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第一六話

インペリウムの政治にかかわる頼もしい仲間たち


オルトレアン伯爵

帝国宰相にして、護民官特権(この人に裁判なしで暴力なしよ?裁判も、皇帝の勅命か元老院の議決なしにはなしよ?という特権)を持っている御方。

まあ、護民官特権を持ってる彼の前任者たちの内、平和に退職できたのは半数も居ませんが。


一応、ヴェルギンニウス帝にそこそこの恩義と忠誠心を感じてはいるものの殉じるのは無理だなぁと感じる普通の人。

上手く次代のインペラトールともやっていきたいなぁと感じてもいる世慣れた官僚。

国内で、皇女の降嫁を巡って継承争いが激化するのを避けるために婚姻同盟に使うなど割と強かな人。


で、ある意味ヴェルターがフーシェさんを知らないうちに招いた恩人(?)でもある。


頑張れ、オルトレアン伯爵の胃!



アレネイア皇女

現ヌミダエ王国王妃。

早い話が、婚姻同盟の一環でインペリウムから嫁がれました。

なお、この人の婚姻は党派間のバランスを取るためにオルトレアン宰相が主催。

国内でこれ以上の継承権争いのグループを増やされないための弥縫策でしたが、ある意味フーシェさん召喚につながったりしてます。


なお、王妃様は比較的幸せの模様。

藤 水名子さんの王昭君?的な感じ。



マリウス亭の愉快な仲間たち


マリウス亭の親方

元インペリウム百人隊長。

ごっついけど、帳簿とかもきっちりつけれるしっかりした親方。

何気に、豚をさばけます。本名は、たぶん作中に出てこない。



見習いのヴィル

補助軍団でちょっと軍務経験あり。

基本的に、気の良い若者。料理も上手だよ!将来有望。

(ただし)ミーシュさんというお友達あり。


ミーシュさん

流しの行商人さん。

誠実な友人を売ってくれる人。

豚も扱ってます。




通貨

アス(銅貨)

デナリウス(銀貨or金貨)


