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第一〇話

オトラント公、難題に直面し決断をためらう。

ガリア属州、叛旗を翻す。

たったそれだけの一報を帝都が把握したのは、フーシェの密偵らに遅れること10日。


最も、ガリア属州が蜂起に移った直後に帝都も情報を掴んではいた。

インペリウムが誇る公用郵便士や緊急連絡用の早馬は、変事あらば帝都に速報をもたらしうる。

故に、当事者以外が察知するレベルとしては極めて早い段階で情報を察知することには成功。


だが、蜂起の決断を促して今か、今かと叛乱の兆候を待ち構えていたフーシェは一足先に気が付きえた。

だからこそ獲得できた10日のアドバンテージは大きい。

動乱が、事態が大きく動くときにおいて時間のアドバンテージは何ものにも代えがたい。


そして、オトラント公爵に10日も与えれば大体の陰謀は出来上がってしまう。

だからこそ、嬉々としてフーシェはこの一刻一刻を最大限に活用するべく暗躍する。

彼にとっては愛してやまない陰謀情念に燻られているのだ。


それがために。

陰謀のため、フーシェは全力を投じて舞台に上げた役者を躍らせる。

いや、誰も陰謀とすら気が付かない。

踊らされている役者、ヴェルター第四皇子ですら演目を知らずに踊っているのだ。


「…つまり、加護を殿下に?」


「さよう、私も辺境に赴く身。リメスが内側とて、気を抜けない日々が続く事を思えば。」


しかめっ面を並べた神殿。

厳粛そうな雰囲気の下で、敬虔な信徒のふりをしたヴェルターは淡々と信仰告白。

とはいえ、字面だけの単純な言葉だ。


信じてもいない神への信仰告白など、この国では常態化してしまっている。


「神の御加護を望まれるというわけですな。もちろん、大変結構なことかと存じます。」


対して、神官団も異端と称して改革派を焼き尽くした連中。

極々例外的な連中を除けば、もはや神など信じていない。

彼らが信ずるのは、神ではなく金だ。


その意味においてのみならば、中々に熱心な信徒であるのだが。




神官団へのアプローチ。

単純に、辺境に赴任する人間を祝福してもらうだけの相談。

それが皇族だろうとも、献金額以外は他の民衆と変わらない慣習だ。

だから、総督として辺境に赴任する人間が祈祷を依頼するのはむしろ慣習の一環として望ましい。


だが当然のことならが、辺境での叛乱を耳にしているヴェルター第四皇子だ。

彼にしてみれば、なんと悠長なことかと叫びたくもなる長ったるい儀礼でもある。

なんと、形式だけとはいえ三日三晩にわたって神殿に籠らされるのだ。


真面目に信心がある神官に、真面目な信徒ならばいいだろう。

だが、今日この頃はどちらも絶えて久しいのだ。

だからなんだと、笑い飛ばすあたり神官団もフーシェも同じ穴の貉である。


だが、それでいいのだ。

ヴェルター皇子は何も知らないふりをして、既成事実を積み上げていくだけでよい。


その間に、オトラント公爵は少しばかり荒れるであろう市場に手を突っ込めばいいのだ。

必要な資金を得るために、些か策を弄すことは不快だが仕方ない。

合間で、ガリア情勢を引っ切り無しに飛び込んでくる早馬から聴取し情勢を把握。


・・・と、ヴェルター皇子辺りには吹き込んである。



実際は、早々に暗殺者を雇ってガリアへ派遣。

…暗殺できるとは、間違っても期待していない。


いや、失敗してもらわねば困るのだ。

今、蜂起した軍隊に冷静さを取り戻されては困る。

暴動に近い形で軍が蜂起し、総督を引きずる形で決起したというのが望ましいのだ。


間違っても、組織化されては鎮圧に手間取る。

それは、フーシェにとって不確実性を増しかねない事態。

何が起こるか理解しがたい世界だからこそ、不確実性は排除しておかねばならない。


同時に、いまだに動向が理解できない魔導院へ全力で調査を継続。

魔導とは何か?という根源原則すら、フーシェには理解できずいるのだ。

オトラント公爵が、フーシェがそれに耐えられるはずがない。


彷徨いこんだ当日には調査を開始した相手。

だが、物理の教師であるフーシェ氏にとってこれほどまでに相性が悪い調査対象もなかった。

科学的な手法で、解明を試みるアプローチはことごとく頓挫。

というよりも、今一つ魔導がなんなのか、フーシェが理解できないという異常事態だ。


歴史的な経緯を見るならば、魔導院は一定の貢献をインペリウムに為してはいる。

だが、問題はそれをフーシェのもつパラダイムでは理解為し得ないところにある。

しかしながら、少なくともフーシェにとって満足すべきこともあった。


それは、確かに魔導院は政治には干渉してこないという一事である。

