第二二話
オトラント公、罪を憎んで、人を憎まずの巻。
ガリア方面との交渉の道筋がついたことで進発を見合わせていたガリア討伐軍。
本来ならば、誰にとっても望ましい平和の回復が望めるがこその措置だが幾人かは、それはそれで不便を被るものだ。
例えば、名目上の指揮官として駐屯地で足踏みせざるをえないヴェルター第四皇子だ。
元老院の招聘ないし皇帝の命なくしては任地を離れられない総督連中と同様に。
軍権を預けられた指揮官というのも存外自由がないのだ。
まあ、本来インペリウムの統治機構が万全であればそれはガバナンス能力と形容される規制。
が、宮中の陰謀劇に足を引っ張られている身としてはそんな規則が煩わしいことこの上ない。
とはいえ、これらを無視すれば嬉々としてヴェルター殿下、兵権でもって叛乱と見做されるのだ。
父帝、ヴェルギンニウスが昏睡し、執務できぬ状態とは言え兵権は父から預けられたものなのである。
この原則を無視すれば、自分のことを潜在的には疎ましく思っているに違いない全員が自分を嬉々として糾弾するのだ。
ヴェルケルウス兄など、おそらく喜び勇んで叛徒撲滅の凱歌を謳う事だろう。
だから、渋々ではあるものの駐屯地に逼塞せざるをえない彼は帝都での政治工作を信頼できる部下に任せるしかなかった。
…だが悲しいかな、母の没後、彼の元に信頼できる股肱の臣下はもはや殆ど居ないのだ。
本来ならば、期待できそうな母の縁も姉が外へ嫁ぐときに連れて行かれてしまったために碌に残っては居ない。
後は粛正や世代交代でとてもではないが、支えてくれるクリエンテスというのが彼には居ないのである。
だから期待でき、かつ信頼できる伝手があるとすればそれはオトラント公爵程度なのだ。
もちろん、ヴェルターはオトラント公爵の善意と忠誠には万全の信頼を置いている。
少なくとも、彼はヴェルターの味方として今日まで仕えてくれているのだ。
その、意図は間違いない。
しかし悲しいかな、このインペリウムにおいて彼はよそ者なのだ。
如何に英知に富んでいようとも、彼はこの地にほとんど伝手を持ち合わせていない。
本当に、必要最低限度の調整を任せることができるだけ不幸中の幸いだろうか。
本来ならば、もっと適材適所が出来るはずなのだ。
細々とした調整を任せられる臣下にゆだね、もっと大きな問題についてオトラントの知恵を借りられれば如何に助かることだろうか。
そう思い悩むが故に、ヴェルターはオトラント公に信頼できる手足を確保できぬかと命じている。
だからこそ、一日千秋の思いで待ち構えていたオトラント公が拝謁を願っていると聞くや否や、彼は駆け出していた。
駐屯地に設けられた司令官用のテントに、ほとんど腕を引きずらんばかりの勢いで呼び寄せたオトラント公へ彼は訪ねるのだ。
果たして、どれほどのものを集められたのか、と。
それに対して、善良な臣下は些か困惑し、また申し訳なさげに首を振る。
意味するところは、必ずしも期待を十全に果たせていないのではないかという危惧。
さしあたり、この者どもを採用いたしました、と呟く彼が差し出したのは一つの名簿だ。
几帳面に、出身、家族構成、特技などをまとめた簡単な一覧。
それらの行き届いた配慮には感心できるものの、内容ははっきり言えば期待通りとは言い難かった。
…幾ばくかの騎士階級の手の者。
それも、多くはなにがしかの理由で没落した家の連中である。
確かに、急場になんの後ろ盾もない公が集めたにしては、というべきだろうか。
しかし同時に、政争を戦う上で役に立つかと言えば実に微妙と言わざるを得ない連中だ。
だからこそ、ふと、無意識のうちに使える大物が手元にあれば、とヴェルターは考えてしまう。
無論、自分に忠節を尽くしてくれるオトラント公の好意と忠誠を軽視するつもりは彼にもない。
だが、時折、不満に思ってしまうのだ。
