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第一五話

オトラント公、帝都騒乱を憂う。

ヴェルター皇子、乱を望みて自らを愧ず。



※登場人物のラフな案内(皇族と愉快なお友達編)。

ヴェルギンニウス帝

皇帝陛下:いわゆる中興の祖と呼ばれるレベルの名君。

ぶっちゃけ、不幸だったのは皇太子に先立たれたこと。

いわば、期待していた跡継ぎに先立たれた挙句、さして期待していなかったぼんくらどもから後継者を選ぶ羽目になった方。

しかも、後継者教育やり直す暇もなく病で昏睡中。


『創業は易く守成は難し』の典型例。


シャルロッテ第三皇妃

皇帝陛下の愛妻:いわゆるテオドラさん。

ただし、テオドラさんほど豪胆でなく、かつ運にも恵まれなかった模様。


『不幸な事故』によって、お隠れ遊ばされマスタ。



故皇太子殿下

おお、こうたいしよ、しんでしまうとはなさけない!



皇弟エルギン公

ヴェルギンニウス帝の異母弟。

良くも悪くも、平均的な皇族。

ただし、宮廷遊泳術は中々のもの。

帝位に関心がないわけではないものの、自己の権勢を保つことを優先する模様。


早い話が、甥が皇位につくなら相当のポジションをもらう。

できれば、皇帝になりたいなぁ程度の人物。

ただ、皇族の中では年長者としてそれなりの権威あり。



第二皇子ヴェルケルウス殿下

目下、皇位継承レースの筆頭候補。

辺境属州での軍務経験と、単純な序列によって彼の将来は多分安泰なはず。


ただ、中央の元老院議員や神殿とのつながりは貧弱。

何分にも、本人も兄皇太子が後継者と思い込んでいたために立ち上がりが遅かった。


本人としては、ごくごく順当に即位するつもり。

ある意味、正道を行けば勝てると考えてる人。

袁紹さん?


アンギュー公:第二皇子の支持者。うっかり、トラブルに巻き込まれてしまったご本人。





第三皇子アリウトレア殿下

帝都に主軸を置く名門、パリニウス家の血を引く第三皇子。

直轄属州に強い影響力を持つと同時に、皇位継承権でも高い順位を誇る。

本人よりも後見人のパリニウス家の力に依存する部分有。


元老院や神殿からの受けは悪くない人。


でも、軍務経験や辺境での勤務経験がなくてぼろくそに言われていたり。


弟のガリア討伐を妨害し、暗殺未遂を引き起こした疑惑に苛まれる人。



第四皇子ヴェルター殿下

所謂、ルサンチマン爆発の英雄願望に駆られた若きカエサル候補。

俺は、アレクサンダーだという英雄病を発病しているあたり、メフメト2世と同類。


不幸なことに権勢弱く、愚痴っていたところで『献身的な忠臣』と出会い帝位を目指す!


