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おやすみ前の短いお話

未来への鍵

作者: 夕月ねむ
掲載日:2025/08/27

 人間が結界の中で暮らすようになってから、一体どれだけの年月が経つのだろう。人の領域の外には魔獣が多く生息し、戦う手段を持たない人々には魔獣避けの結界が命綱だ。


 その結界を維持する筆頭賢者の地位を、高齢の師匠から引き継ぐ……国を守ることが今後は僕の役割になると決まった。本当は僕では魔力不足だ。若すぎるとも言われた。それでも他に適任者がいない。足りない分は魔石をかき集めるしかないだろう。


 師匠の後継者に相応しかったのは僕の兄弟子。しかしその義兄は外界に魔獣狩りに行ったきり、もう四年も行方不明だ。


 少しの寂しさを感じながら、僕は任命式の用意をしていた。新しく賢者のローブを仕立て、国王陛下に謁見するためのマナーを確認して、お披露目の夜会に備えてダンスの練習までさせられた。


 いよいよ明日が任命式という日の夜。塔の四階にある僕の部屋の窓を何者かが外から叩いた。風で揺れた木の枝ではない。明らかに意思を感じるものだ。


 警戒しつつ窓に近付く。バルコニーに立っていたのは、いくらかむさ苦しく、厳つくなった兄弟子だった。


「悪いな。遅くなった」

 驚きすぎて咄嗟に返事ができなかった。

「少しばかり汚れてるんだが、入ってもいいか?」


 義兄が着ている外套は確かにあまり綺麗ではない。けれど、ここでこの人を閉め出すという選択肢が僕にあるわけもない。

「もちろんです、兄上」


 今までどこに居たのか、何故帰って来なかったのか。聞きたいことは沢山あった。でもそれを口にする前に、彼は革袋を出して僕の前に置いた。じゃらりと硬く乾いたものが擦れる音がした。


「これは?」

「未来への鍵だ。この国の、な」

「鍵……?」


 革袋の口を緩めた途端、強い魔力が溢れ出てきた。中に入っていたのは大量の魔石。それも大きなものばかりがごろごろと。


「……兄上」

 どういうことかと義兄を見上げた。

「それをお前にやる」

 優秀な兄弟子がニヤリと笑って言った。


「俺は筆頭賢者なんてなりたくもない。謁見だとか夜会だとか、貴族のお茶会だとか。向いてないんだよ、わかるだろ? けど、ただそのままお前に丸投げするわけにもいかない」

 それはそうだ。僕では力が足りないのだから。


「俺にはまだ見たいものや行きたい場所がたっぷりあるんだ。だからって故郷を見捨てるのはどうかと思ってな。これだけ魔石があれば、お前が筆頭賢者になっても十年以上は持つんじゃないか?」


 結界を維持することができなければ、最悪国が滅びてしまう。けれど。

「使ってしまって良いのですか」

 魔石は魔獣の体内で作られる魔力の結晶だ。大きな魔石を持つ魔獣は強い。討伐にはそれなりの困難があったはずで……


「俺は結界を守るより魔獣を狩る方が性に合うんだよ」

 義兄が硬さを増した手で僕の頭をくしゃりと撫でた。


「貴族や王族の相手はお前に任せる。面倒を押し付けることになるからな、魔石は格安で用意してやろう」

「……金を取るつもりですか」

「この次からはな」


 言いたいことは山ほどある。子供扱いするなとか、ひとりだけ逃げるなんて狡いとか。でも、彼よりは僕の方が貴族受けが良いのも確か。間に合うように帰ってきてくれただけでもありがたいと思うべきか。


「あの、兄上」

「なんだ? 交代はしないからな?」

「いえ……そうではなくて」


 僕は革袋から魔石をひとつ拾い上げた。正規の値段で売ればかなりの額になるだろう。それを僕の足りない魔力を補うために使えと言う。これは確かに未来への鍵だ。国の存続を決めるものになる。


 義兄は昔から外に出たがり、戦いを好み、堅苦しいことを嫌っていた。国が滅びても生きていける人だ。その彼が故郷のことを考えてくれていた。それがなんとなく嬉しい。


「まさか、この魔石を集めるために今までずっと狩りをしていたのですか?」

「それだけってわけでもないさ。ただ、話すと長くなるからな。今日は夜更しできないだろ?」

「そうですね」

 明日は国王陛下とお会いするのだ。寝不足で謁見はしたくない。


「……これがあれば結界は維持できます」

 能力が足りないまま筆頭賢者になることは、僕にとって大きな重圧だった。ひとまず問題が解決したことで、ホッとして涙が滲んだ。

「ありがとうございます、兄上」


 僕の泣きそうな顔は見ないふりをして、義兄はかつて使っていた部屋に泊まっていった。そして翌朝にはすでにいなくなっていた。


『次の鍵を集めておく。元気にやれよ』

 そんな書き置きだけを残して。







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