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海に愛された男  作者:
第一章

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9/22

9

 島の西側に佇む一棟貸しの別荘『アクア・ヴィラ』。外壁は灼けた太陽と潮風に晒され、白く輝いていた。周囲を囲むのは、剪定されたブーゲンビリアと、絶えず潮風に揺れるヤシの葉。すぐ前には海岸が広がる。いかにもリゾート感の漂う、富裕層のためのヴィラだ。


 リビングの床はテラコッタ色のタイルで覆われ、中央にはL型のヒヤシンスソファが爽やかな風を運んでいる。クッションは清涼感のある白と水色で統一され、高い天井は部屋をさらに広く見せる。そんな素敵な場所は今や彼らの秘密の作戦基地と化している。


 テーブルにはいくつかの紙が散らばる。たくさんのシワが入った地図には、誰も立ち入らないような小さな洞窟や、周囲の海流についても描かれていた。傍らには、高性能の水中推進器が分解されて置かれ、ロニールが最終的な防水パッキンのチェックを行っている。その機材のメタリックな輝きは、部屋の穏やかな雰囲気と鋭く対比していた。



「あの男はパスポートに引っかかっていたが、特に何も没収されなかった。警備は予想通り形式的なものみたいだな。奴らは余程のことでもなけりゃあの場じゃ動けない」


 アステルが意味もなくパンフレットをめくりながら言った。


「ああ。島の中もずいぶん平和ボケしてるな。巡回してはいるが、大したことはないだろう」


 ラスは散歩の結果を簡潔に報告した。島のメインストリートを歩き、監視の配置、観光客の行動パターン、そして警備員の慣れきった様子を確認したのだ。



 ロニールは、推進器のチェックを終え、慎重にラスの顔を見上げた。


「それで、ラス。回収物の運び出しだが…本当に潜水艦は使えるのか?」



 この島には空港がない。どうしても島の外へ持ち出すには、海を渡らなければならない。仮に海を渡るにしたって、推進器を持ってしても、荷物を抱えながらでは厳しい距離だ。


 ラスは広げた潜水艦の模型図に視線を落とした。それは、ホームページに載っていた詳細な構造図だった。


「潜水艦は最も確実な輸送手段だが、同時に最もリスクが高い。一般人が持ってる代物じゃないし、適当に海に捨てるわけにも行かない。ただ図面と内部の構造やセキュリティが完全に一致するとは限らないから、一度実際にツアーに参加しておくのは悪くないだろう」


 開いていた観光パンフレットの潜水艦ツアーのページを指さし、ロニールを見据えた。


「お前は明日、朝一番の便で潜水艦ツアーに参加しろ。目的は、船内の警備と監視カメラの配置、そして図面との差異を確認することだ。使えそうなら潜水艦が一番理想的だが…まぁ厳しいだろうな」


「わかった。すぐにチケットをとるよ」

 ロニールは頷いた。自身の臆病な態度がむしろ「気の弱い観光客」という完璧なカモフラージュになっていることを自覚していた。人と交流するのはあまり得意ではないが、今回はその心配は無さそうだ。ただのツアー参加者として振る舞えばいい。



「貨物船の運行状況は情報屋の言う通りだろう。夜明け前に入港し、積荷を下ろした後、午前中のうちに空き箱を積んで出港するはずだ。念の為今日明日で確認する」


 アステルは、リビングの片隅に置かれた使い込まれたプラスチックケースを指差した。


「あれに回収物を入れて、空き箱の山に潜り込ませるってわけだよな」


「ああ。島の連中が、警備と物流の二重チェックなど、厳重に行っているはずがない。レヴィアスの海域を抜けさえすれば、あとはあっちの仕事だ」


 ラスは強い眼差しで、二人の顔を見た。今までこなしてきたのと何ら変わらないのだと言うように。



 ロニールは、ラスの言葉にただ頷くことしかできなかった。彼の喉はカラカラに乾いていたが、高額な報酬への期待が、彼を突き動かしていた。




 レヴィアス島へ乗り込む前にロニール達が経由したのは、ローグリアだった。レヴィアスに比べ、国土は広く、複雑な歴史と巨大な都市機能を持っている。


 ローグリアの港湾都市ヴァルナは、世界の表の貿易ルートと裏の物流ルートが複雑に入り組む、巨大なハブとして機能していた。古い石造りの街並みと金融ビルが立ち並ぶエリアは、昼間は多国籍なビジネスマンが闊歩し、夜になると、情報屋や密輸業者が暗がりに潜む。


 そこで、レヴィアスの情報を手に入れるために彼らはまたもや人魚が営む場所へと足を踏み入れたのだった。


 今回はラスとロニールの二人だけ、レヴィアス島への人魚の同行は不可能だと知ったからだ。あくまでお目当ては成功率を高めるための情報。


 湿った空気が充満した地下の、あのバーは、雨なのに外出しなければならない日の憂鬱さを凝縮したような場所だった。


 その時の店主を思い出すと、ロニールは嫌な気持ちになる。あの気怠げなバーテンダーと打って変わって、今回の男は口がよく回る上にニヒルな笑みが様になってる奴だった。広い肩幅に厚みのある体は、さぞ女受けがいいことだろう。


 男はグラスを磨きながら流れるような言葉を吐き出した。その話術は、人の警戒心を溶かし、本音を引き出すことに特化しているようだった。思わずキャッシュカードの番号までポロッと溢してしまいそうな、嫌な男だった。



「金をケチらないのなら、こっちに着いた後のこともお手伝いしましょうか」

 あらかたレヴィアス島の情報を提供した後、彼はそう言った。予想もしていない提案だった。目を丸くする二人を見て、映画俳優みたいに彼は笑った。


「…人魚はあの島に関わりたがらないと思っていたが」

 ラスは警戒心をさらに強めた。情報提供だけでなく、お手伝いとは。疑うのも当然だった。ロニールだって、悪い予感がした。あれだけきっぱりと断られた事実は、簡単に首を縦に振らせてはくれない。


「ええ。ただあの海域を抜けてこちらに来てしまえば話は別です」


 ラスは初めてロニールの顔を見た。人魚の手を借りれるならそれに越したことはない。しかし…



 言葉に詰まるラスに、畳みかけるように店主は自ら条件を提示した。

「報酬は分けてくれても構いません。前金150万ティール、無事成功したなら後日200万ティールでどうですか」


 ラスは、提示された前金にわずかに眉を動かしたが、結局その話を承諾したのだった。彼らの手助けがあれば、成功率は格段に上がる。多少払う金が増えたにしても、失敗するよりはマシ。そんな算段だった。



 この島は小さい。出来る限り島の人間の手を借りる真似はしたく無かった。


 今回も上手くいくだろうか。ロニールは送られてきた予約完了とかかれたメールを、不安そうに見つめた。


 彼の頭の中では、あの人魚のニヒルな笑みがちらついている。彼は成功を信じているのか、それとも、150万ティールを稼げればそれでいいと、高みの見物を決め込んでいるのか。答え合わせはまだ出来ない。

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