オトラント公爵ジョゼフ・フーシェ

『誠実な人民の友にして、忠実な臣下にして、幸福と人道と平和の使徒』


賢明なオトラント公爵は経験から知悉している。

窮鼠はとても、とても恐ろしいと。

時間を与えられた窮鼠の足掻きは、時として泰山をも動かしうる。


敵とは、中途半端に痛めつけるべきではないのだ。

徹底して叩き潰すか、それとも痛痒を覚えない程度につつきあうべきなのである。


だから、追いつめるときは優しく綿でもって。

しかして、一撃で締め上げる準備を徹底するのが一番だ。

そして時来たれば、躊躇なく首を〆落とすべし。

時来たらずば、迅速さこそが全てである。


逆に言えば。


そうでない限りにおいてオトラント公爵は人当たりが良く、親切な人間でなければならない。

君主論は、愛さられるよりも怖れられよと教えているがフーシェにしてみればそれは不十分なのだ。


もしも、恐怖が愛に勝るのならば。


何故、全フランスを恐怖のどん底に突き落としたロベスピエール自身がギロチンにかけられようか。


恐怖は、大半の衆愚を圧倒できたとしてもそれは爆発を無理やり抑え込んでいるにすぎないのだ。

適度にガス抜きし、安全を保つことをフーシェは実践することで生き延びてきた。

畏れられるのは良いが、同時に恐怖以外のなにかも必要なのだ。

逆に言えば、誰からも怖れられる人間というのは潜在的に自分以外を敵に回しているのである。


そう、いわば神話に出てくる邪悪なドラゴンだ。


それは、恐ろしく凶暴だ。

その英知は、人間の浅慮を嘲笑うだろう。

加えて、それは圧倒的な暴力だ。


だが、それ程恐ろしい存在に卑小な人間がどうして耐えられよう。


…恐ろしい邪悪なドラゴンは、英雄によって倒されねばならない。


そして英雄には名誉と栄光と、何より権力と富が集う。


故に、オトラント公にしてみれば世の中は存外単純だ。

ドラゴンが生まれる様に、恐怖の卵を温め、疑惑と不信感という餌を給仕。

最後に、ドラゴンの誕生を高らかに知らせる警鐘を鳴り響かせれば完了だ。


そうなれば、あとは勝手にドラゴンが暴れてくれる。


ドラゴンとて、来ると分かっていれば対応は可能だ。

むしろ、率先して備えてその首をはねればよろしい。



そして討伐後、ドラゴンの犠牲となった人々を弔うのだ。

何、それが真実ドラゴンの贄となったかなど関係ない。

…それは、ドラゴンの仕業なのだから。


だからこそ、オトラント公はドラゴンが愛おしい。

あれほど盛大な篝火は他にないのだから。





「…兵を?」


「間違いありません。殿下、どうか軍をご掌握ください。」


巨視的視点から見た場合、それは単なる一事象だ。


その日のことを、歴史書は帝都における有り触れた権力闘争として記録する。


悲しい話かな。


インペリウムの長い歴史にとってその日は少しばかり騒がしいだけだ。


栄光の日々にははるかに及ばず。

悲劇的な最期に比較すれば余りに平凡。


或いは、万全な体制を誇り政治的不安や動乱と無縁でありうべからざる動乱と評するには無縁な情勢もあるだろう。


ある意味において、それは当時の関係者にとってこそ驚愕の事態であれども歴史からすれば単なる短い記録にすぎない。

つまるところ、歴史学の専門家でもなければさして興味を示すこともない歴史の一場面という事になる。


だが、ある神殿の神官が漏らしたようにそれは『不思議なタイミング』で勃発した闘争だった。

後世からならば、いくらでも尤もらしく後付けで分析することもできよう。

しかしながら、当時の帝都にあっては間違いなくありうべからざるべきタイミングだったのだ。


だからこそ、だからこそ謀略に長けると自負している神殿は介入しそこなった。

