第4話 鬼の
陸奥国に、とある小さな村があった。この村は、鬼から逃げてきた人たちを迎える前までは、20人にも満たない小さな村だった。しかし今や50を超える大きな村となり、人々は助け合い、苦しいながらも楽しんで生活をしていた。
そんな村に、布を被せた大きな何かを引きずりながら金持ちと雇われ人がやってきた。
「この村をおさめる者、前に出よ。」
男は刀に手を置き、村人たちの不安を煽る。
「わしが村長じゃ。いったい、金持ちがこの村になんの用じゃ。」
「この御方は、あの藤原家であり、安倍晴明と共に戦い抜き、その実力は日本一とも言われている陰陽師『藤原 光源』様であらせられる。」
藤原光源と名乗る男は、青い狩衣に身を包み、豊満な体をした男が眠たそうに立っていた。
「そのような御方がこの村に何用でございましょう。」
「うむ、これは私から話そう。この村の土は作物を育てるのに適しているようだな。鬼から逃げてきたものたちを受け入れて生活ができておる。そこで、この最強の陰陽師であるこの私が、この村を守ってやろうとわざわざここまで出向いてやったのである。」
「それはありがたい話です。しかし、我々は協力して上手く身を守っておりますのでここよりも必要な場所へ行かれた方が良いかと。」
「うむ、この布に被せているものは、『鬼』だ。この布に呪術を込めることにより動きを封じておる。」
「それがなにか?」
「うむ、こいつは鬼避けという意味で連れておる。皆の者も鬼の恐怖は知っておろう。その恐怖から私が守ってやろう。」
村人は互いに顔を見合せている。村人たちの反応と表情で何となくわかっている。この怪しい陰陽師を受け入れなければならない。
「わかりました、よろしくお願いします。」
「うむ!では、私はこの村に結界を張らねばならない。そのためには住み込みで鬼の力を吸い取る必要がある。その準備として、あの洞窟の奥に私の屋敷を建てるのだ。」
それから屋敷は休みなく村人たちによって作られた。村人たちはこれで結界が作られて安全になると思っていた。しかし、陰陽師の要求はさらに増えていった。
「鬼の力を吸い取るのは並の人間ではできない。私の呪術を持ってしても、体力がもたず力が洞窟内に溢れてしまっているのだ。これから飯を若い女に持ってこさせろ。若い女なら溢れ出ている力に耐えられるだろう。うむ。」
それから村の若い女性は、1人ずつ1日2回飯を洞窟に運んだ。飯を運ぶだけのはずが、どの女性もなかなか洞窟からは出てこなかった。最初は2回目の飯を運ぶ女性と入れ替わるかのように出ていたが、2人とも出てこない日まで増え始めた。陰陽師は「溢れる力に気を失っておる」と言うが、戻ってくる女性の涙の跡と乱れた服や髪でみんな何が起こっているのかわかっていた。しかし誰も口を出さなかったのは、鬼の恐怖があったからだ。
「わしが行こう。あいつらのせいでわしらの苦しい生活がさらに苦しくなっておる。この村の女も返してもらわんとな。」
村人による会議で村長はそう言い残し、洞窟へ入っていった。
翌朝、布で体を隠した村の女性2人を引き連れた上裸の陰陽師が洞窟から出てきた。
「村の者たちよ、聞け!村長は、私の忠告を無視して洞窟に入り、鬼の溢れる力により首が切れてしまった!」
「嘘だ!村長!」
陰陽師は村長の首を掲げた。後ろの女性2人は涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
「よって、私が村長となり皆を守ろう!さて、今日の飯は誰が持ってくる?」
集まった村人の中から舐め回すように若い女性を見てまわる。陰陽師の視線がある女性のもとで止まった。
「うむうむ。この村にはこんな上玉がいたのか〜。今日はお前が持ってこい!」
そう指を指したのは、まだ12歳になったばかりの女の子であった。
村人たちの顔に動揺と後悔の顔が浮かぶ。
「うむうむ、今日は張り切って結界を強化しよう。楽しみにしておるぞ〜。」
陰陽師は側近たちと共に洞窟へと戻った。
「しまった...今まで協力して隠してきたのに!」
男がそう叫びながら木を殴る。
「妹は行かせない!変わりに私が行く!」
「村長はおそらく陰陽師に殺されている。お前まであのようになりたいのか?」
女性は歯茎から血が出るほど歯を食いしばった。
「私大丈夫だよ。ご飯渡したらすぐ戻ってくるね!」
そう言うと、いつものように食べ物を包みカゴに入れた。
「よいしょっと。じゃあすぐ戻ってくるから!」
走って洞窟へと入って行った。これがこの子と最後の挨拶だった。日が暮れても帰って来ず、遂には日が昇った。何度も村人たちが洞窟へ入ろうとしたが、見張りの側近に刀を向けられて入れなかった。
村人たちが洞窟から少し離れた場所で待っていると、側近に担がれた女の子が出てきた。体は力が全く入っていないのかぐったりとしている。
側近の後ろから陰陽師とその他の側近全員が出てきた。村長の時ですら、全員が洞窟から出てくることはなかった。
「皆の者、この女のおかげで強い結界を作ることに成功した!しかし、この女はその強大すぎる力に敗れ命を落としてしまった。」
村人たちの悲鳴が響き渡る。姉は目を見開き動かない。
「今日の飯はお前がもってこい。」
妹を地面に寝かし、陰陽師たちは洞窟へと戻って行った。
姉は妹を抱き抱え、何も言わず村の外へ出た。村人たちも何も言わなかった。
村から少し離れた場所、二人で花を探した思い出の場所に穴を掘り、花と共に埋めた。
「私のせいだ...ごめん...ごめんなさい...」
森中に泣き声が響き渡っている。妹を無理にでも引き止めるべきだった。見張りを殺してでも中に行くべきだった。後悔が波のように押し寄せてくる。
「泣いてもその子は帰ってこないぞ。」
声がした方に目を向けると、笠を被り顔を隠した旅人のような格好をした人間が立っていた。
「わかってる、でもどうしようもないの。」
「何があった?」
村で起こったこと、陰陽師達に妹は弄ばれて殺されたことを全て話した。誰かに聞いて欲しかったのか、言葉がぐちゃぐちゃになりながらも必死に話した。笠の男は何も言わず静かに言葉一つ一つを聞き逃さないように聞いている様子だった。
「わかった。その苦しみから解放してやる。村へ案内しろ。」
笠の男は手を差し伸べた。手甲を付け、羽織った布の隙間から上等な刀が見えた。
「一雨降りそうだな。」
空を眺めながら男は呟いた。