もう少し、自分には力のある味方がいないものか、と。
…もっとも、オトラント公爵ジョゼフ・フーシェ氏に言わせれば、そう考えてもらう事こそが理想的なのだが。
差し出されたリストを一瞥したヴェルター第四皇子殿下の反応は、控えめに表現しても芳しからぬものであった。
その内側の失望感を読み取るのは、別段経験豊富な陰謀家でなくとも容易いことだ。
感情をあらわにするのは、優秀な演技でない限り宜しからぬことだが。
あのボナパルトときたら、激怒する演技だけはフランス人並みだったなとフーシェは失笑したい思いを堪えながら謹厳な表情を苦労して保つ。
「殿下、恐れながら…せめて身の回りを信のおける者でお固めいただくのが限界です。どうぞ、なにとぞ御寛恕を。」
力を持つ部下など、危険すぎるということを、ヴェルター殿下はご存じないらしい。
ナポレオンが、自分とタレーランをどれほど制御しようと悪戦苦闘したかを30秒考えれば分かる。
有力すぎる臣下が危険という事は自明だ。
古今東西の歴史において、君主の運命を逆転させうるような力を持つ部下など君主には危険すぎる。
例え、それが、仮に真の忠臣であってすら…危険すぎるのだ。
まして、政治的利害から結びつくであろうそんな部下など、フーシェは恐ろしくてとてもではないが部下に持てない。
オドアケルとテオドリックの愉快な殺し合いを見ていれば十分だ。
バラスとナポレオンの関係を知っていれば、尚更に十分だ。
そんな経験から学んだフーシェにしてみれば、自分が、有力すぎる部下と見なされるのは本意ではない。
というか、策動の牙は隠しておくこともまた愉快な時までは頗る有用である。
…今、帝都のどこかで策動をこのオトラント公爵に隠れて弄んでいるであろう不届きもの。
それが、きっと、オドアケルとテオドリックの役割を果たしてくれることだろう。
そうなれば、インペリウムで外様であるフーシェを、ヴェルター第四皇子殿下は必要とせざるを得ないに違いない。
否、そうなるのだ。
そのために必要なのは、ヴェルターを包み込むフーシェの手と耳。
だからこそ、彼は、全てを知っていながら敢えて傍観者として無力な忠臣を演じるにやぶさかではない。
忠臣が必要とされるとき、それは君主が弱みを晒しているときだとよくよく理解しているのだから。
…全く、ナポレオンとのつまらない関係も、こんなところでは役に立つのである。
ヴィオラにとって、それは初めての世界だった。
なにしろ、彼女は…敬意をもって扱われていたのだ。
ヴェルター殿下付きとして採用された多くの侍女らは、大別すると3つのグループに分かれている。
一つ目のグループは、技能職として採用された一団だ。
市井の信頼できる筋から紹介されてきた彼女らは、調理、洗濯、その他家事などを任されるらしい。
…らしい、というのは侍従長のフーシェ氏が個別に確認しつつ仕事を割り振っていくからのとこと。
適正があれば、別の仕事も任せることを考えておられるらしい。
二つ目のグループは、なんというか、孤児出身の子供たちだ。
身寄りがない子供らも、教育すればよい市民たりえるのです、と笑って言う侍従長の姿は少しだけ暖かかった。
まあ、身もふたもない言い方をするならば、神殿向けのパフォーマンスだろうが。
とはいえ、食事はしっかりとしたものが出ていた。
正直に言えば、困窮していたヴィオラの日々の糧よりもましなくらいだろう。
トレリアス家の食卓に並ぶものが、雑穀粥だとすれば、彼らはパンと少しとは言え肉が出ていた。
スープはお代りが出る上に、なにより、温かく、しかも滋味がある。
彼らについて言うならば、一つ目のグループについて色々な仕事を学んでいるようなので好きな仕事を選べるらしい。
正直に言えば、ヴェルター殿下はあまりこれらの使用人は買っていないらしい。
…まあ、確かに、孤児から採用するというのはあまり見栄えは良くないだろう。