10アス=1デナリウス


1デナリウスはボーイさんによる荷物持ちと護衛としては、割合高額な部類。



帝都、平穏破れ騒乱の気配漂う。

ミーシュ氏、嘆きつつ今日も豚を売る。

インペリウムのような皇帝と元老院の二元体制を取る国家。

そこにおいて帝国宰相たることは実に微妙なさじ加減を要求される。

天秤を極力水平に保ちつつ、自己の勢力を保ち得なければ破滅は避けがたい。


帝国宰相は、元老院に席を置く経験豊富なインペリウムのエリートがインペラトールを輔弼するための役職だ。

建前がどうであれ、元老院議員の一員である以上インペリウムにつくしつつも元老院階級の権益を無視することは許されない。

当たり前だが、出身母体から支持を得られない帝国宰相など碌に職務も遂行できない存在だ。


元老院の多数派から恨まれた場合、総督職や高位官吏らから誠実な協力は期待できないだろう。

官僚らの手綱を握れない宰相というものは、はっきりってただの邪魔な存在だ。


だから官僚らや属州総督らに睨みを利かせるためにも、元老院から一定の支持を集めなければならない。

一方で、同時に帝国宰相の任免権はインペラトールその人にある。

言い換えるならば、帝国宰相として任命される人物は皇帝にとって必要でなくてもならないのだ。


良く言えば、利害の微妙に異なる両者の仲介役だろうか。

だが、実際には全く異なる立場からの要求を上手くすり合わせる大変微妙な立ち位置だ。

失敗すれば、情け容赦なく皇帝からも元老院からも切り捨てられる。


故に、元老院の信を保ちつつも皇帝から切り捨てられない程度には貢献しなければならない。

当たり前だが、無理難題をいくつも処理できて初めて帝国の宰相たることが許される立場だ。

同時に、それ相応の権勢を誇ることになるが故に保身は極めて危うい。


仮にすべてがうまくいっていたとしても、人臣の最高位であるからして潜在的な競合相手に事欠くことはないのだ。

であるからして、帝国宰相たるには実務に長けることはもちろん、最低限度の保身の能力も相応に備わっていなければならない。

当然、インペリウムの人臣を代表するオルトレアン伯爵とて配慮に抜かりはなかった。


激化する国内の継承権を巡る小競り合いと不穏化を鎮圧するべく努めた成果がアレネイア皇女のヌミダエ王国との婚姻。

インペリウムの国益を確保しつつ国内の争いをガス抜きする難題を両立してのけた手腕は見事なものだろう。

本来であれば、後は第二・三皇子の継承権争いを上手くいなしつつ落としどころを探る予定だった。


オルトレアン伯爵としては、どちらの皇子が継承しても自分が傷つかないように収集をつけられると踏んでいたのだ。

予定では、第二皇子ヴェルケルウス殿下の方がやり易いものの第三皇子アリウトレア殿下でも構わなかった。


例えば、第二皇子は元老院から受けが悪いために元老院との橋渡し役を絶対に必要とする。

この点で、上手くバランスを取ってきた自分を罷免するのは不可能だった。

なまじ、中央の官僚との縁故も弱いが故に論功人事で自分が辞めさせられる不安もない。


逆に、第三皇子は中央の政界に強い支持母体がある。

それ故に、現在の立場を長く維持しえるとは思わないが自分の支持母体ともかぶっているのだ。

元老院との関係をこじらせたくなければ、任期満了という形で無難に交代だろう。

少なくとも、それ相応の敬意を払われつつ一定の影響力を保ちえる見込みだった。


だが、これらは平穏無事に継承争いが牽制で終わることが大前提。


ガリア属州の叛乱、ライネ防衛線の動揺、帝都での第四皇子暗殺未遂、そして第三皇子の蜂起疑惑。

此処に至っては、バランスを保ち中立を選ぶという平時の安全策は完全な裏目に出る。


直接の兵力がないだけに、権威と宮中の手続き正統性に頼らざるを得ない宰相というのは兵威には弱い。

流血沙汰になれば、護民官特権を認められた宰相とて『不慮の事故』で死にかねないのだ。

ここまで咄嗟に理解した彼にとって、今や自己の安全確保のためにも事態を自ら主導する以外に道はなかった。


可能であれば、情勢が完全に固まるまで中立を決め込みたいという腹はもう叶わないのだ。

其れと見た瞬間、最も自分を高く売れる第二皇子の門を帝国宰相は猛烈に叩いていた。











「愚弟めっ、一ッ体、何を考えている!」


目の前で、作りの良いガラス杯を苛立たしげに台に叩きつけるように下ろした男は呆れ果てていた。

馬上で鍛えられた精悍な顔立ちながらも、紫衣の一族に生まれた育ちの良さを感じさせる鼻立ち。

ある意味において、軍人然とした先帝の容貌をそれとなく引き継いだヴェルケルウス第二皇子は吐き捨てる。


「よりにもよって、帝都で軍事衝突でもやらかすつもりか!?連中、頭が沸いているとしか思えん!」


曲りなりにも、辺境での軍務経験のあるヴェルケルウス第二皇子にとってガリア叛乱の意味は理解しえた。

それが、いかに帝国の根幹秩序を揺らがすかも否応なく理解できるのだ。

ガリア属州単独では、さしたる兵力もなく脅威たりえないだろうと笑う間抜け共とは違う。


辺境では、兵站が途切れることが如何に深刻かという事を父帝による強制的な辺境配属によってヴェルケルウス第二皇子は体験で知っている。

万全の防壁と謳われるライネの防衛線が有効に機能するのもガリア以下の属州による有機的な支援あればこそだ。

この点において、ヴェルケルウス第二皇子の知見はガリア叛乱の早期鎮圧の必要性を訴えていた。


だからこそ、微妙な時期なのを承知で弟のヴェルターを指揮官に、補佐に政治的に中立な古強者をつけての派遣に賛同したのだ。

ところが、小賢しくも兵権を欲したアホが暗殺未遂をやらかした挙句に追い詰められて帝都で暴発しかけていると報告される?

