表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/131

編みかけのセーターと、甘い豆

雪が深々と降る、静かな午後だった。


 


たすくの家の戸が、バンバンと激しく叩かれた。

扉を開けると、そこには雪まみれのふくの姿があった。肩で荒く息をしながら、必死に叫ぶ。


 


「たすくさん! はつえさんが……!」


 


その声に、たすくの胸がざわめいた。

足元にあった薪を蹴飛ばしながら、外へ飛び出す。雪を踏みしめ、風を切り、真っすぐに――はつえばあちゃんの家へ。


 


 


小さな家の、畳の間。

布団の中に横たわる、もっと小さくなったはつえばあちゃんの姿があった。


 


その傍には、まごじい、ドマじぃ、そして村の人たちが集まっていた。

誰もが沈黙し、ただ、時を止めたように見つめていた。


 


「末裔の秘伝の薬を……っ、使えんのか!?」


 


誰かの切羽詰まった声に、ドマじぃが首を振った。

いつも飄々としていたその顔には、深い陰が落ちていた。


 


「……寿命には……効かん。命の火が尽きる前には、もう何もできんのじゃ……」


 


「……そんな……じゃあ、どうすれば……!」


 


たすくの声が震えた。

受け入れたくなかった。

もっと話したいことがあった。

まだ、春になってもいないのに。


 


 


そのとき――


 


「……あら、たすくちゃん……いらっしゃい……」


 


はつえばあちゃんが、ゆっくりとまぶたを持ち上げた。

その瞳は、雪のように澄んでいて、やさしく揺れていた。


 


「……そこにね……甘い豆、煮てあるから……食べなさいな」


 


その言葉に、思わずたすくは笑いそうになって――でも、喉の奥がつまって、笑えなかった。

あのときと同じ、いつもと変わらない声。

だけどその声が、あまりに儚くて、怖かった。


 


「……セーターね……まだ編めてないのに……」


 


そう呟いたあと、はつえの手が小さく震えた。

たすくはそっとその手を握る。

冷たかった。けれど、まだぬくもりが残っていた。


 


「……あぁ、なんだか……眠くなってきたよ……」


 


「ねぇ、たすくちゃん……ちょっとだけ……ちょっとだけ、眠ってもいいかい……?」


 


 


たすくは、言葉を返せなかった。

強くなろうとしても、喉が詰まり、声が出ない。

ただ、はつえばあちゃんの手を、いつまでも――いつまでも、離さなかった。


 


 


そして、その日は――

はつえばあちゃんには、訪れなかった。





 


それから、いくつもの夜が過ぎた。


 


村には、まだ冬の名残があったが、空気はどこか柔らかくなっていた。

雪解け水が土を潤し、遠くから春の足音が聞こえてくるようだった。


 


たすくは、はつえばあちゃんの家を訪れた。

もう、そこに彼女の姿はない。

けれど、机の上には――ひとつの包みが残されていた。


 


ふくがそっとそれを差し出す。


 


「……これね、はつえさんが最期まで、編んでたの。あなたに、って」


 


たすくは黙って受け取り、包みを開いた。

中には、途中まで編まれたセーター。

不揃いな目、ところどころ緩んだ毛糸。

でも、それは――とても、とても、あたたかかった。


 


「……未完成、だけどね」

ふくがぽつりと呟いた。


 


たすくは、そのセーターを抱きしめた。


 


「未完成なんかじゃねぇよ」


 


その手のぬくもりも。

言葉も、笑顔も、甘い豆の匂いも。

全部、たしかにここに残ってる。


 


「……ありがとな、はつえばあちゃん」


 


 


そして春が来た。


モールには、人が集まり始めていた。

かつての仲間たち、希望をもう一度信じたいと願う者たちが、働き、笑い、暮らしていた。


 


たすくはその入口に、ひとつの看板を追加した。


 


「はつえの部屋」――村いちばんの知恵袋の名を残して。


 


みんなが迷ったとき、ここで話せば答えが見つかる。

そんな、小さな相談所を。


 


たすくは今日も、胸の奥にあの言葉を抱いている。


 


――「ちょっとだけ、眠ってもいいかい?」


 


うん、もう少しだけ眠ってていいよ。

でもいつかまた、夢の中でも話そうな。

セーターの続きも、甘い豆のレシピも――


 


俺は、ちゃんと覚えてるから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