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水色の機体は、夜の闇に広がる漆黒の海面を水飛沫を上げながら滑り始めた。曳航される獲物たちもまた、波紋をほとんど立てることなく、月明かりを浴びてぼんやりと光る白い台の上で揺られている。
港からローグリアのビル街とは反対側の桟橋までは、ボスの力もあって、ほとんど時間はかからなかった。水の壁の中を最高スピードで突っ走る爽快感は、何にも代え難い。
ルギーは、桟橋の端に水上オートバイを寄せた。そこには小回りが効く、中型の船が数隻並べられていた。街並みはレヴィアス島とは違い、夜でも人が行き交い、LEDの光があちこちでギラギラと反射している。
既に四人の警察官が待機しており、腰にはチャルが持っているのとは比べ物にならないほど、立派な銃が携えられている。彼らの表情は、深夜の厄介な案件を前にして硬く引き締まっていた。
「お疲れ様です」
にこやかな表情を浮かべているのはルギーだけだった。
「ローグリアの指示に従い、レヴィアス島警備隊から三人の身柄を引き渡します。内二名は鎮静剤を使用しています。一名は軽度の外傷があります」
チャルが淡々と述べると、警官の一人が懐中電灯の強い光を、白い回収台の上に乗せられた三人の男たちに向けた。光に照らされたロニールの血の気のない顔、そして麻酔で眠るラスとアステルの顔が映し出される。
そんな中ルギーはにやにやとした表情を誤魔化すので精一杯だった。ロニールの表情から察するに、骨は間違いなく折れている。一本だけじゃないかもしれない。人魚に背中を蹴られ、海に突き飛ばされたのだ。本気ではなかったにしても、相当な力だったことは想像に難くない。にも関わらずチャルが堂々と軽度だといいのけたのだ。
しかしルギーの様子など気に留めることもなく、警官たちは間違いない、と言うようにアイコンタクトを交わすと、その中でもとりわけ屈強な男が一人ずつ後ろに停めてある護送者へと運んでいく。
出来るだけ濡れないようにと、男は彼らの首を持ち上げた。正義の味方とは思えない構図だった。ラスたちの下半身がぶらぶらと揺れ、車までの道には、水滴が染み込んでいく。周りでは野次馬たちが、その様子を静かに見守っている。
三人の男たちが全て護送車に積み込まれると、警官の一人がチャルに近づいた。
「ご苦労様でした」
警官は、形式的な挨拶を交わすと、重いドアを閉めて護送車に乗り込んだ。護送車のエンジンが、闇夜の街路に重々しい音を響かせ、警察署の敷地へと引き返していく。
ルギーとチャルは、護送車のテールランプが完全に視界から消えるまで、水上オートバイの上で静かにそれを見送った。
そして、入れ替わるように目的の人物が姿を現した。彼は、夜のネオンを背に、月明かりを透かすような白いシアーシャツを纏っていた。薄い生地が、彼の鍛えられた上半身のラインを惜しげもなく露わにして、柔らかく揺れている。
彼は夜の雑踏の音をBGMに、まるでファッションショーのランウェイを歩くかのように、自信に満ちた足取りでこちらへと向かってきた。
「ご無沙汰してます」
ルギーはそう言いながら、胸のポケットから、ボスに渡された二つ折りの紙を取り出した。
「いつも悪いな」
差し出された紙を、ヴァレンは人差し指と中指で摘んだ。まるで紙切れではなく、高価なアクセサリーでも扱うかのようだった。彼は中身を一瞥すると、そのままネイビーのスラックスに滑り込ませる。
「一人がだいぶ苦しそうだったが」
ヴァレンは護送車が消えた方向を面白そうに見やった。
「あれはミストラスさんの力加減ミスで。いやー多分骨は確実にいってます」
ルギーの言葉に彼は「アハハ」と快活に笑う。人よりも強い力を持つ人魚の苦悩をわかっているのだろう。
「まぁ、生きて引き渡せれば、結果オーライでしょう。命に別状はないですし」
「そうだな。おかげでこっちも儲かってるからな」
「じゃあまた今度遊びに行きます。皆さんによろしく伝えておいてください」
ルギーの横で、チャルもお疲れ様でしたと頭を軽く下げた。
「あぁこちらこそ。ボスによろしく伝えておいてくれ」
ヴァレンはそう言って、オシャレなショッパーをチャルに手渡した。流麗な筆記体で書かれたロゴがプリントされており、手触りがいい。中身はお菓子の類だろうか。可愛らしい包装紙が隙間から見える。
「じゃあ気をつけて帰れよ」
またなと、ヴァレンは夜の雑踏へと踵を返す。スラックスに包まれた長い足が、ゆったりと歩く姿は、どこか色気があって、様になっていた。
「さて、俺たちも帰りますか!」
ルギーは、任務からの解放感に浸り、水上オートバイのエンジンを重々しく唸らせた。
「あなたもあれくらい落ち着きがあったらいいのに」
背中でチャルがポツリと呟いた。
「なんだよ、今の俺に不満があるのか」
ルギーは、ハンドルを握ったまま、面白そうに振り返った。
「ちょっとチャラ過ぎるというか」
「あの人の方がよっぽど女を誑かしてるが?」
ルギーは、不服そうな顔をした。そこまで私生活が乱れているとは思っていないからだ。自分の限界を分かっているから酒での失敗もほとんど無ければ、女性関係でトラブルを起こしたこともない。結構クリーンに生きている自信があった。
「そういうことじゃない」
チャルは、ヴァレンから受け取ったショッパーを小脇に抱え、淡々と言った。
「あなたは感情が顔にすぐ出過ぎる。プライベートならまだしも、仕事の時とちゃんと分けた方がいい」
「仕事はしっかりとこなしてるつもりだけどな」
「結果だけでなくプロセスも重視するべきでは」
正論ではあった。だけど堅苦しいことは性に合わない。仕事とはいっても、楽しくやれるなら、ルギーはそれ以上のことはないと思っている。
「真面目な男だな、ほんとに」
ルギーは、早々に議論を放棄し、水上オートバイのハンドルを強く握りしめる。言葉の代わりに、アクセルを最大限に踏み込んだ。
チャルも、それ以上の言葉を発しなかった。ただ、夜風に揺れる制服の襟を直し、ショッパーをしっかりと抱えながら、ルギーの背中に静かに座っていた。