というよりも、政治に関心が『本当』にないのだ。

言い換えれば、金さえ払われて研究が行われればこちらに一切関心がない。


「…監視を継続。追加調査は、必要があり次第手配。」


呟き、手帳に書き込みつつフーシェは忙しく飛び込んでくる各地の詳報に目を走らせる。


火を使うといっても、調理のため。

なにも、丸焼きにするためではない。

焼きすぎては、食べられたものではないのだ。

辺境の叛乱という火は、ある程度で消さねばならない。


間違っても、間違ってもフーシェが陰謀を調理する場所で火事に発展させるわけにはいかないのだ。





ガリア総督府。

血相を変えた兵士たちで埋め尽くされた公邸が奥。

その自室で、叛乱を引き起こしたとされた総督クレトニウスは頭を抱えていた。


「帝都の間抜け共め!どこまで、どこまで事態を悪化させれば気が済むのだ!?」


彼は自分が凡人であることを理解している。

元老院議員としてのクレトニウスは、何処までも真面目に奉職するしか道を知らなかった。

要領が優れるわけでも、特別な才があったわけでもない。


それでも、彼は自分に可能なことを良心に従って行う。


…在りし日の帝国元老院議員の理想ともいうべき清廉な官吏。


往年のインペリウムならば、クレトニウス総督は名誉に満ちた生涯を幸せに暮らせただろう。

或いはもう少しだけ、インペラトルが執務に当たれていれば輔弼の臣たりえたに違ない。

何しろ、彼はインペリウムの傾いた屋台骨を支えるヴェルギンニウス帝に誰よりも忠実に努めた。


何物にも代えがたい忠実な臣下。

インペラトルにとって、かけがえのない忠臣。

だからこそ、人事不省に陥る寸前にクレトニウスはガリアに派遣されていた。


ヴェルギンニウス帝の統治期間とは、リメスの安定化努力を忘れるわけにはいかない。

せめて、リメスを不測の事態に備えて強化しようというインペラトルの配慮。

蛮族から、帝国を守り抜かんという不退転の決意。

心身ともに摩耗し尽くした皇帝の最後の意地。


ヴェルギンニウス帝が自分の余命が長くないと悟ったとき。

せめてもの備えとして、東部属州の要衝に自らの信任する元老院議員を決断する。

それでもって、成し遂げたられたクレトニウスの辺境への派遣。


「…閣下、残念ながらもはや限界です。」


「収められそうにないというか?」


それを、陛下の悲願を知っているのだ。


帝国に、インペリウムに安寧と秩序を回復せんという誓い。


知っているからこそクレトニウスは帝国の安寧を脅かす行為に躊躇した。

彼は、帝国に秩序と平和を取り戻すための現皇帝の献身を間近で目にし続けている。

そして、よきインペリウムの柱石であるパトリキとして彼は国家に剣を向けかねていた。


だからこそ、帝都が辺境防衛に関心すら払わず政争に明け暮れていようとも耐えた。

噛みしめた歯、握りしめた拳。

リメスを護る誰もが、耐え難きを敢えて耐えてくれていたというのに。


だが、自身の召集と査問の知らせは致命的だった。

しかも、よりにもよってライネ軍団向け物資の横領という容疑。


…これが、まだ自分の問責ならばあるいは叛乱にまで至らずに済んだのかもしれない。


しかし碌に支援も行わないどころか、ありもしない架空の容疑でクレトニウスが罷免されると聞いたとき。

子飼いの連中どころか、退役したライネ軍団の兵士までが激高。

元老院が嬉々として突きつけてきた通告は考えられる中で最悪中の最悪だった。


激高した軍団兵らによるインペラトルの呼称。

気が付けば、彼は叛乱以外に道を選べる状況ではなくなってしまう。


それでも、まだ譲歩・妥協の余地がまだ当初はありえた。

内戦は避けねばならない以上、最低限度の譲歩を帝都が為してくれればいくらでも兵士たちも納得できただろう。


だからこそ、帝都の対応にはクレトニウスとて愕然とせざるを得ない。


「暗殺未遂、帝都からの討伐宣言、いずれも兵士たちを刺激しすぎました。」


帝都からやってきた暗殺者は最悪のタイミングだった。

はたして、本当に帝都から派遣されてきたのかどうかすら覚束ない無能な暗殺者。

だが、暗殺者が送られてきたという一時で兵士たちは完全に制御が利かなくなってしまう。


「ええい、せめてインペラトルの親征であれば…。」


愚痴になるが、兵士たちにとって帝都とヴェルギンニウス帝は別の存在だ。

軍団兵らは、業突張りの元老院議員や政商、徴税人は蛇蝎のごとく嫌悪している。

が、ヴェルギンニウス帝は彼ら共に長らく戦陣にあったインペラトル。


誰もが、誰もがインペラトルには剣を向けえない。


「殿下では、殿下では、足りない。将兵らの心服が足りなすぎる…。」


