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プロローグ

注意事項


本作は、フランス革命が誇る『国王弑逆者』『リヨンの霰弾乱殺者』『サン=クルーの風見鶏』ことオトラント公爵が異世界を彷徨う『心温まらないファンタジー』です。


主人公は、メアリー・スーの性質は持ち合わせておりません。

最強モノお約束の、恋愛・なでぽ・ハーレムは実装される予定がないことをあらかじめご了承下さい。


また、オトラント公爵は人間不信ではありませんが

『虐殺』『毒殺』『暗殺』『略奪』『ギロチン』『霰弾』『背信』『人道的処刑』『クーデター』『裏切り』『秘密工作』『陰謀』『通敵』『風見鶏』『謀略』『破壊工作』『買収』『収賄』『偽造』『偽証』『改竄』『違法逮捕』『越権行為』

等々を自然体で行ってしまう人物です。


そのため、本作品中においては望ましくない表現や暴力的な描写が出てくる場合があります。

また、本作中において主人公は基本的にオトラント公の伝承通りに行動させますので夢も希望もない場合もあります。

本作はあくまでも、『異世界での政治』に重点が置かれているためにファンタジーの皮を被りました。


最後になりますが、本作はあくまでもフィクションです。

実在のあるいは実在した、団体・人物・宗教・学派・イデオロギー・信条・習慣・歴史等一切を貶める意図はありません。

帝国を統べる皇帝は病んで久しい。

そして、皇位を覗う皇族らは剥き出しの我欲も露わに至尊の座を渇望する。

伏魔殿と化した宮中において顕官らは須らく風見鶏となり首をすくめ、事態を覗うばかり。

隙を見せたが最後、寄っていたかって毟り尽くされる宮中はひどく腥い。


その立ち込める瘴気は、不介入主義を謳う宮中魔導師や神官らをして眉を顰めさせるもの。


だが、相互不介入を標榜するがために宮中魔導師らは我知らずを決め込み営々と内で権力闘争に没頭する。


歴代皇帝が、在りし日は賢帝と讃えられたヴェルギンニウス帝が、遂に手を出し得なかった彼ら。

帝国の暗部であり、同時に帝国の力の源泉たる彼ら魔導院。

稀に、政争から食指を皇族や顕官らが伸ばそうとも彼らは魔導院に集められた『力』にしか関心がない。


彼らにとって、皇帝は、宮中は別世界。


金を。

時間を。

人員を。


それを、得られるならば誰が主だろうとも極端に言えば関心すら抱きようがない。

真理に至らんとする彼らにとって、宮中の序列などさしたる意味すらないのだ。

ただ、研究がために膝を屈したに過ぎないその内心は只の肉塊を哂う侮蔑に満ち溢れている。



そして。

表向きこそ不干渉を謳うも、神官らに至っては率先して政争に馳せ参じる始末。

唱えられる祈りは、単なる空疎な文字の羅列。

響き渡るべき聖歌は、ただ麗しいだけの美辞麗句。

荘厳な緋色の聖衣は、権力と権勢の象徴と化して恥じない。


形式と前例踏襲に堕落した教会には、世俗の利害が幾重にも絡みつく。

幾度となく、幾度となく抗おうと、蔦を取り除かんと立ち上がった改革者は屍を晒し朽果てるばかり。

今や、清浄たるべき聖堂は不貞と冒涜の祭壇と化し、かつての信心は辺境部にかすかに点在するのみ。



否。


残滓にすぎない信心。

僅かな聖職者らの足掻きすらも、それは異端として排斥され続けるのだ。


『神が、それを欲したもうた。』


聖戦と謳われ、神の名のもとに権威と権勢を脅かす輩は地より焼き尽くされている。

死んだ幼子を抱える親の悲嘆や、生活の術を奪われ嘆く農民の悲しみも。

聖戦の美名は全て焼き尽くし、全てを灰燼とさせ事終われると勝利の凱歌を歌う。


帝国の平穏と、安寧を司るべき教会。

弱者の救済、魂の安息を掲げる教会。


その実態といえば、もはや悪魔がその功績を礼讃せんばかりである。


