1 悪役王女は婚約者候補を切り捨てる
新連載始めます。
数話完結の中編になります。
完結はしておりますが不定期更新となりますのでゆっくりお付き合いくださいませ。
カツン カツンと、ハイヒールの靴音が美しい装飾が刻まれた大理石の回廊に響いている。
繁栄を誇るクロワルド王国の「花の都」と呼ばれる王都にある名門、王立エコールサンク学園。
今宵、ここではこの国の建国を祝う学生達による夜会が開かれていた。
気楽な学生のみの夜会とはいえ、ほとんどが貴族の子女や他国からの留学生、特待生として入った成績優秀な平民といった将来有望な者達が通う学校なだけあり、その夜会も華やかでプレ社交界の趣があった。
そのざわめきの外、悠然と歩みを進めるのは、キツイ縦巻きの赤い髪を今日は結い上げ、濃い紫色の豪華なドレスに煌びやかなアクセサリーをつけ、吊り上がり気味の紫の瞳に赤いルージュを引いた薄い唇を引き結んだ少々冷たく見える美貌の令嬢が講堂の前の大きな扉の前で歩みを止めた。
扉の前に立つ従僕が両側から恭しく扉を開けて入場のアナウンスをする。
「マルグレーテ・ド・ラティエール王女殿下のご入場でございます!」
途端に会場内のざわめきと楽団の軽快な演奏が止み、中にいた全員がマルグレーテ王女に向かって紳士淑女の礼をする。
それを見渡した王女は
「皆の者、楽にせよ。」
と、威厳をまとった声をかけ、頭を上げた皆が見守る中、格調高い曲とともに会場に歩みを進める。
温暖な気候と豊かな資源、農業と工業も発展したクロワルド王国の次の王位継承者であるマルグレーテ王女は今年十七歳。
王家の一人娘である。
将来は女王として即位することが決まっており、三ヶ月後の学園の卒業と同時に王配となる婚約者を決定することになっている。
そしてその後一年間の後継者教育を経て十八歳に王太女に即位し、同時に結婚をする予定だ。
そんな王女の伴侶の座を望み国の内外から沢山の婚約者候補が集まったが数々の条件をクリアして最終的に残った者が現在四名。
その条件の一つがこの名門、王立エコールサンク学園で上位の成績を残すことが含まれていた。
華やかな曲が流れ先程までの賑わいを取り戻した会場内を誰かを探すように進むマルグレーテ王女を三人の婚約者候補の男達が取り囲む。
「マルグレーテ殿下。今宵の貴女も大輪の薔薇の花のように美しい。
どうか私にエスコートをさせて下さい。」
金髪に青い瞳のスラリとした美しい男が甘い声で囁く。
一人目の婚約者候補、宰相の次男、リュシアン・ド・アンフォール公爵令息だ。
「いや、マルグレーテ殿下。美しき女神とのファーストダンスをぜひこの私と。」
次に栗色のサラサラの髪に大きな榛色の瞳を輝かせて小柄な男が白い手袋をはめた手を差し出した。
二人目の婚約者候補の友好国である隣国、レントル王国の第3王子、ハインリヒ・フォン・レントルだ。
そして二人の男を押し退けるように、短い黒髪に黒い瞳、彫りの深い男らしい顔立ちにがっしりとした体格の男が跪き、
「騎士として姫君をお護りする栄誉をこの私に。」
と騎士の礼をする。
この国の王国騎士団の団長の息子であるジョルジュ・バンディル辺境伯令息だ。
だがしかし、王女は三人の婚約者候補の熱い眼差しにも広げた扇の隙間から冷たい一瞥を投げかけ
「おどきなさい。」
と一言であしらった。
その様子を伺っていた周りの生徒達からヒソヒソと話し声が漏れる。
「まぁ。相変わらずの高飛車な態度でいらっしゃること。」
「噂通りの悪役っ振りだな…。」
さすがに面と向かって王女殿下に言うものは居ないが、この学園で「悪役王女」の悪評は高かった。
父王と母王妃からは溺愛され、豊かな国の跡取り姫ともなると我儘で傲慢に育ってもおかしくはない。
そしてホールの中程にたくさんの友達らに囲まれていた人物を見つけ、三人の男達を従え近付く。
その中心に居たのは、背が高く長めの輝く銀髪に夜空のような紺色の瞳の涼しげな目元の端正な顔立ちの男性、隣国のブレイズランド帝国の第五皇子である、エリオット・ヘイズフォード、四人目の婚約者候補であった。
王女に気付き、立礼をした皇子に王女が顎を上げ言い放つ。
「そなたは私を出迎えもしないのか。」
「いえ、そう言う訳では…。
以前話しかけるなとおっしゃられたので。」
そんなエリオット皇子にマルグレーテ王女は扇を突きつけ宣言する。
「エリオット ヘイズフォード!