クレトニウスは頭を抱えたまま呻くように心中を漏らす。


彼ら軍団兵らが、剣を向けられないのはヴェルギンニウス帝だけなのだ。

第四皇子ヴェルター殿下が、世評通りノブレス・オブリージュを為さんという若者だろうとも、だ。

皇族という血だけで、最前線の将兵らから心服されるはずがいない。


だから、彼は討伐に第四皇子ヴェルター殿下が派遣されると聞いたとき天を呪った。


「私は、皇帝陛下に剣を向けるために総督職を拝命したわけではないというのに。」


ヴェルター殿下を個人的に存じ上げているわけではない。

だが、彼の皇子がどのような立ち位置にあるかは察しえる。

そのうえで、彼が若者らしい義務感と正義で討伐命令を受けることも容易に理解できた。

…出来てしまった。


…元老院議員にとって都合の悪いもの同士でつぶし合わせるための策謀ではないか?


討伐が失敗すれば、邪魔な皇族が一人片づけられる。

討伐に成功したところで、長引けば辺境の安寧を乱したと譴責されることだろう。


そして、クレトニウスにとって義務を心がける皇子と殺しあうなど悪夢だった。


「やはり、君側の奸を撃つしかないのでは?」


「分かっている、だがそれでは本当に内戦になるのだぞ!?」









「ははははははははは、まさか、まさかとは思っていたが。」


喜悦を隠しきれない笑い声。

歓喜を唄い、随喜のままに浮かべた笑みは邪悪そのもの。

悪魔的な楽しみ方で、悪魔的に楽しむフーシェ。


飛び込んでくる詳報。


ああ、素晴らしきかな。


ああ、素晴らしきかな!


クレトニウス総督も見上げたものよ!

本物の、文字通りの忠臣!


ああ、最高すぎた。


査問を、処罰を、不名誉を恐れての蜂起かと予想していたのだが。

小心者と侮っていたことを誠心誠意詫びたいほどである。


まさか、あの自発的に起った訳ですらないとは!


「最高じゃないか、クレトニウス!」


兵士たちに推戴される形でのインペラトル僭称!

彼らが打ち鳴らす盾の音に抗いえずに、起った!


流されたわけだ。


兵士たちの、怒りを抑えきれず!


言い換えれば、そうでも無ければ蜂起しなかったということでもある。


いやはや、自制心が過ぎるのも考え物だろう。

お陰で、予定していた半分も戦火が広がりそうにない。


彼が、蜂起して行動してくれるのならばガリアだけでなく周辺属州をも巻き込んだはず。

リメス防壁が機能している間に、鎮圧するための軍権をと叫ぶことができたはずだった。


だが、ガリア一州に叛乱が留まっているのならば?


…せいぜい、一個軍団程度の執政官レベルで軍団が与えられればいい方だ。


しかし、フーシェにとっては此方の方が望ましいのだ。

躊躇し迷いがある人間というのは、いとも容易く絡め取れる。


「どうすべきなのかな、私は。ああ、それにしても困った。」


どのように踊らせるのか?

その決定権はフーシェにあるのだ。

故に、フーシェとしては大変楽しくも難しい決断をしなければならない。


「クレトニウス、君を、助けるべきなのかな?」


彼の立場は絶望的なようでまだ助かる余地はいくらでもある。


かのクラックス兄弟のように名誉を保って死なせてやるべきだろうか?

或いは、都合の良い手駒とするため善意の仮面で助けてやるべきだろうか?


助けようとしても、一向に構わない。

それでも、存分に楽しめることだろう。


「それとも、最高の舞台を用意してやるべきなのかな?」


だが、最悪の反徒として彼を追いつめることも又簡単なのだ。


蛮族の侵入でも促し、リメスの危機を演出するだけでインペリウムを売った男の出来上がり。

単純に各属州の不平分子を糾合し、うるさい連中ごと纏めて刈り取るのも楽しいだろう。


だが、とそこまで考えてフーシェはカメレオンじみた顔を歪ませて笑い出す。


「…唆して、彼の野心を焚き付けるのも、面白いだろうなぁ。」


“帝国を救うのだ。”


“蜂起しなければ、インペリウムが朽ちてゆく。”


そう囁いてやれば、奴は自己正当化できるだろうか?

興味が絶えない疑問である。



「迷ってしまうじゃないかぁ。」



困ったなぁ。


そうつぶやきながら、フーシェは楽しげに嗤う。

ぶっちゃけ、本作は異世界ものといえるのだろうか?とか、

なろうで真理省とか愛情省とかいってレスポンス期待できるのだろうか?とか、


最近、戸惑うことが多々あります。

ぶっちゃけ、本作をおもろくするには如何したものかと悩んでるところ。


ちょっと更新に時間かかるかもしれません。

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