この村は、あなたの“国”です
村の広場に、静かな朝日が差し込んでいた。
空気は冷たく澄んでいて、夜明けの気配が、まだほんのりと地面に残っている。
昨夜、泣き腫らした目のまま――たすくは、ひとり立っていた。
顔に泥がついたまま、拳を握りしめ、歯を食いしばりながら、声を絞り出す。
「……俺に、時間をくれ」
その声は、広場の静けさに溶け込みながら、真っすぐに届いた。
「この村を、“あいつらの家”にする。絶対に迎えに行く。
だから、頼む。俺に、力を貸してくれ」
風が、そっとその言葉をさらっていく。
広場を包んだ沈黙の中――誰もすぐには、口を開かなかった。
ただ、たすくを見ていた。
真っ赤に腫れた目も、泥だらけの膝も、かすかに震える拳も。
そのすべてに、込められた覚悟を、誰もが見ていた。
最初に動いたのは――村の精霊たちだった。
火の精霊が、ぷいっと横を向きながらも叫んだ。
「ったく……あたし、あの子らに“焼き芋”焼いてあげたいのよ〜〜!」
風の精霊が、両手を広げてにんまり笑う。
「ほんで、あったか〜い布団にしてやりたいな〜……ええ夢、見せたげたいわ」
地の精霊は、ごそごそと足元の土をいじりながら言う。
「畑……倍にしてやるわ。肥やしも、増やす。……土、がんばる」
水の精霊は、ちいさく手をあげた。
「……湧き水、分けてあげたい。ぬくいやつ……ちゃんと、沸かしとく……」
タローが「ぴぃぃぃぃぃっ!!」と飛び跳ねる。
その音に続いて、ジローが鼻を鳴らした。
「まったく……お前が泣きながら言うと、断れねぇんだよ。ズルいよなぁ、まったく」
そして――一人、また一人と、村の人々が前に立った。
「たすくさん、言ってたよな。“家族みたいな村にする”ってさ」
「おめぇが言うなら、俺ァ畑でも山でも掘るぜ!」
「若い力、ありがてぇよ……こちとら腰が痛ぇんでな」
「もう一回、この村に笑い声が戻るなら……あんたに賭けたい」
最後に、そっと一歩、前に出たのは――
村でいちばん年を重ねた、小さな小さなおばあちゃんの"はつえばあちゃん"だった。
背中は大きく曲がっていたけれど、歩みは力強く、しわしわの手で、たすくの手をそっと握る。
「……たすくちゃんが来てからね。
この村はね、本当に……楽しくなったのよ」
優しい声だった。
「花が咲いたみたいに。風がやわらかくなったみたいに。
あたしね、生きててよかったって……久しぶりに、そう思えたの」
たすくの唇が、ぐっと震える。
歯を食いしばっても、止まらなかった。
はつえばあちゃんは、にこっと笑って言った。
「だからね。たすくちゃんのお願いなら、何でも聞いてあげたいわ」
その瞬間。
たすくの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
ぽたり、ぽたりと。
その涙は、泥にまみれた足元に落ちて、静かに土に染みこんでいく。
「……ありがとう、ございます……」
声はかすれていた。
けれどそれは、心の奥からあふれた、魂の声だった。
朝の空が、ゆっくりと明るくなっていく。
夜の静けさを洗い流すように、やわらかな光が村に降りそそいだ。
タローがぴょんと跳ねて、たすくの背中に飛びついた。
精霊たちは陽気に踊り始める。
ジローは少しだけ口元を緩めて、ぼそりと呟いた。
「……村長、泣き顔ひでぇな」
けれど、その声には、どこかあたたかさがあった。
――この村は、たすくの“国”になった。
はじまりの、朝だった。