でも、仕事ぶりやこまめな気配りをするという点では彼らはしっかりとしている。
さすがに、採用時にそこら辺には配慮を怠りません、と侍従長は断言されていたのでしっかりしている子供たちが来ているのだろう。
最後が、ヴィオラたちのような没落した騎士階級の家庭から募られてきた一応、公的な地位のある女性ら。
侍従長曰く、彼女らに期待するのは様々な儀礼的な作法とある程度の家事とのこと。
極端なことを言えば、ヴェルター殿下の御身分にふさわしい諸々の典礼に必要な人員という事だ。
だから、ということだろうか。
出仕初日に命じられたことは、読み書き、計算の基本的な学力調査。
それをもとに、侍従長であるというフーシェ氏は簡単なグループ分けを行われていた。
幸いにして、というべきだろうか。
トレリアス家のような没落家庭では、家で家長自ら教鞭をとってくれたおかげで読み書き、計算は水準以上に身に着けていた。
だから、ヴィオラは二日目にして、いきなり帝都にあるヴェルター殿下の離宮に配属されたのだ。
もっとも、驚くべきか、当然というべきか、ほとんどの使用人を入れ替える関係で最初に命じられたのは清掃だったのだが。
そして、そこでちょっとしたトラブルを目の当たりにすることで彼女の真面目さは報われることとなった。
「…うーん、変ですな、みなさん、手を休めてください。」
清掃に取り掛かった侍女らの一団を引率し、離宮の清掃にあたっていたフーシェ侍従長が作業の手を止める様に命じたのはお昼すぎのことだった。
午前中、各人への部屋の割り当てと清掃がひと段落した時点で与えられたお昼休憩から小半刻。
荷物をそれぞれ、割り当てられた部屋において戻ってきた矢先のことだった。
「すみませんが、確認です。みなさん、各割り当て部屋の掃除は終わりましたね?」
一同が了解の意を表すべく、頷くのを確認し、いよいよ不審そうに顔を顰めるフーシェ氏。
その表情にあるのは、ちょっとした困惑と嫌悪だ。
…どうかしたのだろうか?
ヴィオラの脳裏を占めるのは、侍従長その人が何を気にしているのか、ということだ。
「前任者の引継ぎによれば、レディースメイドが残しておいた宝石が何点か消えています。」
だが、侍従長の言葉は単純だった。
「ウェイティングメイドの担当している貴金属、スティルルームメイドの担当していた砂糖もです。」
「…失礼ですが、フーシェ侍従長。それは、私どもが、…盗品に手を染めていると仰りたいのですか?」
盗賊呼ばわりなどされたくはない。
それが、ヴィオラの正直な気持ちだ。
見つけたものは、きちんと報告し、そして、まとめて整理している。
それが、当たり前だ。
曲りなりにも、騎士階級の家に育った人間が、そんなことに手を染めるなどと彼女は疑っても居ない。
だからこそ、不愉快な気持ちで彼女は無礼と承知でも異議を申し立てるのだ。
「ヴィオラ、貴女の憤りは尤もです。貴女の言う通りであれば、私も謝罪しましょう。」
「では、何故、そのようなことを?」
「…悲しいことですが、前任者が離任する際に私は引き継ぎで確認しています。」
だが、申し訳なさげな色を顔に浮かべつつも。
侍従長は断固たる姿勢で咎人を探すことを宣言して憚らない。
「私どもが、盗んだと!?」
「疑いたくはありませんが。…私が女性の部屋を調べるのも角が立つでしょう。ヴィオラ、貴女と数人でそれぞれの部屋と手荷物を調べてください。」
「女性の荷物を、ですか?」
「冤罪であってほしい。そう、私も願ってはいるのですが。」
呟かれる言葉は、少しだけ意気消沈したもの。
だが、そう思うのならば、と幾人かが口を挟もうとした瞬間だ。
「…しかし、これほどの量が消えるとなると、たんなる紛失ではありえないことでしょう。」
悲しげに呟く姿は、なにがしかの確信あればこそだ、とその口ぶりは物語っていた。
…そして行われた手荷物検査の結果について語ることは多くない。