あからさまな痕跡があるならばともかく、複雑すぎる事態に手を出して火傷する愚を悟ったといえば聞こえはいい。


なにしろ、事が起きたのは誰にとっても納得できるタイミングでありながらも誰にとっても不都合なタイミング。


皇帝不予。


そして、皇太子は先立っており第二・第三皇子に加えて皇弟や親族らに加えて末流の第四皇子までもが注目されるタイミング。

理屈から言えば、後継者争いでインペリウムが荒れるのは極々自然な成り行きだ。

此処に、教義の正統性と絶対性を主張する神殿らによる古い神々の排除の動きが加われば混沌さは否応なく増す。


それでいて、神殿と摩擦を抱える魔導院が表向き我関さずと決め込んでいるのだ。

つまるところ、彼らの英知とは原初に向かうものであり世俗の揉め事には無縁だというポーズ。

だが、同時に魔導院は研究に専念するがために財源の確保に酷く熱心でもある。

それは、必然的にある種の利権争いを誘発せざるを得ないものだ。


ここまで入り組んでいる情勢下で、唯一手綱を握っていたヴェルギンニウス帝の昏睡である。

伏魔殿で抑え込まれていた陰謀が噴き出すには、さほどの時間も必要とはしなかった。

その一例が、皇帝の寵愛を一身に集めていたシャルロッテ第三皇妃の受難だろう。


だが誰にとっても、事態は今一つ決め手を欠く状況だった。



第二皇子ヴェルケルウス殿下が、もう少し抜きんでていれば事態は動いたかもしれない。

彼が、明確な後継者として優位を確保しえれば皇弟エルギン公などは早々と旗幟を鮮明にしただろうからだ。

逆に言えば、そうなってしまえば第三皇子アリウトレア殿下や取るに足らない第四皇子も素直に服するしかない。


だが、微妙なことにヴェルケルウス皇子の優位性は相対的なものにすぎず。

至尊の座が、手に届くかもしれないという誘惑は皇位継承権を有する人間を魅惑してやまなかった。


しかし、本来ならばそれはあくまでも挑戦権を有する人間に限られた話である。


例えば、ヴェルター第四皇子にしてみれば致命的なまでに『実績』が足りていない。

後見人として、彼を支えてくれたであろう母はもういないのだ。

加えて、彼自身も公職経験が皆無という時点で彼は競争相手たりえないと誰からも見放されていた。


だが、彼は諦めなかったのだ。


…いや、フーシェの観るところ単純に諦めきれなかったというべきだろうが。


しかし、だ。


どちらにしてもあの英雄願望のある若者は、どうやったのかは知らないが悪魔とでも契約したらしい。

方法こそ不明ながらも、この自分を召喚してまで『帝位』を望んでいる。


だからこそ、陰謀情念のままにフーシェも遊ぶ。

折角、遊び場があるのだから愉快な陰謀の時間を楽しむのだ。


そして、事態はフーシェにとって順調そのものに進んでいる。


まだ、ヴェルター第四皇子に与えられた兵権は、討伐軍の編成命令であって軍権の掌握には全く程遠い情勢だ。

だからこそ、ヴェルター自身はそれを天からのインペリウムに対する試練であると信じているらしいのだが。

帝都に、帝国に、インペリウムの全ての民に対する自らが天命を負う時だとも。


早い話が、競争相手らからはまだ脅威と見なされ難い状況。

そして、それでいながらクーデターを起こす人間が絶対に無視できない要素を抑えた。

組織だって帝都近隣に駐屯している軍隊の指揮権を握っているという事の意味は巨大だ。


第二・第三皇子の手駒に比べれば、遥かに小さいだろう。

だが、一撃でもって邪悪なドラゴンと化した連中を討伐するには十分すぎる剣だ。


そして、愉快な劇の終焉としてようやくドラゴンの卵が孵ろうとしている。


ああ、第三皇子よ!

どうか、どうか見事な邪龍になられよ!

汝のそっ首、我らが英雄が叩き落としてくれん!







