とり鍋と、冬に咲いた光
鍋が、ぐつぐつと音を立てていた。
巨大な鉄鍋の中で、鶏肉と野菜が煮えてゆく。
湯気は冬の空へと昇り、香りは村じゅうを包み込んでいた。
「さぁて――できたぞぉぉぉ!!」
ふくの声に、子どもたちが一斉に駆け寄ってきた。
まな板の上には、刻まれたネギや柚子の皮。
ごはんは炊きたて、卵もとろとろ。完璧だ。
「まずはお年寄りからねー! まごじい、どうぞ!」
「おぉおぉ、すまんなぁ……こりゃぁええ匂いじゃあ……!」
まごじいが器を手に取ると、タローがその横でぴょこりと顔を出す。
「ぴぃ」と鳴いて、ふくを見上げる。
「はいはい、タローの分もあるわよ。火通してある鶏皮ね。味は薄め」
タローは大喜びで、ごろごろと地面を転がった。
「おいレン、大根うまく切れてるじゃん」
たすくが笑って声をかけると、レンはそっぽを向いた。
「うるせーよ。ふくさんが手直ししたやつだし」
「でも最後までやったのはお前だろ。ほら、ほめてやるよ」
「……うぜぇ……でも、ありがと」
そのやりとりに、ふくが目を細めて微笑む。
「さぁさぁ、みんな配るわよー! 小さい子は火のそばに気をつけてね!」
「はーい!」
湯気の中で、手渡されていく器。
冷たい指に、あたたかい湯気が触れるたび、
「はふっ」「あっつ!」と笑い声が上がった。
「んまっ……! なにこれ……! お店のよりうまい!!」
「やばい、あったまるぅ〜〜!!」
「おかわりしてもいい!?」
鍋を囲む輪のなか、
その表情はみんな、満たされていた。
タローが一歩も動かず、ずっと鍋のそばに座っているのを見て、ジローが言った。
「おい、こいつ今日……絶対動かねぇぞ?」
「いいんだよ。家族なんだから」
たすくの声に、ジローはちょっとだけ照れたように鼻を鳴らした。
遠くでは、精霊たちが作っていた“かまくら”が完成していた。
「よっしゃ、入るで〜〜!!」
風の精霊が先陣を切り、火の精霊は「濡れる〜やぁねぇ」と叫びながら突入。
地の精霊は、外でどら焼きを食べていた。
「おやつは別腹なのよね〜」と、もぐもぐしながら。
村の空は澄みわたり、星が一つ、光を落としていた。
その夜。
かつて“空の災厄”に怯えていた村は、
ただの「とり鍋の匂い」に包まれていた。
そして、あたたかさのなかにあったのは、
戦いの勝利ではなく、――日常の尊さだった。
笑って、食べて、明日を迎える。
それが、たすくたちの“今”だった。
ーーーーー
鍋の湯気が、夜空にとけていく。
火の明かりに照らされた笑顔。
お腹も心も満たされ、誰もが――「今日」が、ちょっと好きになっていた。
そこへ。
「――準備完了じゃあああ!!!!」
地鳴りのような声が響いたかと思うと、
村の端っこから、ドマじいが走ってくる。
……と言っても、走っているかは怪しい。足はぷるぷる震えている。
「な、なんだ!? 火事!? 魔物!?!?」「また鍋!?」
一瞬ざわめく村人たち。
だが次の瞬間――
「……上、見て」
ぽつりと誰かがつぶやいた。
たすくが見上げる。
夜空に、
――ひゅるるるる……
静かに、そして確かに、何かが昇っていた。
「まさか……!」
ドン!!!
冬の夜空に、
咲いたのは――大輪の、花火だった。
白銀の光が、星々を追い越し、
やがて空一面に、ぱあっと広がる。
「うっそ……! 花火……!? 今、冬だぞ!?」
「花火だーーーーー!!!!!」
子どもたちが歓声を上げ、
タローが「ぴぃぃ!!」と飛び跳ねる。
ドン! ドン! ドドン!
色とりどりの光が、次々と空に舞う。
「え……何この量……!?」
ジローが絶句したその横で、ドマじいはにやりと笑った。
「ふっ……冬にゃ冬の、風情ってもんがあるじゃろ?」
「趣味で作った」とは言っていたが、まさか本当に「打ち上げ式」で、しかもフルカラー仕様とは誰も思っていなかった。
「……あれ、全部自作!?」
「火薬、どこから!?」
「趣味って、どこまでなんだよ……!」
ざわめく中、ドマじいは誇らしげに言った。
「わしはな……空が寂しそうな時のために、光を仕込んでおいたのじゃよ……!」
「詩人かよ!!!」
ジローの全力ツッコミが、夜空に響く。
そしてその横で、たすくはそっと呟いた。
「……ありがとう、ドマじい」
鍋の湯気、笑い声、そして――夜空に咲いたひとつの光。
それはきっと、
“終わり”のあとに続く、あたたかな“はじまり”だった。
花火はまだ、空を照らしていた。