幾人かの鞄から、こぼれ出たのは・・・消えたはずの宝石や貴金属だ。
あるもののツボからは、本人が私物だと頑固に主張する砂糖が見つかったことで大揉め事に発展した。
あるものは、逆に自分の鞄に誰かが入れたのだと声を大にして叫んだ。
共通しているのは、彼女らは…酷く荷物を調べたヴィオラ達を糾弾した、という事だろう。
それこそ、まるで、彼女たちが被害者である、と言わんばかりに。
涙を流し、自分は冤罪だと叫ぶ女性。
そして、困惑した表情で、一体、本当はどうだったのか、と尋ねてくる周囲の女性たち。
仲間の冤罪を晴らすのだ、とフーシェに見栄を切ったヴィオラら数人を取り囲む雰囲気は剣呑になりつつあった。
言葉には出されないが、自分たちが何か、余計なことをしでかしたのだ、と暗に言われる雰囲気。
だが、誰もが口を噤むのは怒りからではない。
ヴィオラにしてみれば、困惑だ。
何故、こんなことが、と。
世間を知らないとまでは言わないが、…少しでも頭がまわれば、こんな初日に盗難に手を染める人間がいるとはふつう思わない。
世界が善意で動いているとまでは、彼女も生い立ちからして信じてはいないのだ。
だが、だからこそ、自分たちの様に…困窮しているが故に、窃盗に手を染めがちと考えられる家はしっかりしなければと教育されている。
そして、一度失った信頼と言うのがどれほど取り戻すのに時間を必要とするかということも嫌と言うほど学んできた。
だからこそ、わからないのだ。
何故、彼女たちは、と。
此処が、何処だと彼女らは思っているのだろうか?
採用の時に、言われたではないか。
…ここは、離宮なのだ。
皇族方がお住まいになられる、インペリウムの高貴な一角。
そこの御物に手を出すという事は、すなわち…ことによれば、陛下の財を掠め取ると同義なのだ、と。
そして、その困惑を一時的にせよ打ち破ったのははっきりと明瞭に響く侍従長の言葉だった。
「…結構、では、告発された中で罪を認めた者は此方に。無実を主張する者は、あちらに並びなさい。」
ぞろぞろと、多くが無実と称して並ぶ中で、極わずかに諦観した表情で罪を認める女性たち。
彼女らの表情に浮かぶのは、完全な無感情だ。
あさましく無罪を叫ぶ面々に比べて、その表情はどこか痛々しい。
「さて、みなさん。私は、皆さんに個室を割り当てました。そして、鍵も。」
だが、そんな彼女らには一瞥もくれずに侍従長が向かったのは無実を叫ぶ女性らの前だ。
その姿には、表情に変化こそない物の握りしめられている拳が震えていることから怒りの程が伺える。
「鞄の中に、宝石を放り込まれた、などという与太話を私は信用できません。部屋の鍵が壊されていた人は?」
声を上げる者などそこには居ない。
なにしろ部屋のカギは全てきちんと施錠されており、他なるヴィオラたちがフーシェ侍従長の合鍵で開錠していったのだ。
当たり前だ。
…フーシェ侍従長が手にしている合鍵を除けば、各人がそれぞれ一つずつしか部屋の鍵は持っていないのだから。
そして、フーシェ侍従長は終始大ホールで皆に指示を出しながら多くの衆目に晒されていた。
彼だけが、ひょっとすれば全員の鞄に宝石を放り込めるのかもしれないが…そんな話があり得ないことは誰にでも分かる。
ごく最初に採用され、配属された50人の中で、関わらなかったのは約半数。
鞄からなにがしかのものが見つかり、素直に認めたのは3人だけだ。
後は、全員が全員、冤罪を叫んで止まない。
だが、その涙交じりの懇願は、侍従長の断固たる言葉で凍りつくこととなる。
「…では、ご苦労だが誰か宮中衛士諸君をここに。」
宮中衛士。
彼らは、当然、宮中の犯罪者を裁くのが職責だ。
…離宮にあっては、侍従長の要請で秩序を保つ。
家から送り出して二日目の娘が、犯罪に手を染めたとなれば、実家は間違いなく没落だ。
