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第4章 謎の観察者

 度重なる白雪ここあの爆弾投下に、俺の精神はとっくの昔に限界突破。

 昼休み、ついに俺は本格的に体調を崩し、保健室のベッドで横になる羽目になった。


 頭がガンガンする。

 これはもう、物理的なダメージと言っても過言ではないだろう。


「あらあら、どうしました?」


 白衣をまとった女性が、優しげな、それでいてどこか全てを見透かすような目で俺を見ていた。

 新任の保健医、弓月翠ゆづき みどり先生だ。


 年齢は20代後半だろうか、長い黒髪をポニーテールにまとめ、知的な印象を与える細いフレームの眼鏡をかけている。

 白衣の下に着たベージュのブラウスとタイトスカートが、スレンダーながらも女性らしい身体のラインを上品に表現している。


 美人でスタイルもいいが、どこかミステリアスな雰囲気を漂わせている。

 特に、その瞳の奥に宿る知性的な光が、まるで人の心を読み取ろうとしているようで、少し不安になる。


「ちょっと、立ちくらみが……」

「そうですか。最近、何か変わったことはありませんでしたか?」


 弓月先生の質問に、俺はドキリとする。


「変わったこと、ですか?」

「ええ。人間関係とか、感情的な変化とか」


 その意味深な視線に、俺は言葉を失う。

 まるで、俺の心の中を見透かされているような感覚。


「とりあえず熱を測りましょうね」


 弓月先生は、微笑みを浮かべながら体温計を俺の口に差し込む。

 その手が俺の顎に触れた瞬間、妙に冷たい感触がした。


 机の上に置かれた書類がちらりと見える。

 「感情反応データ」「経過観察記録」といった文字が目に入り、俺は不審に思うが、それを確認する前に弓月先生が書類を引き出しにしまってしまった。


「ごめんなさい、少し席を外しますね」


 弓月先生はそう言って保健室を出て行ったが、その前に引き出しから何かの写真を取り出し、一瞬じっと見つめていたのを俺は見逃さなかった。

 写真には幼い子供たちが映っていたような気がするが、確認する間もなく彼女は出て行ってしまった。


 一人きりになり、ようやく静寂が訪れたかと思った、その時。


「悠希くん、大丈夫?」


 カーテンがシャッと開き、そこには心配そうな顔をした白雪ここあが立っていた。


 彼女の表情に、一瞬だけ――本当に一瞬だけ――安堵の色が浮かんだことを。

 まるで、俺を見つけてホッとしたような。


「ああ、うん。大したことないよ」

「よかった……心配になっちゃって」


 ここあはベッドの端にちょこんと腰掛け、俺の額にそっと手を当ててきた。

 ひんやりとした手が心地よい。

 

 制服のブレザーを脱いだ彼女は、白いブラウス姿。

 その薄い生地越しに、ブラジャーのラインがうっすらと透けて見える。


「あ……」


 俺に触れた瞬間、ここあの表情が変わった。

 まるで、電流が流れたような。

 そして、その瞳に浮かんだのは――混乱と、それから、深い安らぎ。


「なんで……悠希くんに触ると、こんなに……」


 彼女が小さくつぶやく。

 その声は、いつもの甘い調子ではなく、本当に困惑しているような。


「こんなに、って?」

「落ち着くの。頭の中のざわざわが、全部静かになって……」


 ここあは自分の言葉に驚いたような顔をする。

 まるで、無意識に本心を漏らしてしまったような。


「体温計、わたしが見てあげる♡」


 慌てたように、いつもの甘い調子に戻ろうとするここあ。

 体温計を俺の口から抜き取ると、その表示を覗き込む。

 そして、なぜか体温計を自分の口に含んだ。


「間接キス……しちゃった♡」


 その言葉と共に、彼女の頬が桜色に染まる。

 その赤らめ方は、計算されたものではなく、本当に恥ずかしがっているような自然さがあった。


「熱い……悠希くんの体、すごく熱い♡」


 そんなことを言いながら、彼女は俺の胸に、恐る恐るといった様子で手を置いた。

 薄いシャツ一枚隔てて、彼女の手のひらの温かさと柔らかさがダイレクトに伝わってくる。


 だが俺が注目したのは、その時の彼女の表情だった。

 触れた瞬間、まるで安心しきったような、穏やかな顔になったのだ。


「心臓の音、聞こえる。ドキドキしてる♡」

「そりゃ、こんな状況じゃ……」

「わたしも、ドキドキしてる」


 ここあが俺の胸に手を置いたまま、小さく告白する。


「でも、それだけじゃないの。なんだか、すごく安心するの。悠希くんといると、わたし、変になっちゃう……」


 その時、ここあの瞳に涙が浮かんだ。


「怖いの。なんで悠希くんの前だけ、こうなっちゃうのかわからなくて……」


(これは、演技じゃない)


 俺の観察眼が断言する。

 彼女の困惑も、涙も、全て本物だ。

 でも、だとしたら――。


 その時、スーッとカーテンが開く音がした。

 弓月先生が戻ってきたのだ。


「あら、お熱いですね。色々な意味で」


 弓月先生は、俺とここあの密着した様子を見ても、まったく驚いた様子を見せない。

 むしろ、興味深そうに観察している。


「面白い反応ですね」


 ボソリとつぶやく弓月先生。

 その言葉に、俺は違和感を覚える。


「反応、って?」

「あ、いえ。体温の変化のことです」


 弓月先生は慌てたように笑顔を作るが、その目は笑っていない。

 そして、ここあを見つめながら、


「白雪さん、最近よく眠れていますか?」

「え? はい、普通に……」

「悪夢とか、見ませんか?  昔のことを思い出したりとか」


 その質問に、ここあの顔が青ざめる。


「なんで、そんなことを……」

「保健室では、生徒の心のケアも大切ですから」


 弓月先生の表情は相変わらず穏やかだが、その視線には何か計算するような光が宿っている。

 まるで俺と彼女のことを観察しているかのようだ。


「春野くんも、最近変わったことはありませんか?  感情の起伏が激しくなったりとか」


 俺に向けられた弓月先生の視線は、まるで獲物を見定めるようだった。

 この保健室は、俺にとって天国なのか、それとも地獄なのか。

 

 もう訳が分からなかった。


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