故に、彼はオトラント公が遺憾ながらも帝都が擾乱に包まれかねない旨を聞いたときは来るべきものが来たことを悟ったのだ。


「兄上らが、兵を起こす。そんなことがあるだろうか?」


だが、言葉でこそ彼はまだ立つことを渋るそぶりだけは見せる。


彼にしてみれば、自らの天命を自覚しつつも同時に不可思議に思う程度には皇族として帝都の裏を知っていた。

兵を起こすという事が、いかに危険でリスクを伴うかという事は自明なのだ。


それこそ、一時期は追いつめられた自分が兵をなんとしても集められないものかと渇望しただけにそれは良く分かる。

力という解決策を使用しなければならないほどに、兄たちが追いつめられているのかという疑念はそれだけに強い。


言い換えるならば、不審な噂が流れて不穏な情勢であるというのは『其れだけ』だ。

感情での高揚とは裏腹に、虐げられた経験から身についている慎重な理性が思わず『何故そこで?』という疑念を囁く。

彼にしてみれば、本来追いつめられているのは自分のはずだという自覚がある。


「しかし、殿下。アリウトレア殿下の動きは、やはり不審と申し上げざるをえません。」


憂慮の色も露わに急を告げるオトラント公の言葉を疑うわけではない。

実際、宮中の恐ろしさを知悉していた公の配慮が無ければ今頃自分は死体になっていただろう。

宮中に確実な伝手を持たないからこそ、『せめて身の回りに信のおける護衛を』という彼の助言。


その時は実感が乏しかったものの、襲撃されてようやく理解できた。

自分は、ようやく『排除するコスト』に見合う政治的な存在になりつつあるのだ、と。


兵権の端を、ガリア騒乱という突発時によって任されたということは小さくない。

自分も皇族の一人だと改めて自覚できた。

インペリウムの平穏のために、曲りなりにも役目を担うことを期待されているという事は誇りだ。

それが、例え薄汚い宮中の鼠賊どもによって生み出された叛乱だったとしても、である。


「しかし、…何故だ?理由もなく、兵を挙げる道理など。」


客観的に見た場合、このガリア討伐軍でもってクーデターにでも出ない限り『第四皇子ヴェルター』には逆転の眼がない。

それは、他ならぬヴェルター自身が自らの力不足を痛感していればこそ知っている。

逆説的に言えば、そこまで博打を討たねばならない理由はアリウトレア第三皇子にはないはずなのだが。


「申し訳ありません、殿下。探ってはおりますが…」


「いや、すまないな。無理なことを訊ねた。」


しかし、その疑問を口にしたところで他ならぬ当事者以外は答えようもないだろう。

探ってくれているオトラント公は全力を尽くしてくれているが、インペリウムが皇族の内心を探れとは無理難題だ。

如何に知恵深い彼であっても、まだ新参の地でそのような難題を探り当てることを期待するのは間違っている。

故に、畏れ入る公に対してヴェルターは無粋な質問をしたことを謝した。


「殿下、御疑問はご尤もです。ですが、やはり備えるべきかと。


そこで、それまで口を噤んでオトラント公の報告に耳を傾けていた古強者といった顔立ちの将軍が口を開く。


「ティリトォス将軍、将軍まで兄上が乱を起こすと?」


ガリア討伐軍編成に当たり、副将として任命されたティリトォス将軍は珍しく政治的に中立な将軍だった。

こんな時期だからこそ、編成される軍の実質的な指揮官にはどの派閥の色もついていない将軍を。

そんな宮中の政治力学が働いた結果として、ヴェルターにとっては望外なことに堅実な古強者が派遣されている。


父、ヴェルギンニウス帝の遠征にも加わった経歴を持つ戦上手。

下手に足を引っ張られることなく、かつ軍務に限っては忠誠を期待できる将軍。

そして、政治的にはインペリウムに忠誠を誓った高潔な軍人。


そのティリトォス将軍までもが、オトラント公と同様に帝都に騒乱の兆しがあると説く。


「明言はできません。しかし、耳にする限り第二皇子殿下が急激に私兵を招集為されているのは事実です。」


単なる一介の私的な臣下の報告だけならば、まだヴェルターとて信じ難かっただろう。

オトラント公という信頼できる者の報告であっても、なおヴェルターは躊躇っただろう。

だが、そこに現役の将軍からも同じ知らせを公務によって知らされるとなれば信じざるを得ない。


「既にいくつかの私兵が帝都に入っている模様。武装こそ隠していますが、郊外に駐屯しつつある部隊まで確認されています。」


ティリトォス将軍の報告は、極めて現実味を帯びつつある武装蜂起を示唆するもの。

まして、時期が時期であることを考えれば推定無罪という法の原則も例外を考慮せねばならない。


母譲りの秀麗な面持ちを歪めると、ヴェルターは思わず言葉にし難い衝動に駆られている自分を発見していた。


それは、少なくとも悲しみではない。


「対向が連鎖し、すでに帝都近郊で一発触発寸前の状態です。」


そう、一発触発を望んだのは他ならぬ自分だ。

確かに、確かに彼は心の底で、帝位を狙うには常道ではありえないと知っていた。

続貂の栄に恵まれても、常ならばせいぜい皇族の一人としての地位が担保されるに過ぎない立ち位置。


オトラント公に出会い、自らの窮地を脱することは道が見えていたとしても。

欲した力、権力への道は必ずしも平たんではないことを覚悟せざるを得ない日々だった。

ガリア叛乱が起きた際、インペリウムの平穏を騒がす不逞の輩と憤った裏に、好機と喜んだ自分がいるのも事実なのだ。


そう、自分はインペリウムを想いながらも、乱を待ち望んでいるのだとヴェルターは嫌でも自覚せざるを得ない。


「此処に至っては、ガリア討伐以前に帝都の情勢が不穏すぎます。」


「…私は、ガリアの叛乱自体をいまだに信じがたい思いで見ていのだが。」


始め、ガリアの叛乱を信じなかったのは本当に総督を信じていたからだろうか?

