レファレンスNo.1 8
かえでさんがいなくなった閲覧室で、エノク君がわたしの目をまっすぐに見据えた。
理由はもちろん、わたしの問題行動について罰を言い渡すためだ。
「まずは、先ほどの問題行動を注意からだな。――いいか、見習い(仮)。利用者のプライベートを、みだりにのぞき見たりしてはならない。これは司書としてだけでなく、人として最低限のマナーだ。お前のやったことは、本来許されることではない。それは、わかっているな?」
「はい。それは十分にわかっています。本当にごめんなさい」
何の言い訳もせず、ただ謝る。
エノク君の言うことは、もっともだ。
勝手に『思い出の本』を見たのは、重大なマナー違反。下手をすれば、わたしはエノク君達が積み上げてきたこの図書館の信用を、地に落としてしまうところだったのだから……。
「今回お前がやったことは、さすがに見すごせる範囲を逸脱している。故に、オレはお前を厳罰に処さなければならない。覚悟はいいか?」
「はい。どんな罰でも、受け入れます」
さっき覚悟した通り、どんな罰でも受けるつもりでエノク君の目を見る。
もしエノク君が「今すぐここから出ていけ!」と言うなら、その言葉にだって素直に従うつもりでいた。
「その意気やよし。では、罰を言い渡す――」
わたしの目を見返しながら、スーッ、と息を吸うエノク君。
これでこの図書館ともさよならだな、と思いつつ、わたしはエノク君の次の言葉を待った。
――だけど、エノク君から告げられた言葉は、わたしの予想止まったく異なるものだった。
「オレ、立川、お前の三人は始末書と反省文二十枚を一両日中に作成し、提出すること。それで、今回の件は手打ちとする!」
エノク君から下された罰に思わず目を丸くする。
だって、そんな軽い罰で済むなんて思っていなかったから……。
「ちょっと、エノク君。そんな軽い罰でいいの? それに、何でエノク君や立川さんまで……」
「まあ、本来なら追放処分とか、より重い罰に処することもできるのだが……。しかし、今回の件については素人のお前をほったらかしたオレ達の監督不行届きもあったわけだしな。それに――」
混乱のあまり、つい食って掛かってしまったわたしの前で、ほっぺたを掻くエノク君。
さらに彼は、かえでさんが消えていった場所に目をやり、口元に優しげな笑みを浮かべた。
「それに、利用者から『謝られるようなことはされてない。あなたのおかげで心残りがなくなった』とまで言われてしまったからな……。彼女の言葉を汲んで、今回は大目に見ることにした」
エノク君の恩情に、目頭がジーンと熱くなる。
目の端に浮かんだ涙を拭っていると、表情を引きしめ直したエノク君が『説教はこれで終わりだ!』とでも言うように、パンパンッ、と強く手を叩いた。
「以上だ! 立川、見習い(仮)、わかったな!」
「承知いたしました、館長」
「――っ! はい、わかりました! それと、ありがとうございます!」
恭しく一礼する立川さんの横で、わたしも深く深く頭を下げる。
すると、エノク君は再び目元をやわらげ、わたしに向かって微笑んだ。
「さて、説教はこれで終わったわけだが……。見習い(仮)、お前にもう一つだけ言わせてもらいたいことがある」
「ふえ? えっと、何かな?」
きょとんとした表情で、エノク君に聞き返す。
説教する以外に、エノク君がわたしに言いたいことってなんだろう?
そんなことを考えて首をひねっていると、不意にエノク君がわたしに向かって頭を下げた。
「今回のレファレンスについて、お前に礼を言わせてもらいたい。今回はお前の行動があったからこそ、レファレンスを最高の形で締めくくることができた。確かに行き過ぎた行動ではあったが、それで利用者が救われたのは紛れもない事実だ。――だから、感謝する。ありがとう」
「そうですね。詩織さん、あなたのおかげで助かりました。どうもありがとうございます」
エノク君に続いて、立川さんまでわたしへ頭を下げる。
上役である二人からそのようなことをされて、わたしは目を白黒させてしまった。
「そ、そんな! わたしはずっと迷惑をかけてばかりで、大して役にも立てなかったですし……。お、お礼なんて……」
「いいえ。今回のレファレンスで、本当にかえでさんを助けたのはあなたです。私達はかえでさんの記憶を取り戻して差し上げることはできても、彼女を笑顔にすることはできませんでしたから」
立川さんが、メガネの奥の目を柔らかく細め、そう言ってくれる。
たはは。そうやって褒められると、またうれしさとはずかしさがこみ上がってくる。
自分の顔がみるみる赤くなっていくのが、鏡を見なくてもわかった。
赤くにやけた顔を見られたくなくて、わたしは顔を隠すように下を向いた。
――と、その時だ。
「さて、見習い(仮)。これで、お前の仕事体験も無事終了というわけだが……。――この図書館の仕事を体験してみた上で、お前はこれからどうするつもりだ?」
俯いたわたしに、エノク君が唐突に尋ねてきた。
言葉に釣られて顔を上げると、エノク君は試すような目で、立川さんはその横から優しい目で、それぞれわたしの答えを待っていた。
「うん。そうだね……」
そう言いつつ、一度天井を見上げる。
ただ、エノク君に返す答えはもうとっくに決まっていた。
目を閉じれば、さっきのかえでさんの笑顔が浮かぶ。
あんな笑顔をもっと見てみたい。そういう強い思いが、わたしの胸の内に溢れていたから……。
「お願いします。わたしを、この図書館の司書見習いにしてください! わたし、もっとたくさんの利用者さんを笑顔にしてあげたいです!」
もう一度、深々と頭を下げながら、エノク君に自分の素直な気持ちを告げる。
わたしの気持ちを聞いたエノク君は、満足そうに頷きつつ……、
「お前の答え、確かに受け取った。――ならば館長として、お前がラジエルライブラリの司書見習いとなることを正式に認めよう!」
と、高らかと宣言してくれた。
エノク君の声が閲覧室に響き渡った瞬間、わたしの司書見習い就任が名実ともに認められる。
その様子を一歩下がった位置で見ていた立川さんが、拍手で祝福してくれた。
「ようこそ、ラジエルライブラリへ! 歓迎するぞ、見習い(正式)!」
ニカッ、と笑ったエノク君が、そう言いながら差し出した右手。
わたしはその手をしっかりと握り返し、元気よく返事をした。
「はい! よろしくお願いします!」
ラジエルライブラリの司書見習い。
何かが変わりそうな予感を胸に、わたしはその第一歩を踏み出したのだった――。




