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辞令はメモ紙でー

それから――1ヶ月後。


青空の下、たすくは畑で土をいじっていた。

額に汗をにじませながら、耕運具の柄を握っていると、遠くから声が響いた。


 


「たすくさーんっ!」


 


顔を上げると、モール方面からサクが全力で走ってきていた。

王都再建の“総責任者”になったはずの男が、砂埃を巻き上げながら畑に突っ込んでくる。


 


「おー、久しぶり!」


 


たすくが笑顔で手を振ると、サクはゼェゼェ言いながら立ち止まった。


 


「……久しぶりじゃないですよ!!

 こっち、1ヶ月間ずっと!ずーーっと出勤待ってたんですからね!?

 なんで出勤拒否してんですか!?」


 


たすくは悪びれもせず、鍬を肩にかつぐ。


 


「いやいや、ちょうどモーさんの出産が重なっちゃってさ。

 んで、村に子どもたちが増えたから調子乗って、鶏と牛を倍にしたら……もう毎日てんてこまいで!」


 


「……いやいやいやいやいや!?

 そっちの事情は尊重しますけども!

 “やめまーす”のメモ一枚だけドマじいに託してバックレるのは辞令じゃないですから!!」


 


「え、ちゃんと渡してくれてなかったの?」


 


「渡してましたけど、内容が“やめまーす(ニコニコマーク)”って……。

 ドマじいは“深い意味がある”って言ってましたけど!!」


 


たすくは頭をかきながら、困ったように笑った。


 


「はは……じゃあ、また“復職しまーす”ってメモ書いて渡せばいい?」


 


「ちがーーーう!!!

 そーゆーの、王都の公文書にしないでください!!」


 


畑に響くふたりのやりとりに、遠くで作業していたジローが鼻で笑う。


 


「あいつらお笑い芸人目指してんのか……」


 


のどかな村の午後は、今日もにぎやかだった。





「まぁとりあえず見てくれ!!」


たすくがテンション高く叫ぶと、柵の向こうから小さな牛がぴょこっと顔を出した。


 


「モーさんの子ども、ヤーさんだ!」


 


「もおおおおおぉぉぉ〜〜〜」


 


子牛が張り切って鳴く。

たすくは得意げに胸を張った。


 


「かわいいだろ?」


 


「……いやいやいや、待ってください」


 


サクは一歩下がって牛とたすくを交互に見た。


 


「なんで“ヤーさん”なんですか!?」


 


「え? “まみむめも”の次は“や”だろ? “モー”の次は“ヤー”じゃん」


 


「意味わかんないっすよ!?

 牛の名前、五十音順にすんの!? もはやコードネームですよそれ!!」


 


たすくは「え、ダメ?」と首をかしげる。


 


「……ダメっていうか、あと48頭増えるってことですよ!? “ワーさん”までいく気ですか!?」


 


「さすがに“ワー”までいったら畜産農家やめるわ」


 


「そもそも復職してください!!」


 


サクがずずいと一歩詰め寄る。


 


「苗、売らなきゃいけないんですよ!?

 今が一番の繁忙期!

 サツマイモも、スイカも、ジャガイモも、グリーンハウスで爆発的に育ってて!

 俺、人足りなさすぎてトマトに話しかけてましたからね!?」


 


その訴えに、たすくは一呼吸おいて――


 


「……NO」


 


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?!?!?!?!?」


 


村の空に、サクの絶叫がこだました。


 


牛たちは、のんびりと草を食んでいる。





その日の夕飯。

村の広間で、湯気の立つ鍋をつつきながら、精霊たちといつもの仲間がにぎやかに集まっていた。


 


地の精霊が、煮えた芋を頬張りながら言った。


 


「なになに? さっきサクがぼやいてたけど、たすくはん辞めたん?」


 


「いえーす!!」

たすくが箸を天に掲げて叫ぶ。


 


「俺のことはな、誰にも縛ることはできねぇ!! 俺すらもな!!」


 


その隣で、ジローが間髪入れずにボソッと吐いた。


 


「……意味わかんねー」


 


「いや、自由ってことよ。魂が! 風のように! ひゅおおぉって!」


 


「“風の精霊”に失礼だぞ」


 


「えっ、あたし!?」

風の精霊がびっくりして箸を落とす。


 


「てか、たすく。お前なんか今日はずっと牛に囲まれてたじゃん」

ジローが煮えた豆腐をよそいながら続ける。


 


「そうだよ。ヤーさんに頬ずりして、“この子は天才牛になる”って騒いでたじゃん」


 


「だって、ヤーさん、つぶらな瞳で俺を見たんだぞ? あれは未来を託された目だった」


 


「……その未来、グリーンハウスで腐りかけてる苗にも託してやってください」


 


サクが背後で腕を組み、険しい顔で立っていた。


 


「ぎゃああああっ!? まだいたの!?」

たすくが味噌汁をこぼす。


 


「当たり前です。俺は民のために生きる、真面目な王都の“総責任者”ですからね」


 


鍋の中から、ぐつぐつという音が響く。

その音を聞きながら、風の精霊がぽつりと呟いた。


 


「まー、なんやかんや言うて……この村、楽しそうやわぁ〜」


 


たすくがふふんと鼻を鳴らし、再び椀を手に取る。


 


「ここが、俺の居場所だからな、

しかも俺は村の"総責任者"だしな」


 


「……え、じゃあ復職は?」

ジローが問いかけると、


 


「NO」


 


またかよ、と皆が同時に頭を抱えた。


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