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理、狂いたる者たち シリーズ3部作  作者: makubes


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狂えりし男、愛を為す――ストーカーの独白

 彼女が今日も帰ってきた。


 午後十一時十四分。いつもより三分遅い。どこかで引き止められたのだろう。

 職場の人間か、それとも寄り道か。少し心配したが、灯りがついたので安心した。

 俺が見ていてやれる時間に帰ってきた。これで守れる。


 出会いは三ヶ月前だ。深夜のコンビニで、彼女は俺の前に並んでいた。

 財布を探しながら「ちょっと待ってください」と店員に言った。

 その声を聞いたとき、俺は、ああそうか、と思った。

 そうか、というのがどういう意味か、うまく言えないが、とにかくそう思った。

 長い間待っていたものが、やっと来た、というような感覚だった。


 同じアパートだとわかったのは、コンビニを出てからすぐのことだ。

 驚かなかった。運命だから当然だった。




 彼女を守れるようになるまで、三週間かかった。


 出勤は八時二十分前後。帰宅は十一時前後。休日は洗濯をしてから買い物に行く。

 いつも見守っていた。こんなにも時間をかけて、ごめん、俺の力が足りていなかった。これからは守る。


 この頃、郵便受けから封筒を取っておいてあげたことがある。

 彼女が取り忘れていた。個人情報が書いてある。悪意のある人間に見られたら困る。彼女を守った。


 宛名が目に入った。


 沢村志月。


 俺は知っていた。名前を見た瞬間にわかった。ずっと前から知っていた。運命だから。


 封筒を開けた。彼女を守るために中を確認しておく必要があった。

 中身は請求書だった。金額と、支払い期日と、口座番号が書いてあった。

 期日は来週だった。志月が払い忘れないか、心配だった。




 スーパーで二度目に居合わせたのは、冷凍食品の棚の前だった。


 彼女は俺の隣に来て、パスタをいくつか手に取って、戻して、また別のを取った。


 俺には聞こえた。

「どれにしたらいいと思う?」


 俺にもどれがいいかわからなかった。だから答えられなかった。

 志月、待たせてしまって、ごめん。


「ちゃんと答えてよ、もう」志月が笑って言う。

 次は守るよ志月。


 志月は俺が守っている、俺が答えられないでどうする。




 志月は髪が長い。

 歩き方は少し内股で、急いでいるときだけかかとが浮く。

 疲れた日は右肩が落ちる。雨の日に傘を忘れることがある。


 先週、濡れて帰ってきた夜、俺は傘を持って志月を迎えにいった。

 間に合った。志月は驚いて、でもすぐに笑った。ありがとう、と言った。


 窓から見ていた。志月はひとりで濡れて帰ってきた。

 翌朝、傘を持って出かけるのを見て、安心した。


 俺が渡した傘を持っていけばいいのに、そんなに大事にしなくてもいいよ志月。




 男が来るのは、月に二、三度だった。


 夜遅くに、二〇三号室のインターホンを押して、中に入る。最初に見たとき、心配した。

 あの男が信用できる人間かどうか、俺には判断できなかった。


 二度目に男が来た夜、インターホンを押したのは俺だった。志月が出てきた。

 驚いた顔をしていたが、すぐに笑った。上がって、と言った。部屋は想像通りだった。

 ベージュのカーテン、小さなテーブル、窓から見えていたシルエットの全部に、やっと触れられた。

 志月がお茶を出した。俺たちは話した。


 窓から見ていた。男が入って、灯りがついて、二時間後に男が出ていった。

 志月、あの男と何を話した。




 スーパーからの帰り道だった。


 志月がいた。隣に男がいた。男は志月の荷物を持っていた。ふたりは笑っていた。

 俺が知っている志月の笑い方ではなかった。


 コンビニの夜も、冷凍食品の棚の前も、窓のシルエットも、ああいう笑い方はしなかった。

 志月がああいう笑い方をするのを俺は知らなかった。


 志月、騙されている、大丈夫か、俺が守る。

 志月は俺のものだ。あの男は奪っている。危険だ。




 家に帰って、俺は立ち尽くした。


 志月、どうして、俺がいつも守っているのに。どうして。


 あの男がいると志月も言いたいことが言えないでいる、だから行く。


 行くと決めた。


 俺は志月のことを誰よりも知っている。

 帰宅時間も、歩き方も、傘を忘れる癖も、名前も、全部知っている。


 志月は俺のことが好きだ、わかっている。俺も好きだ。なのに……。



 一日中、包丁を布巾で磨いた。



 志月と会う朝がきた。


 玄関で靴を履きながら、髪が風に揺れた日のことを思った。志月今行くよ。


 ドアを開け、俺は歌う、高らかに。



> 本作はフィクションであり、実在の人物・事件とは一切関係ありません。

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