単なる注進ならば捨て置く其れも、帝国宰相オルトレアン伯爵の注進ともなれば真面目に対応せざるをえないものだ。


「殿下、恐れながらアリウトレア殿下は本気です。」


「公よ、それこそ本気で言っているのか?」


「御意。…オルトレアン宰相。」


急遽、事態を探るべく命じていたアンギュー公とて肯定。

そして、場をゆだねられたオルトレアン宰相はゆっくりと口を開く。


「先日来、調べさせていたヴェルター殿下に対する襲撃事件ですが実行犯の素性が割れました。」


「で、どこだ?」


わかり切っている話ではあるが、それでも物事は念には念を入れて調べるべきことがある。

当然、ヴェルター第四皇子という皇族に対する襲撃事件は公式な調査の対象とせざるを得ないものだ。

襲撃を受けた際、護衛についていた傭兵団の報告と発見された武具を辿っての調査の結果はオルトレアン宰相も目を通している。


「パリニウス家のクリエンテスでした。それも、戸籍上は独立したばかりの。」


「…神殿や元老院の線は?」


「あまり、それらしきものは。むしろ、彼らも困惑しているようでした。」


職務がら、元老院議員らの動向にも通じていなければやりにくいオルトレアン宰相にとって元老院はきな臭くも無実と確信できた。

自分を押しのけ、宰相位をアリウトレア第三皇子の統治下で臨む競合相手が居ないわけではないだろう。

だが、仮に競合相手らが手配したとすれば万が一の際に備えてオルトレアンの出身母体である騎士階級出を使ったはずだ。


わざわざ、オルトレアンとは一見縁もゆかりもない地方のクリエンテスを襲撃には使わないだろう。

神殿に至っては、騎士団なり何なり自前の兵力があるだろうし別に子飼いの連中もあるはずだ。

何より、連中なら白昼堂々ではなく毒薬と短剣で事を進めるほうが性分に合っているはずだった。


「案外、パリニウス家が先走ったということはないでしょうか。」


この点を考えると、オルトレアン宰相としてはパリニウス家の独走が事態を招いたと考えざるをえなかった。

早い話が、デカすぎる郎党の管理に失敗したという事だろうか。

ありえない話ではないし、最も順当な失敗として宰相としてはそれを理解しえるのだ。


部下が、上司に媚びようとして問題ごとを起こすのは決してゼロではない。

其れが致命的ともなれば、足を引っ張られて倒れることもあり得なくはないのだ。

だからこそ、生きた馬の目を抜くインペリウムの政界にあってオルトレアン伯爵は常に部下の人事には細心の注意を払ってきた。


ボンボンが多いアリウトレア殿下陣営は、脇が甘かったという事だろうか。


「ガリアの叛乱以来、政治的に微妙な立場を自覚した…ありえなくはないが。」


俄かには想像しがたい。

そういう表情のヴェルケルウス第二皇子だが、彼は良くも悪くも軍人としての経験が強い。

命令一下組織だって動く組織に慣れた人間には逆に想定しにくいものだ。


「なれば、ガリア討伐軍の進発を食い止め、かつ兵権を握る好機を考えれば。」


だが、オルトレアン宰相にとっては幸いなことに曲りなりも皇族だ。

ある程度以上の知識として、伏魔殿で何が起こるかは予期しえる程度にはマトモである。


「いや、これ以上は推測だな。それで、奴の動きは?」


「旧交を温めるとかで、有力者を直轄属州から続々と。…護衛と称した連中が多数随伴しています。」


アンギュー公とヴェルケルウス殿下のやり取り。

それを傍で見てオルトレアン伯爵は微かに選択の正しさを嗅ぎ取り安堵する。


事態をありえないと切って捨てず、淡々と可能性として受け止められる性質は望ましいものだろう。


「帝都に入られたのか?」


「止めようがありません。少なくとも、正規の騎士階級以上の従者として入り込んでいるようです。」


軍人上りだからこそ、ある程度の兵力と運用についても知悉しているのは実務に際しても便利。

何より、インペリウムの防衛という重責を担う際に理解がある皇帝の方が望ましいのは歴史が証明している。

この点において、軍人として堅実な実績を見せているヴェルケルウス第二皇子は理想的だろう。


