3 悪役王女は破滅する
前世編
注意!暗い描写が続きます。
前世、私がエリオットとともにのほほんと後継者教育に励んでいた頃、王都から離れた海沿いにある伯爵領の小さな村で見たことのないバッタの様な虫が突然大量に発生して小麦畑がダメになったと騒ぎになっていた。
それから一週間、10日経ち、新種の虫による被害は隣の村へ町へと広がっていき、その伯爵領だけに留まらず、隣接するいくつかの他領にもまるで野火が燃え広がるように被害が拡大していった。
そこまできて役人達や大臣も大慌てで対策に乗り出した。
至急の原因の調査によると、最初に被害が出た村で外国から輸入した肥料に成虫と卵が付いていたらしく、春先の長雨の影響で大量発生したようだった。
それで焼き払ったり、殺虫剤を散布したりと対策を急いだが、蝗害が広がるスピードはあまりにも早くほぼ王国の全域に被害が広がっていった。
夏前の収穫を迎えた麦に大打撃を与え、それだけには留まらず、豆や芋類、果実にまで被害が及びクロワルド王国は近年まれに見る食糧難、飢饉に陥った。
父王の指示ですぐさま国庫を開いて穀物を放出し、食料を輸入したがとても収まらなかった。
店や市場から食料品が消え人々は飢え、家畜は死に、そうなると農業だけでなく工業や漁業にも大きな打撃を受けた。
そんな中、隣国のブレイズランド帝国の皇帝、ウィリアム三世の訃報が伝えられた。
私の婚約者、エリオットの父だ。
父皇帝との関係は良くなかったとエリオットは言っていたが、帝国内でも色々と問題はあるようで、次の皇帝となった長兄のリチャードとはより関係は悪いらしい。
そんなブレイズランド帝国で元々風土病として存在していた疫病が突然変異して感染力の強い伝染病となり、猛威をふるい多くの死者が出たという情報が入ってきた。
そして夏になる頃、その伝染病が国境を超えてクロワルド王国の辺境の町でも初の罹患者が出たのだ。
報告を受けすぐさま王都から医師達が派遣され、治療や患者の隔離などが行われたが、感染力の強い伝染病は瞬く間に王国中に広がっていった。
初めは風邪のような症状から始まり、やがて高熱が出て食事はおろか水さえも摂ることが出来ずに衰弱して亡くなるという恐ろしい病だった。
まだ治療薬も無く、蝗害で食料難だったのが災いして貧しい平民や体力のない老人や子供が次々に感染して亡くなっていった。
体力のある若者や貴族でさえたくさんの命が失われた。
王都や他の都市でも店が閉まり人々の行き来が途絶え、工場も鉱山も閉鎖され経済は落ち込んだ。
皆、なす術もなく家に籠り病が終息するのを祈るしかない状況の中、何と父、フィリップ国王も感染した。
この最悪の事態に国中が震撼した。
心配して何も出来ずオロオロする私と母妃をエリオットは励まし父の代理で執務を行うことになった私を援けてくれた。
そんな時、思わぬ吉報が飛び込んできた。
最初の感染者が出た国、ブレイズランド帝国でこの伝染病の特効薬が開発されたのだ。
すぐさま父のためこの薬を輸入したいと依頼したが、開発されたばかりの新薬を外国に渡したくない帝国側とで交渉は難航した。
背に腹を変えられない私達の足元を見てか、最終的には帝国側の言い値、城一つ建つぐらいの法外な金額を支払い特効薬を入手できた。
エリオットが受け取りに行ってくれて、馬を乗り換え不眠不休で戻ってきたが一足遅く、私達の必死の看病も空しく父王は息を引き取った。
あれほどの金額を支払わせ、わざと交渉を長引かせた帝国を私は心の底から憎んだ。
しかし私は父の死を嘆き悲しむ間もなく葬儀を済ませ、王位の不在を避けるため皇太女を飛ばしてクロワルド王国の女王として即位した。
突然王冠を戴く事になり不安とその重さに震える私に、エリオットは一緒に支えていくと誓ってくれた。
本来ならこれを機にエリオットとの結婚を周りからも勧められたが、私は決心がつかなかった。
もちろん嫌な訳ではなく、むしろ逆で待ち望んでいたからそこできなかったのだ。
その時の国の現状を考えると、書類上だけとかの簡素な結婚式が精一杯で、我儘だった私はそれが嫌だった。
美しい花嫁衣装に皆に祝福されるロマンティックな結婚式を挙げることを夢見ていた。
そして最大の理由は、エリオットは私を本当は愛していないことに気づいていたからだった。