正義なき統治。

力による統治。


傾いた帝国に満ち溢れるは、困窮と荒廃。

内外の騒擾は、帝国という一つの秩序を破壊し続ける。


そんな帝国にあって、皇族というのは力なき存在であることが罪になる。

ヴェルター第四皇子はただ、弱かった。

彼を、悪意から守る防壁は奪われている。


安らかな揺り籠、彼を慈しんだ皇帝の愛妾たる母。

その美貌を、才知を、公平さがために皇帝より誰よりも愛された皇妃。

皇帝が、その英邁な第三皇妃を愛した幸せな時代は永遠ではない。


彼女を宮中の瘴気から隔てていた皇帝の老衰。

それは、皇帝にとってかけがえのない彼女をも容易く破滅させる。


庇護を失った彼女の最後は、誰もが口を噤む凄惨なそれ。

お喋りな宮中雀ですら、重く口を閉じ関わり合いになることを忌む最後。


何よりも、悲劇的なことに。

シャルロッテ第三皇妃がお隠れあそばしたことすら、病床に臥した皇帝は知る由もない。

僅かに意識を取り戻した彼が耳にできるのは、ただただ無味乾燥な美辞麗句。


誰もが、もはや、皇帝たるヴェルギンニウス帝に何一つとして告げはしないのだ。

心ある忠臣は、悉くが刑場の露と消え宮中に蔓延る悪意は何人にも止められない。


まだ、姉がいるうちは彼を守る意思をもった人はいた。

彼女と、彼女の学友という小さくとも温かみある揺り籠。

優しさと、高貴な決意による崇高な守り。


しかし、彼を弱くとも守らんとした皇女は帝国の内憂に付け込んだ隣国へと送られる。

融和という名の、外交秩序の安定という美名の元に放り出された弥縫策の生贄。

皇女に選択肢は、与えられなかった。


こうして彼は、孤独と化す。


そして孤独な皇子というのは獲物にすぎない。

ヴェルター第四皇子は、いとも容易く悪意に晒され、弄ばれる。


帝国でもっとも高貴な血筋を宿した皇子。

だが、それは至尊の座を欲する者にとって自分以外の皇族など良くて蹴落とす相手。

弱きものは、強きものの糧にすぎない。


助けを求め、伸ばした手は跳ね除けられる。

暖かな父の手は、もはや彼の手の届くところにはない。

優しかった母は、誰にも看取られることなく逆賊どもに屠られた。

母の死を共に悼み、自分を悪意からかばってくれた姉ももはやいない。


故に彼は、涙する。


踏みにじられた矜持の疼き。

弱者と蔑まれ、誰からも嗤われるわが身のふがいなさ。

寄る辺すら与えられぬ、この身の惨めさ。



故に虐げられた皇子は、呪詛を漏らす。


「…悪魔よ、力がほしい、力を、帝国を統べる力を寄越せ!」


それは、本来ならば届かぬ願いだった。

常ならば、踏みにじられるものの慰めにすぎない祈りだった。

弱きものが、天を呪い、呪詛すらこめられた純粋な怒り。


「他に何もいらない!私に、力を寄越せ!」


それは、本来ならば悪魔にとっての子守歌にすぎない嘆き。


だが、しかし。


悪意の塊たる彼らは、ふとした戯れを時として為す。

絶望から引き揚げ、最後の最後に裏切られるものの呪詛はいかほどに甘美だろうか。


蜜のような嘆き。

それは、気まぐれな彼らでさえ興味をひかれるもの。


その、無知を嗤えばいかなる悲嘆を聞かせてくれるだろうか?


自らが招いた災厄を、それはどのように甘受するのだろうか?


極限までに絞ればいかほどの悲哀の嘆きを?


そう、二つとなき甘美な嘆きをもたらすだろうか?


「私を、母を、姉を踏みにじった奴らに思い知らせる力を、復讐の力を!」


だが、契約は面白みがない。

なによりも、悪意に踏みにじられた若者だ。

魂を贄とさせる契約を結んだところで、その味はたかが知れるもの。


いや、契約の規模を思えばさしたる旨みは望みえない。


力を与えるべきだろうか?

希望という名のスパイスで下ごしらえをすべきだろうか?


