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海に愛された男  作者:
第一章

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3

 船体のライトが像の輪郭から外れ、ネプチューン2号は、まるで見えない軌道に固定されているかのように、寸分の狂いもなく闇の中を進んでいた。この正確な航行こそが、ペンダントの力が完全に作用している証拠であった。その迷いない動きに、フィデルは安心していいのか複雑な気持ちだった。


 潜水艦のボディに海水がぶつかる音は、この深さではほとんど聞こえない。ただ、モーターの低いうなりと、気圧装置の静かな駆動音だけが、船内の微かな現実感を支えている。



 三体の像は、それぞれが完璧な等間隔を保って配置されている。上から見るとちょうど三角の形をしているレヴィアス島の頂点を、それぞれの像が中心を向いて聳え立つ。それはまるで外敵からというよりは、島の中心にある何かを見守るようであった。


 この会社の従業員は、ほとんど毎日否応なくボスの力を見せつけられているのだ。




「最後の『三標』まもなくです」


 ドルテの声からは、先ほどまでの震えは消え、再びプロのガイドのそれに戻っていた。しかし、その声の底には、張り詰めた緊張感が隠れている。彼女も、最後の像が最も異質であることを知っているのだ。


 視界の真ん中でペンダントが揺れているような気がした。本当は、フックに掛けられたそれは微動だにしていない。だが、彼の神経は研ぎ澄まされ、ペンダントが放つ、鈍い光だけがこの闇の中で唯一の現実だと感じられた。


 あと一つだ。あと一つ、そう自分に言い聞かせる。



 窓の外の闇は、もはやただの闇ではなかった。それは、生き物のようにうごめき、濃淡を変えている。時折、潜水艦のライトの端が、巨大な影のようなものを捉える。それは魚影にしてはあまりにも大きい。あるいは、深海の流れが複雑な模様を描いているだけかもしれない。



 

「皆さま、グランヴィアの三標、いよいよ最後の、そして最も特別な一体が目の前に!」


 ドルテの高揚した声と共に、再び船内に光が満ちた。船外のライトが闇を切り裂き、その光の中心に、三体目の銅像が浮かび上がる。


 最後の像。それが放つのは、明確な違和感だった。


 最初の二体には海水の浸食の跡が見られ、ところどころ崩れていた。だが、この三体目は、まるでつい最近設置されたかのように、表面にほとんど浸食の跡がない。


 素材そのものが違うのか、あるいは、時空を越えてここに現れたか。その輪郭は鋭く、細部まで白く鮮明だった。


 そして、その姿勢は、船内にいる乗客の一人一人を指差しているかのようだった。


 像は、右手を前方にまっすぐ伸ばし、人差し指をピンと立てている。爪がはみ出た真っ白な指は、今にも窓を食い破ってくるようだ。


 フィデルの心臓が、ドクンと大きく脈打った。彼は思わず、無意識に頭上のペンダントに手を伸ばしそうになる。


 きつく結ばれた口元に、盛り上がった眼球。顔は人間の女性に近しいが、腰から先には夥しい数の鱗が一つ一つ丁寧に彫られている。この一体だけが明確に人魚として作られていた。その鱗は、深海の光を僅かに反射し、まるで真夜中の湖面の波紋のように、妖しくきらめいていた。


 船体がゆっくりと回転し、人魚の像の冷たい横顔が窓いっぱいに広がる。



「この像には『運命の指針』というタイトルが付けられています。指し示された先に、自分たちの未来の鍵があると言われていますが、皆さまはその指は、一体どこを差していると思われますか?」



 ドルテはいかにもツアーガイドらしい台詞を吐いた。誰も答えなかった。船内は完全な静寂に包まれている。子供たちの好奇心は既に凍りつき、大人たちの間には、理性で抑えきれない原始的な恐怖が充満していた。


 誰もが、その像が自分自身を指差しているのではないかと恐怖に囚われる。無機質なライトは乗客たちの顔をさらに青白く見せた。


 夢か現か。異質な光景とこの静かさでは意識の境界は曖昧になっていく。発狂しない人がいるのは奇跡としか、フィデルには思えなかった。なのに、ボスにかかれば精神干渉すらお手のものなのか、全員が最後は満ち足りた表情で、陸へと戻っていくのだ。


 自分は意識していないと、つい呼吸が浅くなるというのに。



 たっぷりと鑑賞した後、船体は微かに傾き、真っ白な横顔が徐々に視界の端へと後退していく。そして、ネプチューン2号は、その指が指し示す方向へと、迷いなく舵を取り始める。


 この海は、もはやただの自然ではない。それは、意思を持ち、すべてを支配する巨大な生命体のようだった。

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