「この状況下で、単なる集会と考えるのはありえん。」


「御意。」


「…今、動かせる兵は?」


「ある程度の私兵と、退役軍人らの傭兵が少々。それと、宰相の協力で衛士が2個です。」


唯一の難点は、帝都における政治的地位の脆弱さ。

本来であれば自分を売り込む際のポイントなのだが、有事にあっては少しばかり気がかりだ。

特に、兵力が乏しいのは危険だった。


「分かってはいるが…兵力が乏しすぎる。至急、地方から招集を。」


「そうおっしゃられるかと思い、私共の動かせる範囲で呼集をかけておりますが…」


「公の私兵と私どもの手勢を合わせても、左程も。」


まだ致命的な水準ではないものの、先手を打たれているために兵力的には劣勢。

それを理解している三者は一様に兵力の差を何処かから埋めなければならないと知悉している。


「ガリア方面が封鎖されていることから、やはり西方属州からの集まりは遅々として。」


「東方からは、ある程度馳せ参じることを期待できるか?」


「ある程度でしか。距離もさることながら、海が荒れているために足止めを喰らっているようです。」


だが、こんな時に最寄りの西方属州はガリア騒乱で混乱。

東部も数こそ多いものの、距離と風の問題で召集には時間が掛かりそうな気配だった。


「…不味いことに、神殿騎士連中が不穏な動きも見せ始めております。」


軍権とは、ある意味で直接的な暴力だ。

此処にいない一万よりも、手元にいる100人の方が時として遥かに如実に物事を動かしうる。


そして、第三皇子派にとって有利なのは中央の諸勢力と比較的親密な関係を保ちえているという事だ。

例えば元老院。


直接的な兵力といえば、元老院を警備している衛士隊と、元老院市街区の治安維持に従事する巡察隊程度だろう。

平時ならば、宮中を防衛する衛兵隊と皇族らの私兵で何の問題もなく封殺しえるが故に見逃されている程度の兵力だ。


だが、皇族同士の後継者争いとなると話が全く変わってくる。


平時ならば、明確な指揮権の元に束ねられた宮中の衛兵隊は動きたがらないだろう。

誰だって、間違った陣営について責任を取らされたくはない。

だからこそ風見鶏にならざるを得ないだろうし、なによりインペラトール直属を口実に動かない名分にも事欠かぬ連中。


逆に、中途半端な帰属でなおかつ常備されている兵力というのは、クーデターやカウンタークーデターの際には大駒だ。

絶対に手元に置いておかねばならないし、敵に回るようならばそれを排除できるだけの兵力を何としても確保しなければならない。

出来なければ、待っているのは必然的な敗北である。


「では、兵力で劣るということか。」


故に、第二皇子派としては現状には憂慮せざるを得ない。

軍人としての経験故にヴェルケルウス第二皇子は否応なくそれを悟る。

不愉快げな感情を押し殺しつつも、手札の限られた戦いは望ましくないなと。


「いえ、殿下。ご安心を。」


だが、オルトレアン宰相にしてみれば博打は極力打たない主義だ。

第二皇子派に組すると決めた背景には、この兵力差を打開できるめどがついていればこそでもあった。


「どういうことか。」


「ヴェルター殿下がいらっしゃいます。」


事の発端の一つであるガリア討伐軍。

その指揮権を与えられ、公式に指揮官として軍務に従事し始めた若い皇族。

皇位継承争いに絡むほど有力ではないものの、同時に血統上は実に望ましい立ち位置の若者。


彼の手元に居る兵力は組織だって行動できるインペリウムの正規軍だ。


政治的に中立である人間が数多く配置されているとはいえ、彼らの多くは辺境勤務の経験が長い。

こんな時に、帝都で騒乱をおこすアホに組するとも考えにくいだろう。


「ヴェルター?…ガリア討伐軍か。」


「御意。あれが、アリウトレア殿下に吸収されなかったのは正に不幸中の幸いでした。」


つまり、ガリア討伐軍は政治的に中立とは言いながらも潜在的にはアリウトレア第三皇子と疎遠であった。

無論、善き帝国の軍人とは命令には従うものだがアリウトレア派に指揮権を抑えられなかったことがここで活きてくる。