しかし、それでは折角の材料を平凡な調理に貶めてはしまう。

趣向を凝らさねば、多くの客人に振る舞うにはあまりにも凡庸な料理に終わりかねない。

だが、甘味と辛みはバランスを欠いては食に値しないだろう。


貪欲に、ひたすらに。


渇望する悪魔にとって、それは面白くもなんともない。

それくらいならば、退屈という死に近い拷問の方がまだ楽しみようもあるというもの。



これほどの悲嘆。

これほどの怒り。

これほどの感情。


「神でもいい。悪魔でもいい!誰でもいい!私に、力を貸せ!復讐の力を、私に!」



最高の素材、それも養殖ではなく天然もの。

傍観者たることを最善とする悪魔らにとってすら、垂涎ものの素材!


これをいかにして、最高の悲劇たらしめるべきか?

希望という名のスパイスを塗し、試練という名の熟成を経て。


絶望に貶めるは、無上の喜び。


さて、いかに調理せん?








西暦1820年12月26日、トリエステ。


「ジャンヌ、ニエーヴル…、」


ベッドに横たわった老人は既に、余命いくばくもない。

無為の生活のために疲れ果てて打ちのめされ尽くした肉体は、朽ちつつある。

在りし日は、その口から紡ぎだされるささやき声一つで顕官を震え上がらせた老人。


だが病んだ肺は朽果て、先だった妻と娘の名前を弱弱しく紡ぎだすことすら耐え難い苦痛を老人にもたらす。

その虚ろな眼が見つめるのは、はるか昔に失った過去。

在りし日の、貧しくも平和だった家族の思い出に、茫洋と彼はひたすらに嘆きながら恋い焦がれる。


そこに臥しているのは、ヨーロッパを震え上がらせた政治家ではなく疲れ果てた一人の老人にすぎない。

彼の敵ですら、もはや今となっては彼のことを気にも留めないほどに男は権勢から蹴落とされている。

すり減らされた彼の神経と肉体は、最後の時をせめて暖かなトリエステで過ごすことを渇望するのみ。


そして、若かりし日には神すらも恐れることのなかった男も今や老齢に人が変わったと評される。

時折、昔を懐かしみ訪ねてくる古い知己は彼の変わりようと衰えように一様に驚きを隠せないほどだ。


『嗤うべき迷信の象徴』


若かりし日にそう嘲笑した十字架の前で、彼が日々跪座し祈りをささげる。

あのオトラント公爵も、ついにはただただ、平穏を追い求めるに至ったという知らせ。

だが、もはや彼のことなど顕官百官は誰も気にも留めないのだ。


もはや、彼のことなど誰も頭の片隅にもとどめていない。

否、老人はもはや完全に忘れ去られ歴史の片隅で朽ちてゆくに任された存在なのだ。


「私は…、誤った…」


力なくつぶやかれる悔悟の言葉。

ベッドの傍で父の死を看取る息子にとってすら、聞き覚えのない弱弱しい声。

たとえ、余人から非難されようとも彼はよき父だった。

家族を愛し、先妻を想い、失った長女を嘆く暖かな家庭人。


晩節が苦痛に満ち溢れ、打ちのめされた老人にとって後妻の不貞は決定的な打撃だった。


暖かな家庭を、平和を欲した彼の最期。

冷たく忘れ去れた老人としての寂しい余生。

故に、彼は涙を流しながら歴史から忘却されながら現世から消えゆく。
























だが、誰が知ろうか。



オトラント公爵は、決して自分の真意を漏らしたりなどしないということを。

彼が仕えたありとあらゆる主人は、彼の真意を決して知りえなかったということを。
































誰が、知ろうか。


男は、妻と娘以外にはただの一度も真実のみを語ったことなどないと。

紡がれる言葉は、陰謀情熱に燻られた言葉だと。

囁き声は、おそるべき陰謀を告げるための先触れだと。




















誰が、理解できようか。


死に臥し、亡くした愛妻と愛娘を嘆きながらも権謀術策に恋い焦がれていると。

ギロチンの一歩手前にあってなお、陰謀を愛し、策動してのけたということを。

激動の時代に合って、ただ謀略を練ることを喜び、弄んでいたということを。



















誰が、想像できようか。