もちろん私もエリオットも王族で、私達の結婚は国と国を結ぶ政略結婚だということは十分理解はしていた。
でも私は我儘だった。
夫という肩書きだけでなく、エリオットの心まで欲しいと思って意固地になっていた。
エリオットの心の中には他の愛する女性がいたのに…。
その女性の名はリリーナ・ミュレー子爵令嬢。
そう、昨夜私が学園の夜会でエリオットを婚約者候補から外した時にエリオットを庇った女性だ。
前世でも学園の同級生であり、愛らしく優しい彼女は皆から好かれ、エリオットとも親しかった。
悔しいけど、二人で微笑み合う姿は本当にお似合いで、周りからは「真実の愛」とか噂されて、私のことは二人を引き裂く「当て馬王女」と影で呼ばれていた。
それでも私は二人の仲の良い様子に激しく嫉妬して、権力とお金を叩きつけてエリオットを私の婚約者にしたのだ。
リリーナ嬢は王都の下町で飢饉の時には炊き出しを、伝染病が流行していた時には治療院での奉仕活動を続けて「下町の聖女」と呼ばれて有名になっていた。
情勢不安や病の感染を恐れて王宮から出してもらえない私の目を盗み、そんな彼女をエリオットが密かに下町に会いに行っていることももちろん気づいていた。
だから一層私は結婚の時期を出来るだけ伸ばそうとした。
それは一生を私に縛り付けることになるエリオットへの贖罪と愛されていないことへの私の小さな矜持でもあった。
でもその決断は後に悔やんでも悔やみきれない事態となる。
前世、飢饉と伝染病の拡大に終息の兆しが見えた頃、エリオットが何者かに襲われて帰らぬ人となった。
突然の知らせに私はショックで失神し、しばらくベッドから起き上がることができなくなった。
エリオットはまだ婚約者の身分だったため、元々帝国が用意したボロい屋敷に少ない使用人と従者のライリーと共に住んでいたのが仇になったのだ。
そんな所を夜中突然襲撃され、全員が命を落とした。
おそらくプロによる犯行とみられ、王政への反感を持つ者や、伝染病に関して帝国への恨みなど色々取り沙汰されたが、必死の捜索にも関わらず犯人を捕まえることはできなかった。
私は悲しみに魂を抜かれたような状態だったがどうにかエリオットの葬儀を終えた頃、追い討ちをかけるような事件が起こる。
ブレイズランド帝国がわが国に宣戦布告したのだ。
理由はエリオット皇子を殺害された復讐だという。
もちろん言い掛かりだが、このことで国内は大混乱に陥った。
はっきり言ってその時のクロワルド王国はボロボロな状態で、とても戦争をする力も無く、国を守ることさえ困難な状況だったのだ。
そして、その混乱に乗じて内乱が起こった。
それを収める力もない私を見限って貴族達は王都を棄てて逃げた。
いや、寧ろ反乱勢力に加担したり、帝国と手を結ぶ者達も現れた。
そうしてクロワルド王国は一戦も交えることなくブレイズランド帝国に占領された。
まるで砂の城が波に崩れ去るような呆気ない滅亡だった。
きっとエリオットを暗殺したのも戦争する口実が欲しかった帝国の手の者だったに違いない。
それほど手際の良い仕組まれた侵略だった。
私は捕えられ牢に繋がれた。
母の元王妃は心を病み塔に幽閉された。
もう長くは生きれないだろう。
そして私は最後の時を迎える。
王宮前の広場に引き摺り出された私は民衆の罵声を浴びながら王宮の城門から見下ろすブレイズランド帝国のリチャード新皇帝の前に跪かされた。
リチャードはエリオットとは瞳の色だけが同じで全く似ていない醜悪な男だった。
「元女王マルグレーテよ。最後に我とこの国に謝罪する機会を与えよう。
不様に泣き叫び赦しを乞うがよい!」
リチャードが冷酷に笑う。
短く切られた髪に血と泥に汚れたボロボロのドレス、鞭打たれ蹴られたたくさんの傷跡、舌も切られて謝罪も何も話すことさえ出来ないのに。
汚い物でも見るような蔑んだ眼差しを受けながらも私は真っ直ぐにリチャードを睨みつける。
それが私の女王としての最後の矜持だった。
イライラしたリチャードが叫ぶ
「もうよい、早くその首を切り落とせ!」
そして刃が首に振り下ろされる瞬間、最後に脳裏に浮かんだのはエリオットの顔だった。
(ごめんなさい。私が馬鹿だったから…。)
そうして私は死んだ。
次回、現世に戻ります。
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