心情的に疎遠な連中がインペリウムの平穏を乱すので、鎮圧するといえば取り込めるだろう。


命令を出すのが、継承権争いとは距離を置いているヴェルター第四皇子なのも望ましい。

帝位への野心という形ではなく、兄へ協力しつつ宸襟を騒がす愚兄を誅すという名目は動くには最適だ。


「取り込めるのか?こういってはなんだが、奴は餓鬼だぞ。」


「物わかりの良い側近がおりましょう。少なくとも、アリウトレア殿下の下では安穏とできない立場くらいは理解されるかと。」


そして、良くも悪くも子供である。

英雄願望が少しあるような気配も見えるが、年齢相応というべきだろうか。

その点、野心が不安ではないこともないが実力が伴っていなければ恐れるべきでもない。


そして、マトモな側近の一人でも居ればヴェルター第四皇子の立ち位置の危うさは悟っていなければおかしい。

当然、安全の確保と売り込みの機会を逃すことはないだろう。


「では、ガリア討伐軍を当てにできるというのだな。」


「ある程度は、可能かと。まだ、編成も完了しておりませんが…帝都を制圧するには十分な規模です。」


なにより、討伐軍ともなればチマチマと集められている私兵を一蹴できる。

編成と訓練が不十分だが、正規軍同士のぶつかり合いでなく市街地での紛争ならば十二分の水準だ。

ヴェルギンニウス帝に付き従って従軍した古参兵も少なくないだけに、無秩序な市街略奪の危険性も低かった。


統制は取れるだろうとオルトレアン伯爵は確信している。


「で、地位は?」


「副帝の地位を約すべきかと。」


それ故に、副帝の地位でもって釣ることも高くはないとオルトレアン伯爵は宰相として確信する。

実際、あの若者が副帝になったところでさしたる脅威ではないのだ。


「副帝だと!?あんな若造に、インペリウムが紫衣を…」


口ごもるヴェルケルウス第二皇子。

だが、咄嗟にアンギュー公がその態度を諫めに入る。


「任免は、殿下のお心次第なのです。エルギン公に出張られるよりは、はるかにマシかと。」


実際問題、副帝は権威こそ正帝に次ぐが任免はインペラトールの専権事項。

適切に管理する限りにおいて、使い勝手のいい駒とすることも可能だった。

なにより、これ以上ない餌でもって釣ることができる。


「致し方ない。…その方向で進めよう。」


「御意。」









世が騒がしかろうとも、庶民というのは日々の糧のために働かねばならない。

お上も大変かもしれないが、下々の人間も大変なのだ。


そういうわけで、マリウス亭は今日も今日とて旅客を受け入れている。

そして、途切れ途切れのお客の中に見覚えのある顔を見つけたヴィルは声を上げた。


「あれ?ミーシュさん、ミーシュさんじゃないですか!」


旅の疲れを微かに見せつつ、荷物を下ろして宿泊の手続きを行ったらしいミーシュ。

声をかけられたことに気が付いた彼も、肩に荷を担ぎながらヴィルに気が付いたらしい。

顔に浮かんだ疑問の色が消え、懐かしむような顔で荷物をこちらに手渡してきた。


「おお、ヴィル君か。久しぶりだね。またしばらくマリウス亭でお世話になるよ。」


「いえいえ、此方こそ。以前の豚は素晴らしかったです。今回もご商売で?」


見たところ、特に前回と違う感じもしないし多分商売だろうと思うのだがお客のことを間違えて覚えていると不味い。

だが、前回親方にさばいてもらった豚は中々好評だった上に孤児院の件もありヴィルとしてはきっちり覚えていた。

それだけに、預かった荷を運びがてらミーシュを部屋まで案内するヴィルはちょっとした好奇心で尋ねてみる。


「まあ、半分くらいはだね。あとは、孤児院に顔でも出そうかと思ってね。」


「それは良い!きっと、皆喜びますよ。」


「そうだといいのだがね。一応、お土産も買ってきたが…どれが喜ばれるのか分からなくてね。」


そこまで聞いて、道理で荷物に小物が多いわけだと得心する。

包装されていたりするわけではない荷物だ。

担いだとき、見た目の割に軽いなぁと思ったが子供用のお土産ともなれば玩具だろう。


「ガリアのお土産ですか?」