そなたを私の婚約者候補としての契約を破棄します!」
その瞬間、会場内から全ての音が消えた。
エリオット皇子の端正な顔が苦しげに歪み、搾り出すような声が漏れる。
「何故です…どうして私を…。
私が何かマルグレーテ殿下のお気に召さない事をしてしまったのなら謝ります。
どうかもう一度お考え直しを!」
縋るような強い眼差しが王女に向けられる。
「うっ…そ、そなたのような者は私の婚約者には相応しくなくてよっ!!」
王女の扇を握りしめた手が怒りのためか微かに震えている。
「そうだっ!お前は殿下の婚約者候補にありながら他の女と学園内や王都で密会していただろう。
いかがわしい宿で怪しげな者と会っていたとも聞いているっ!」
と、リュシアン公子が後ろより声を上げた。
「そうとも、王都の下町の怪しげな店に出入りして違法な事をやっているとも調べはついている!」
ハインリヒ王子も続く。
「それに王都でごろつきの男に喧嘩を売り、夜、密かに得体の知れない男どもと行動を共にしていた事も分かっているぞ!」
ジョルジュ令息も声を張り上げた。
息を詰めるエリオット皇子に、周りのざわめきが大きくなる。
大国であるブレイズランド帝国の第五皇子で不幸な生い立ちらしいが、それを感じさせない明朗な性格と、文武共に常にトップクラスの成績と、そしてその容貌の美しさから男女ともに人気のあるエリオット皇子を何故か理不尽に嫌う「悪役王女」ことマルグレーテ王女の事をこの学園では知らぬ者はいない。
三人の婚約者候補のとんでもない発言に皆が戸惑っていた時、
「そんなっ、それは誤解です!」
生徒達の間から、パステルグリーンのふわふわしたドレスにミルクティーベージュのサラサラの髪をした小柄な愛らしい令嬢が飛び出してきて、エリオット皇子を庇うようにピンク色の大きな瞳をウルウルさせてマルグレーテ王女達を睨んだ。
その威嚇する小動物のような可憐な姿は悪役王女とは正反対だ。
「リリーナ…。」
びっくりした様子でエリオット皇子が呟く。
「王女殿下、ご無礼を承知で申し上げます!」
「ふん。ミュレー子爵家の者か。発言を許すわ。」
「はい。エリオットは…エリオット殿下はそんな事していません。誤解なんです!」
突然の乱入と二人の親密な様子にマルグレーテ王女はピクリと眉を動かした。
「密会なんてしていません!図書館で勉強を見てもらっていただけなんです。
それに王都で私が孤児院に慰問に行った時、ごろつきに絡まれていた所をたまたま通り掛かったエリオット殿下が助けてくれて、喧嘩じゃないんです!
それに救護院に入院している子供の治療薬の相談に乗って下さって、下町で評判の薬屋に出向いてくれて、決して怪しい店ではありません!
だから全て誤解なんです。エリオット殿下は素晴らしい方なんです!」
一気に言い切ったリリーナ嬢に周りからも同意するような視線が向けられる。
若干圧倒されたようなマルグレーテ王女と後ろの三人だが、気を取り直したようにマルグレーテ王女が口を開く。
「ほう。誤解だと。ではそなたはこの私に謝れと言うのかしら?」
「い、いえ、決してその様な…ただエリオット殿下が疑われているのを見ていられなくて…」
「マルグレーテ殿下、私がこの様な誤解を受けるような行動を取ったことが問題でした。リリーナ嬢は何も悪くはございません。」
「お黙りなさい。婚約者候補の破棄は決定よ。
そこまで庇うならその娘の家に婿に入るがいいわ。
確かそちらも一人娘だったわね。
これ以上の口答えは許さない!」
膝をつきそうなエリオット皇子を一瞥してマルグレーテ王女が背を向ける。
「マルグレーテ殿下!」
後を追おうとする何人かを制し、
「来ずともいいわ!パーティーを続けなさい。」
そう言い残し、マルグレーテ王女は慌てて扉を開けた従僕達に見送られ会場を後にした。
カツカツカツ…慌ただしい靴音が回廊に響く。
マルグレーテは扇を強く握りしめ馬車へと急ぐ。
胸がドキドキしてドレスで隠せているが足が震えている。
気を抜くとその場に崩れ落ちて泣き叫びそうになるのを我慢する。
(まだダメだ…馬車までもう少し…。)
護衛騎士に手を取られ平然と馬車へと乗り込んだマルグレーテはカーテンを閉めた。
やっと一人になり動き出した馬車のシートにだらしなく身を沈めたマルグレーテは堪え切れず呟いた。
「ついにやったわ、私!!
よくやったわ!これで未来は変わるはず…。」
これでエリオットが婚約者になる未来は無くなった。
最後に見たエリオットの憎しみとも喜びとも分からないあの紺色の強い眼差しが脳裏に甦る。
「ごめんなさい。こうするしかなかったの…。
これであなたの、全ての恐ろしい未来は変わるはず…。」
マルグレーテは静かに肩を震わせる。
その呟きも、小さな嗚咽も馬車の車輪の大きな音に紛れて消えていった。
お読みいただきありがとうございます。
長編小説の連載の息抜きに流行りの悪役令嬢モノを書いてみたくなりました。
楽しんで頂けたら幸いです。




