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もう一度、あのコロッケを

面談初日。

王都再建塾の隣にある、テナント募集用の小さな応接室に、ふたりの姿が現れた。


中に入ってきたのは、年老いた夫婦だった。

夫は姿勢がよく、年季の入ったコートを着ている。

妻は紙袋を抱きしめるように胸元で持ち、ふたりの間には、少しの緊張と、わずかな決意があった。


 


たすくが笑顔で迎える。


「こんにちは。ご足労ありがとうございます」


 


「いえ、こちらこそ……このような機会をいただいて……」

と、夫が丁寧に一礼する。


 


ジローが椅子を勧めると、ふたりはそろって腰を下ろした。


 


「えっと、お名前と……以前はどんなお仕事を?」


 


たすくの問いに、夫が答えようとした、そのとき。


 


「……え?」

小さく声を漏らしたのは、サクだった。


 


「……えっ!? あの……ヒサモト……さん……!?」

思わず身を乗り出すサクに、夫が驚いて目を見開く。


 


「……覚えておいでですか?」


 


「もちろんです!」

サクが感情のままに言った。

「小さいころ、毎週母と秘密で一緒に通ってました……!

 いつも揚げたてのコロッケを分けてくれて、店先で頬張って……っ

最後は父にばれてしまって……」


 


夫婦は、ゆるやかに目を細めた。


 


「お坊ちゃまが……あの、金の縁のマントをお召しになってた……」


 


「恥ずかしい……でも、あれ、母が勝手に着せてたんです……!」

サクが顔を真っ赤にする。


 


たすくが静かに頷き、表情を引き締める。


「今まで、どこかでお店を?」


 


そこで、ヒサモトが――少しだけ、表情を曇らせた。


 


「いえ……やってはおりません。……店は、もう十年以上前に閉めました」


 


「理由は……?」


 


夫はしばらく口を閉ざし、それから、まっすぐたすくを見た。


 


「税が払えなかったんです。

 物価が上がって、材料費も上がって、それでも“値上げはしたくない”と思って……

 でも、国からの徴税は容赦なくて……」


 


言葉が、そこまでで途切れる。


 


その瞬間、サクが――


 


すっと立ち上がり、深く頭を下げた。


 


「……本当に、申し訳ありませんでした」


 


老夫婦は目を見開いた。


 


「当時の私は、政治にも経済にも関心が薄く……

 でも今、ようやく理解しました。

 あの時、“誰かの手が届かなくなった瞬間”が、たしかにあったことを」


 


サクは、王族の一人としてではなく――

一人のかつての子どもとして、謝罪していた。


 


夫婦は静かに目を伏せ、そして、ほんの少しだけ微笑んだ。


 


「……謝っていただけるとは、思ってもいませんでした。

 それだけで、十分です」


 


たすくがゆっくりと口を開いた。


 


「……ここは、もう一度、夢を見てもらうための場所です。

 ヒサモトさん。――どうか、あなたたちの味を、またこの街に」


 


妻が、そっと紙袋を差し出す。


 


「今日のために、少しだけ作ってきました。……昔と変わらぬ味が、出せているかどうか……」


 


たすくが、サクが――

一口食べて、目を見合わせた。


 


「……ああ。

 これは、ちゃんと、心にしみる味です」


 


――再建の街に、

かつての温もりが、もう一度帰ってきた。


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