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第3章 エスカレートする異常

 翌朝。俺はいつもより少しだけ早く家を出た。

 

 理由は言うまでもない。

 白雪ここあとの遭遇を避けるためだ。


 昨日の一件で、俺の学園内での注目度はストップ高。

 もはや陰キャなどと名乗るのもおこがましいレベルで、好奇と嫉妬と怨嗟の視線を浴びまくっている。


 勘弁してほしい。


 昇降口に着くと、俺は周囲を警戒しながら素早く靴を履き替えようとする。

 よし、今日も平和に一日が始まりそうだ――と思った矢先。


「おはよう、悠希くん♡」


 背後から、あの鈴を転がすような声が聞こえた。

 心臓が跳ねる。

 振り返ると、そこには案の定、朝日に照らされてキラキラと輝く白雪ここあが立っていた。


 今日の彼女は明らかに昨日とは違っていた。


 表情に、微かな緊張と――期待?――のようなものが混じっている。

 完璧な美少女の仮面の下に、何かがうごめいているのを俺は感じ取った。


 そして次の瞬間、俺の思考は完全にフリーズした。


 白雪ここあが、ふわりと顔を近づけてきたかと思うと、俺の右頬に、彼女の柔らかい唇が――触れた。


「うわっ!?」


 電撃のような感覚が頬から全身に駆け抜ける。

 俺は反射的に後ずさり、壁に背中を強打する。


 顔がカッと熱くなるのが自分でも分かる。

 

 頬に残る、信じられないくらい柔らかくて温かい感触。

 彼女の唇の湿り気まで感じられるほど生々しい接触。


 だが、俺が本当に驚いたのは、キス自体よりも――。


 ここあの反応だった。


 俺の頬に触れた瞬間、彼女の全身が小さく震えたのだ。

 まるで、自分でも予想していなかった衝撃に襲われたような。


 そして、その瞳に浮かんだのは、混乱と――安堵?


「あ……」


 小さく漏れた彼女の声は、明らかに動揺していた。

 頬が桜色に染まり、呼吸が浅くなっている。


「ごめんね。軽い挨拶のつもりだったの♡」


 慌てたように、いつもの完璧な笑顔を取りつくろうここあ。

 でも俺には見えた――その笑顔の奥で、彼女自身が自分の行動に困惑している様子が。


(なんで、彼女まで動揺してるんだ?)


 いやいやいや、挨拶でキスってどこの国の文化だよ!

 しかも、お前のその可愛すぎる仕草は、周囲の男子生徒たちの殺意をさらに増幅させるだけだって分かってるのか!?


 案の定、昇降口にいた他の生徒たちが騒然となっている。

 

 「おい、見たか?」

 「マジかよ、白雪さんが……」

 「春野、許さん……!」


 地獄のような雰囲気が俺を包み込む。


「悠希、あんた何してんの?」


 そこに、救いの女神か、はたまた新たな厄災の呼び水か、聞きなれた声が響いた。

 

 声の主は、鷹宮凛たかみや りん

 俺の幼馴染で、クラスは違うが、まあ腐れ縁ってやつだ。


 凛は中学時代から変わらず、肩につかない程度のショートカットを維持している。

 活発で運動神経も良く、どちらかといえば男勝りな性格。

 

 制服のブレザーも、彼女が着ると何となくボーイッシュに見える。

 今は、心底呆れたという顔で俺を見ている。


「俺じゃない、俺は何も……」


 俺が弁解しようとするが、それを遮るように、白雪ここあが俺の腕にむぎゅっと抱きついてきた。


「っ!?」


 制服越しに感じる彼女の体温、ブラウスの上からでもはっきりとわかる胸の膨らみが俺の二の腕に押し付けられる。

 柔らかくて、温かくて、微かに弾力がある感触。

 

 俺の脳みそはショート寸前だ。


 だがさらに驚いたのは、ここあが俺に触れた瞬間に見せた表情だった。

 まるで、長い間求めていた安らぎを得たような――ホッとしたような顔。


「悠希くんって、いい匂いがするよね♡」


 そう言いながら、白雪ここあは俺の首筋に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぎ始める。


「ちょ、白雪さん、近い、近いって!」


 彼女の吐息が首にかかって、ぞわぞわとした感覚が背筋を駆け上る。

 そして、それ以上に気になったのは、匂いを嗅いでいる間の彼女の表情。

 まるで、本当に心の底から安心しているような――。


「あ、ごめん……でも、やめられない」


 その瞬間、ここあが俺にだけ聞こえるような小さな声でつぶやいた。

 その声には、いつもの甘い調子ではない、切実さが込められていた。


「やめられないって、何が?」


 俺が問いかけると、ここあは一瞬、ハッとしたような顔をする。


「え? あ、えーっと……」


 明らかに、自分が何を言ったのかわからずに困惑している。

 まるで、無意識に本音を漏らしてしまったような。


 凛は、ますます冷ややかな目で俺を見ている。


「悠希、あんたその子といると、まるで別人みたいになるね」


 え?


 凛のその指摘に、俺は愕然とする。

 確かに、ここあといると、自分でも説明のつかない感覚に襲われる。

 まるで、自分の中の何かが反応しているような――。


「ほら、悠希くん、教室行こ♡」


 白雪ここあは、俺の腕に絡みついたまま、ぐいぐいと俺を引っ張って歩き始める。

 その際、彼女の胸が俺の腕にさらに密着し、その柔らかな感触がブラウス越しに伝わってくる。


 歩きながら、俺は考える。


 昨日も今日も、ここあの行動には一貫性がない。

 甘い態度を取りながらも、時折見せる困惑。

 

 俺に触れた時の、予想外の反応。

 そして、何より――。


(彼女、自分でも理由がわからずに行動してるんじゃないか?)


 その仮説が、俺の頭の中で形を成し始める。


 階段を上がる際、ここあが一瞬足を止めた。

 そして、俺にだけ聞こえるような声で、


「悠希くん……わたし、なんだかおかしいかも」


 そうつぶやいた。

 その表情は、いつもの完璧な笑顔ではなく、本当に困惑した、年相応の少女の顔だった。


 ああ、今日も一日、波乱の幕開けだ。

 俺の平穏な日々は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。


 でも、同時に思う。


 白雪ここあという謎に満ちた少女のことを、俺はもっと知りたくなってしまった。

 彼女の仮面の下に隠された、本当の顔を。

 

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