いや、没落どころか…断絶することだろう。
泣き落としで誤魔化せるレベルは、侍従長まででしかない。
そう彼女らが悟り、泣き叫ぶ度合いを深める頃には、彼女らは衛士にやんわりと、しかし容赦なく取り押さえはじめられていた。
そんな時だ。
呆然と立ち尽くしている罪を認めた三人を、拘束しようと衛士が近寄ったとき。
「ああ、すまないが彼女らは別だ。私物検査係がきちんと仕事をするか、頼んで調べて貰った侍女だから。」
あからさまな嘘。
居並ぶ、誰でもそれはすぐに察しえる。
誰が、そんなことを頼むものだろうか。
「…侍従長、お言葉ですが。」
考えるまでもなく、庇っているのだ。
それを理解できたからこそ、嫌な表情をした衛士長が、衛士らを代表して反駁の口を開く。
さすがに、その嘘は、無理がありませんか、と物語る表情で。
「衛士長、言わんとするところが分からないではないがね。私が責任を負うのだ。どうか、ご理解いただけないか。」
「・・・・・・私とて、好んで申し上げているわけでは。」
同時に、フーシェ侍従長が口にするのは、わかっているけれども、という感情に訴えるもの。
本来ならば、どう考えても筋が通らない言い分なのだろうが…しかし、宮中財産の窃盗は場合によれば極刑もあり得るのだ。
衛士長の口が、今一つ乗らないのも理由があってのことではある。
彼らとて…どこか、躊躇する思いはあるのだ。
「まあ、君がそういうだろうと思って、書面で書いておいた。ここにそれがある。」
それでも、職務に忠実にやるだろう。
誰もがそう考えて疑わなかった時。
意外なことに。自信満々に封筒を取り出し、明確な証拠があるのだ、と侍従長の口は語っていた。
「は?…証拠、とは?」
「だから、私があらかじめこの者達に命じておいた、という証拠だよ。…疑うならば、見せても構わないがね。」
豪華な封書。
蝋の封緘までされた手紙を懐から取り出す姿は、悠然たるものだ。
まるで、最初から用意されていたかのような手際。
それは、一瞬だけだが本当にそうなのか、とヴィオラをして考えさせてしまう。
「…わかりました。そうまでも、仰られるのであれば、貴方の言葉を信じましょう。」
「ありがとう。感謝を。」
「いえいえ、結構です。私たちも、後味の悪いことは嫌ですからな。」
「それは、よくよく理解していることですな。ご安心を。」
が、衛士長と侍従長がにこやかに握手を交わし始めた時の会話が全てを物語っていた。
「では、フーシェ侍従長。お手数ですが…後日、一応、念のために、確認の書類を、しっかりと送っていただきますぞ。」
「もちろんですとも。喜んで。」
くどいほどに、念を押す衛士長の言葉。
そんなに心配ならば…今、持っていけばよいではないか。
そう口に仕掛けたとき、ようやく、彼女の頭は理解が追い付く。
「結構です。では、いずれ。」
そして、想像通りだ。
衛士長が姿を消すと同時に、苦笑した彼が開封した封筒の中には白紙があるだけだった。
さて、事情があったのでしょう?
皆の前で話しにくいことだろうから、後で私のところに来なさい。
そう優しく呟く彼の姿は、どこか、ほっとした表情のそれ。
やっと弛緩した空気が、どこか、安堵するような色に染まるのはだからだろう。
厳しさと峻厳さがないわけではないが、しかし、ここは正直者には最後に優しさが与えられる場なのだ。
…庇ってくれるのだ、という理解だけで彼女らには十分だった。
なにしろ、彼女らは本来、この場に立つ資格すら与えられないのだから。
オトラント公爵は、上司を脅かさない程度の実力で、しかも忠誠を尽くす忠臣です。加えて、その心優しいフーシェさんは、人間、貧すれば鈍するの故事を想いだし、優しさを発揮中。
正直に誤りを認めれば、かばってくれるなんて、フーシェさん、なんて優しいのでしょう。理想的な上司ですね、きっと。
コメント欄、不適切な勘繰りはやめる様に。