瀕死の男が、なお政治の舞台に立って歴史に名を刻まんことを欲していると。

策謀を弄ぶことの麻薬じみた喜悦を渇望していると。

策謀を、陰謀を、企みごとを欲していると。





















誰が、誰がその真意を理解しえようか。

病床にあって、悔い改めたが姿を見せてなお、真意は政治の場にあったということを。

落ちぶれた身であってなお、ひたすらに秘密を暴かんことを望んでいたということを。


今ひとたび、今ひとたび、機会を与えられんと渇望したことを。


この手で、再び策動せんと焼き焦がれんばかりの純然たる陰謀情熱に駆られていたと。
















誰が、その姿を偽装と見抜きえようか。


ただただ信心深き王が同情を引き出さんがための、渾身の演技だということを。

風見鶏として、ただ、風に諂ったにすぎないと。

今ひとたび、王が恩寵を得んがため死に瀕する身すらを活用せんとする陰謀情熱を誰が知りえよう。















誰が、それを予期しえようか。


彼は、諦めるどころか妄執じみた狂気で陰謀を企み足りないと。

死してなお、陰謀情熱は燃え盛る一方であると。

執念は、妄執は、どす黒い炎と化して燦然と燃え上がっていると。
































それが悪魔をして感嘆させると、人の身で誰が知りえようか。






悪魔が同族とみなすほどに策謀と裏切りに情熱を燃やす政治的怪物。

さらなる混沌と、さらなる悲嘆の声を欲する純粋悪意は最悪の奇跡を引き起こす。


彼らは、嗤った。

ただ人としてそのまま打ち捨てておくには、あまりにも惜しい執念を見出して。


否、歓喜だ。


その時、悪魔は歓喜に哂った。


悪魔にとって、オトラント公は別の意味で素晴らしい素材、否、料理人であった。


彼は、恋人の兄にして親友をギロチンに送った。

同時期に彼は『人道的』という言葉の定義を愉快なものとして提議し、悪魔たちを大いに笑わせている。


彼は、困窮していた身を救ってくれた恩人の危機を平然と見過ごした。

否、クーデターの策動を見出すや否や、嬉々として両天秤にかけ陰謀を弄んでいる。

その策動は、悪魔らをして拍手喝采させる見事な手際だった。


彼は、あっさりと革命の英雄が転落していく中で対立派閥の衣をまとった。

それでいながら、彼は英雄が復活した瞬間に忠臣顔で傍に近侍。

むろん、英雄が没落したときに備え両天秤をかけるのを忘れなかった。


奴だけは、奴だけは断じてという怨念は悪魔らに美酒を味あわせてくれたものである。


コース料理として、悪意と策動が生み出した情念を味わうならば。

オトラント公は、悪魔にとって人間とは思い難いほど卓越したシェフである。

彼の巧みな技術は、生半可な悪意では到底及び付かない次元の素晴らしさ。


悪魔と比較してなお、彼の技量は頭一つ以上飛び抜けていると評するほかにないのだ。

これこそ、人間という種の奇跡だろう。

アダムとイヴ以来、たえて久しく引き籠っている創造主に一報の労を惜しみたくないほどにすばらしい。


ならば、決まっている。

最高の材料に、最高の調理人を。


脆弱な皇子の、鬱屈した悲願をお任せコースに委ねてみよう。


皇子がどのように悔いるのか想像するだけで喜悦に包まれるような未来を悪魔は思う。

オトラント公がどのようにこの最高の素材を調理するのだろうか?

きっと今から考えるだけで、待ち遠しい時間になるに違いないだろう。


そう考えたとき、その絶望を食べてみたいと思った。

それは、食べるべき価値があるとも悪魔は思った。

そして、ぜひとも皇子の嘆きをオトラント公爵が調理で味わいたいと願った。


故に、悪魔は勤労の精神を呼び起こすと妙なる芸術を期待して、本来ならば開けられることのない禁忌の門を開く。



『契約はなった。皇子よ、我、汝の欲するところを与えん。欲する全てを手にせよ。』


『公爵よ、汝の希望は叶えられん。汝、汝の欲するままにせよ。』


なんか、慣れずに変だったらご容赦ください。

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