そう自問し、或いは自分はどこかで『希望』してしまい『希望』が裏切られるのを恐れたのでは?と考えてしまう。

乱などありませんでした、ご安心を、と告げられるのが恐ろしかったからこそ、あえて否定したのではないのか?


口でこそ、事態を憂うる口ぶりを保っていられる。


だが、ヴェルターの内心は説明しがたい感情に駆られている。

薄汚い自分の奥を無理やり覗くことになった不快感。

英雄たらんと欲するという事は、同時に乱を望んでいるという事ではないのかという自問。


オトラント公やティリトォス将軍のような面々は、ただただ誠実な人間だろう。

だからこそ、自らの内心を知られるのを咄嗟にヴェルターは恐怖した。

ヴェルター第四皇子にとって、それは自らの不実を糾弾されるに等しい恐怖。


だからこそ、彼は英雄として振る舞わざるを得ない。

否、英雄たらねばならないのだ。


「…僭越ながら、殿下もそのように考えでしたか。」


「ティリトォス将軍?」


「私も、おこがましいことではありますがクレトニウス総督閣下に限ってそのようなことが…と。」


それ故に、ヴェルター第四皇子は自らを英雄たらしめんべく勤しまねば矜持によって耐え難いのだ。


「将軍、貴方は彼を知っているのか。」


「存じ上げているというのは、適切ではありません。ですが、息子がリメスに。」


誠実なクレトニウス総督の、忠誠を疑うマネはできない。

何しろフーシェ自身が、完璧に彼が無実であり、嵌められた証拠を提示してやった。

そして、乱を望んでいると、薄汚い欲望が自分にあると若き英雄願望の持ち主に突きつけてやったのもフーシェ。


まあ、当たり前に考えて第四皇子が並居る競合相手を出し抜いて帝位を目指すとなれば必然だ。

なにがしかの、流動的な事態がなければありえないのは自明。


だからこそ、いかに高潔な人柄であっても彼らは乱を望まざるを得ない。

望んだが最後、高潔な人格という矜持のために彼らはフーシェの台本通り踊るしかないのだ。

誇りを保つために、騎士として、正義の人として振る舞わざるを得ない。


そして、それはフーシェにとってみれば実に愉快な瞬間でもある。


「不肖の息子ではあるのですが、それでも聞き出した兵站状況や支援を思えば誠実な御仁だと。」


「では、将軍の戦友たちもそのように判じられたのか。」


「おそらくはそうでしょう。実際、インペラトルに付き従って従軍した我々はクレトニウス閣下の支援に大いに助けられました。」


目の前で、感激しきっているティリトォス将軍は実に面白のみのない善良な人間だ。

そんなウィットのセンスもない人間では、遊んでもさして面白くもない。

逆にいうならばフーシェにしてみれば、彼とは信用できる友達になれるだろう。


善良な人間に、恩を売ることはできる。

大体の場合において、それは回収できるという事をフーシェは知っているのだ。

そして、善良な友人を買うことはできなくとも、売ることはできるとも知っている。


善良な友人とは、いくらいても困るものではないのだ。

無能な働き者でない限りにおいて。


「攻囲戦の最中でさえ、物資を運びこんでくれた戦友が信じる総督です。人柄を風聞で疑うのは、私の流儀ではありません。」


良くも悪くも、ティリトォス将軍は馬上の勇者であり、誇り高き軍人だ。

ある意味において、後ろめたいことを抱える高潔な人間にしてみれば最悪の相性だろう。

自らの正しさを誇ろうにも、眼前に自らの汚さを自覚させる高潔な騎士がいるのだ。


さぞ、煩悶することだろう。


いや、さぞ煩悶していることだろう。


だからこそ、高潔無比な将軍ほど、英雄願望の皇帝に望まれないという事をフーシェは知っている。


ルイ=ニコラ・ダヴーのような、異常なまでの忠誠心をボナパルトに抱いた無私の将軍。

やつのような、ある意味において臣下としての理想を極めた将軍に対して、ボナパルトは常に複雑な内心を見せていた。

忠誠心は理解し、能力が有能であることも認め、しかしその高潔さと有能さを何処か疎んじているのだ。


あの、自らを英雄と自負するボナパルトでさえ、である。


