護竜の審判
王宮・謁見の間――崩壊寸前
たすくの言葉を最後に、場が静まり返った。
それでも王は、なお喚く。
「こ、殺せ!こいつらを皆殺しにしろ!!」
震える声で叫ぶ王に、衛兵たちが剣を抜いた。
命令に戸惑う者もいたが、王の狂気に飲まれ、数名が前に出る。
「やれッ!!今すぐ殺せぇぇッ!!」
ジローがスコップを構え、末裔たちが一斉に陣形を組み始めた。
精霊たちの力が呼応し、空気がざわつく。
だが――そのとき。
「…………下がれ」
低く、荘厳な声が、響いた。
それは、ドラゴンの姿となったタローの口から、確かに聞こえた。
衛兵たちの動きが止まる。
ジローや精霊たちも驚きに目を見開いた。
タローの全身が、再び光に包まれていく。
今度は怒りではなく――静謐な力だった。
光はまるで祝福のように降り注ぎ、竜の姿が徐々に細く、人の形をとっていく。
白銀の鱗が霧となり、金の翼が光となって溶けていく。
そして――そこに現れたのは、
ひとりの男だった。
銀白の髪。金色の瞳。背には淡く残る羽の痕跡。
身体には竜の鱗のような紋が刻まれ、
その眼差しは、命を見極める者のそれだった。
「……人の言葉を喋った!?あれが……護竜……?」
「いや、違う……“神”だ……!」
膝をつく者。剣を手放す者。
その場にいた全ての人間が、言葉を失っていた。
人の姿となったタローは、静かに王へと歩み寄る。
剣も、武器も持たず、ただその存在だけで――誰も動けない。
「王よ」
その声は、裁きの声だった。
「汝は命を軽んじ、民を嘲り、己を神と称した」
王が唇を震わせる。
「ま、待て……俺は……俺は、ただ……っ!」
「ならば、神よりの審判を授けよう」
タローが手をかざすと、王の足元から黒い光が噴き上がった。
それは、王が虐げた民の“怨嗟”だった。
燃える村。泣き叫ぶ子。命を捨てられた者たちの記憶が、王の足を絡め取る。
「やめろ、やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!!」
タローは一歩、踏み出した。
「我は護竜。
人の命を守り、正義をもって裁く者なり」
「やめて……助け……助けてくれえぇぇぇぇぇぇ!!!」
「民の命を“ゴミ”と吐いたその口で――命を乞うか」
タローが右手を掲げると、天井が崩れ、光が差し込む。
その光の中に、ひとつの“羽”が落ちてきた。
白銀の、燃え尽きた羽。
「――地に還れ」
その言葉と同時に、王の体が怨嗟の闇に飲み込まれる。
叫び声も届かぬまま、光の中へと、静かに――“消えた”。
王が消えたその瞬間――
広間の空気が、まるで凍りついたように静まりかえった。
しかし、まだ残っていた。
王と同じ穴の狢どもが。
「ば、ばかな……!」
「王が……!? 王が消された……!?我らは……どうなる!!?」
「こ、これは反逆だ!!処刑だ!!」
隠れていた貴族たちが口々に叫び、逃げ出そうとする。
だが――動けなかった。
彼らの足元から、黒い蔓のような光が伸び、身体を縛り上げていた。
「逃げるなよ」
低く、静かな声。
それは――人の姿に戻ったタローの声だった。
「……この国を腐らせたのは、王ひとりではない」
その言葉と同時に、空が轟いた。
天井が裂けた。
空に現れたのは、巨大な金の輪――天の門のようなもの。
その中心に、まばゆいばかりの光が渦巻いていた。
「民を“金”に変え、
命を“道具”に変え、
痛みを笑った貴様らも――」
タローが静かに手をかざす。
「裁かれるべき、“罪”だ」
その瞬間。
天から、巨大な光の柱が落ちてきた。
王宮の中央に、音もなく突き刺さる。
――それは、“浄化”だった。
光が波のように広がり、貴族たちの叫びを飲み込んでいく。
彼らはもがき、叫ぶ。
「私は関係ない!命令に従っただけだ!」「財産ならくれてやる!」
だが、光は聞き入れない。
そのすべてを、ただ、静かに――飲み込んでいった。
王宮の壁が崩れ、塔が折れ、歴代の肖像画が燃え、
銀の皿も金の装飾も、全て灰と化す。
貴族たちも、兵士たちも、王族の末端までもが――
跡形もなく消えた。
そして――
光は、王都全体を覆った。
石畳の通り。高級な劇場。絢爛な大広間。
搾取によって築かれた全てが、崩れていく。
精霊たちが、地の底から呼応し、
風が天に舞い、
炎が祝福のように空を彩り、
水がすべてを洗い流した。
***
王都が消え、
空には一輪の光が、静かに舞っていた。
破壊の余韻の中にあったのは、恐怖ではなかった。
そこに立つ護竜の背中は、どこまでも静かで、神々しく、そして――温かかった。
沈黙の中、末裔たちが一斉にひざをつく。
誰に命じられるでもなく、ただ本能がそうさせた。
かつて血を継ぎ、今も心に宿る“何か”が、彼らに語りかけた。
「頭を下げろ……!」
ジローの隣にいた若い末裔が呟く。
「俺たちが……追い求めてきた存在だ……!」
静かに、皆が頭を垂れた。
その中心で、ドマじぃだけがゆっくりと立ち上がる。
足を震わせながら、護竜の前へと進み出た。
「……ワシが、末裔たちの長……ドマという者です」
タローはゆっくりと、彼に視線を向けた。
金の瞳が、すべてを見透かすように柔らかく揺れる。
「……お前が今の末裔の長か」
その声に、場の空気が張り詰める。
だが、護竜は一歩、ドマじぃに近づき――
ゆっくりと、その背に手を添えた。
「よくぞ……ここまで我が子孫を守り、育ててくれた」
「……」
ドマじぃの目が、わずかに潤んだ。
「ワシは……何も……」
「いや。十分すぎるほど、よくやってくれた」
その言葉に、末裔たちが震える。
自分たちが敬う老爺が、護竜にそう称えられたこと。
そして、自分たちが繋いだ血が、いまこの場で“認められた”という奇跡。
「……ワシらは、護竜様の“声”に、ようやく届いたんですじゃのぅ」
「聞こえていた。ずっと、ずっと……」
護竜は、穏やかに目を細めた。
そして、頭を下げた末裔たちの方へ振り返る。
「お前たちの命は、土の中に流れる“根”と同じだ。
決して折れぬよう、絡まり合いながら、深く、強く生きてきた」
「……お前たちを、誇りに思う」
涙をこらえきれず、ひとりの若者が顔を上げる。
「……ありがとう、ございます……!」
その声に、護竜はわずかに笑った。
そして、再び光に包まれ――
いつもの、小さなモフモフへと姿を戻した。
「……ぴぃ」
小さく鳴いて、たすくのそばへ歩いていく。
その背に、確かな“役目”を果たした静かな風格が、残っていた。
跡地に残ったのは、ひとつの花だった。
たすくが最後に落としたスコップのそばに、小さな芽が咲いていた。
土の匂いが、風に乗って漂う。
ジローが、ぽつりと言う。
「……やっべ。ほんとに全部、まっさらにしやがった」
たすくは、刺されたところを押さえながらも空を見上げた。
そして、微笑んだ。
「……耕すか。最初っから」
――次回、「命の種、ここに蒔く」
王都は消えた。だが、希望が芽吹く。
全てを焼き払ったその先に、土と命と光の、新たな物語が始まる――!