「ああ、ちょっとごたごたしていたおかげであんまり良いものは買えなかったのだけどね。」


ガリアに戻ったとき、孤児院の子供たちに何か持ってくれればよかったと思い出してね、と苦笑するミーシュ。

慌てて買いそろえたらしいものというそれは、子供向けの地図やサイコロに人形。

あまり子供の好みが分からないんだよと頭をかくミーシュはやり手の商人というよりは困った父親のような顔だった。


「そんな、気持ちだけでもきっと十分ですよ。」


「だと良いのだけどね。まあ、商売が終わったら顔を出してみるさ。」


それだけに、商売をさっさと終えて孤児院へ子供たちの顔を見に行きたいとミーシュが言い出すまで気が付くのが遅れていた。


「おや、商品は?」


「さすがに、ぞろぞろ豚を連れて街に入るわけにもいかなくてね。知己にあずかってもらっているよ。」


「そうでしたか。でも、意外と高かったのでは?」


まあ、確かに見本ならばともかく売るための豚をぞろぞろとマリウス亭にまで連れ込まれても困るので有り難いといえば有り難い。

なにしろ、獣臭を嫌う旅客も居ないわけではないし何よりスペースが限られている。

保管してくれるところを見つけているならば、それはそれで幸いだった。


「そう、それだ。思ってたより高かったんだ。急に馬匹の取り扱いが増えているらしくてね。取引仲間らと連れ立って行ったんだが、相場の2割増しも取られてしまった。」


そして、取引仲間にも恵まれたらしい。

ミーシュにしてみれば、知らないもの無理はないだろうが。

そう思ったヴィルはそれと無く一言忠告する。


「いやいや、ミーシュさん、今2割増ならよっぽど配慮したんだと思いますよ。」


「おや、何かあったのかね?」


「そりゃそうですよ。大きな声じゃ言えませんが、皇帝陛下の病状が思わしくないとかであちこちの人間が帝都に情報集めに入っています。」


実際、マリウス亭に出入りするお客人も馬を使う客人が増えている。

親方の古馴染みが、属州から帝都に顔を出しがてらというケースもたびたび。

小さな厩舎には収まり切らず、デカいところに借りに行くこともあったほどだ。


往来の慌ただしさは、なかなか上も大変らしいという事を教えてくれている。


「ああ、そういう事か。…早く快癒されると良いのだがなぁ。」


こればかりは、どうしようもないか。

そんな感じで呟くミーシュが、感謝とばかりに銅貨をチップとして差し出してくるも此処からがヴィルには本番だ。


「そうですね。ただ、こういう時は危ないこともあるのであまり出歩かない方がよいと親方が。」


事情に通じていない人間が、ウロウロするのは危険だと示唆。

もちろん、商売があると知っての言葉だ。


『それは不安だ。ついてきてもらえるか?』という言葉を引き出せればという思い。


「うーむ、思うのだが売り込みが上手だね。」


だが、さすがに商売人相手にはまだまだ未熟だったらしい。

見抜かれてしまったらしく、苦笑して頭を下げるしかなかった。


まあ、案外しっかりしているミーシュさん相手には敵わないかとヴィルとしては商売人の強かさを実感する思いである。


「ばれましたか?さすがに、本職にはかなわないなぁ・・。」


「まあ、護衛と荷物持ちをお願いできるならありがたいか。頼めるかな?」


だが、幸い意図は買ってもらえたらしい。

実際のところ、ミーシュにしても悪い話ではないらしくあっさりとアス銅貨をひっこめデナリウス銀貨が差し出されていた。


「大丈夫です。お任せを。」


拙い本作ではありますが、フーシェさんの偉業を世に少しでも知らしめる貢献ができていれば誠に幸い。


幼女戦記の方はフィードバック読もうと思ったところで落ちたまま理想郷が復活しないし、当分こっちをちまちまと更新しながら様子見してます。


まあ、そのうち理想郷は復活するでしょうがそれまではオトラント公爵のインペリウムにおける活躍にご期待下さい。


補足説明:衛士リクトルは、宰相(独裁官相当と仮定)の定数24名を二個で、48人を予定しております。

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