよろしいでしょうか?」
「ああ。問題ない」
立川さんが確認すると、エノク君も満足そうに承認した。
よし! 館長のお墨つきももらった。これで、計画を実行に移せる!
何だろう。いろんなことが動き出した所為か、とってもワクワクしてきた。まるで心が躍り始めたかのようだ。
「それじゃあ、名付けて『文香ちゃんを元気づけよう大作戦』、開始です!」
「何だ? そのセンスのない名前は……」
「いいじゃない、エノク君。わかりやすさ重視だよ。それじゃあ皆さん、文香ちゃんのために頑張りましょう!」
みんなを鼓舞するように、わたしは大きく声を張り上げるのだった。