まして、自らの自我を肥大化させるだけの皇族にとってティリトォス将軍はさぞかし眩しいことだろう。


「無論、国家が討てと命じるならば私は従わざるを得ないのでしょうが。」


その、国家への無私の奉仕は一つの理想像だ。

将軍として、そうすべきと誰もが称賛するだろう。

だからこそ、だからこそ、為政者にとってそれは脅威なのだ。


為政者自身の、自負と矜持に真っ向からその無私の姿勢が疑問を投げかけるが故に。


「ありがとうティリトォス将軍。おかしな話だが、私が討伐指揮官である限りガリアへ兵を向けることはないだろう。」


「どちらにしても、まずは帝都の静謐を保たねば。…一体、兄上達は何を考えているのだ。」


今は、良い。


どちらも、国家の静謐と平穏のために目的と手段が一致している。

ティリトォス将軍と、ヴェルター第四皇子は共に乱を鎮圧する仲間だ。

素晴らしき、仲間だ。


だが、悲しいかな。


乱を鎮圧し、ヴェルター第四皇子が至尊の座に手をかけた時。

所詮、帝権とは血塗られた薄汚い玉座にすぎないとヴェルターは悟らざるを得ないだろう。

そうなったとき、ただ高潔な人間というのはまさしく劇薬じみた反応を尊き御方に引き起こすのだ。


良くも悪くも、古典的な軍人であるティリトォス将軍はそれを悟りえないだろう。

なにしろ、彼が知っているヴェルターは善き為政者たらんと欲する善良な姿だ。

皇帝になり、そこから彼が変わっていく姿に対しては心安らかならざるものが生じないはずがない。


後は、不幸なすれ違いの始まりというやつである。


本来ならば、誰か気の利いた廷臣が両者を取り持つのが常道だろう。

例えば、侍従武官や郎党がそういった手配りを行いえる。

だが、良くも悪くも宮中において疎外されていたヴェルターにはその手の人材が実に乏しい。


それこそ、皆無に等しい。


そして、その状態の危険さを告げるべき立場にあるのはフーシェなのだ。

当然のこととして、オトラント公という善良な仮面を被った彼は重々しく臣のおける郎党を増やすように忠告を吐くことは行う。

だが、それ以上のことは断じて行わない。


当たり前だが、フーシェはこの世界における異邦人なのだ。

それは、善良にして英知に富むオトラント公爵にしても同じ。

つまり、自分は信のおけるものをこの世界に持ちえないが故に言葉だけで済むのだ。

推薦せよと言われ、悲しげに『お役にたてませぬことを御寛恕くだされ』と答えるだけで事足りる。


…だから、フーシェにしてみれば楽しみで仕方ないのだ。


邪龍を討ち滅ぼした、英雄も邪龍たるのか。

それとも、朽ち果てていく祖国を立て直さんとするときに、高潔な騎士に剣を向けられて絶望するのか。


どちらにしても、フーシェはシェフとして素材を最高に生かした形で調理するだけだ。

ぼちぼち更新してますが、オトラント公とは微妙に関係あるような無いようなお知らせを一つ。


長らく、試作のタグをつけていた理想郷の幼女戦記に某社様から、書籍化のお話を頂戴しました。WEB版をもとに、地図だのイラストだのを加味して試作品より正規量産型へバージョンアップさせることが叶いそうです。


長らく、[試作]のタグが付いた本作をご愛顧いただいた皆様のご声援とご指導のいずれかがなければWEB版の完結はありえませんでした。


[試作]のタグを取り、改稿に際して先行試作品は「~~~が足りなかった!」「恋愛要素を入れろ!」「恋愛要素など無用だ!」「ゼー閣下をもっと活躍させろ!」などなどご要望を頂戴できれば書籍版への改稿に際してできる限り参考にさせていただければと思う次第です。

※必ずしも、ご要望のすべてに応じられるわけではないことをご了承ください。


運営様に確認したところ、単純告知までは規約に抵触しないとのことなので告知だけこちらに。


理想郷にてフィードバックを頂戴できれば幸いですが、なろうで書きたいという声を頂戴すれば別途対応いたします。


幼女戦記・彷徨えるオトラント公爵伝ともども引き続きご愛顧いただければ幸いです。

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