ぴぃと鶏と、癒しの卵
朝――
納屋の中に、あたたかい陽が差し込んできた。
搾りたての牛乳を飲み終え、たすくは満足そうに息をつく。
「……うまかったな、タロー。俺たち、朝ごはん食べられたぞ」
ぴぃ!(ドヤァ)
湯気の消えたカップを片づけていると、外から「こけっこー!」と元気な声が聞こえてきた。
「……あっ。そういえば、鶏……いたな」
コンコン、とまた扉がノックされた。
白いエプロン姿のふくさんが顔をのぞかせる。
「村長さん。朝はモーさんの次に、鶏たちにごはんね。あの子たち、けっこう気が強いから気をつけて」
「気が強い……鶏なのに?」
ふくさんはにっこり笑いながら、エサの入ったバケツを差し出す。
「裏手の鶏小屋に十羽いるわ。あと、一羽……ちょっと元気のない子がいてね。あなたの癒しスキル、使えるかもしれないわよ?」
「……了解です」
*
鶏小屋に近づくやいなや、タローが吠えた。
「ぴぃぃぃぃぃぃ!!!(まかせろ!!)」
どや顔で先陣を切ったその瞬間――
「こけっこけっこけっ!!」
「ぴぃぃぃっっっ!?」
鶏たちの猛ダッシュ。集団で突撃。
モフモフが空中でくるくる回り、バランスを崩し、転がって戻ってきた。
「ぴぃ……(ボロボロ)」
「お前、牛にも負けて鶏にも負けてんのかよ……」
笑いをこらえながら、たすくは鶏たちにそっとエサを撒いた。
すぐに夢中でついばみ始める。ちょこちょことした動きが、なんだか癒される。
(……かわいいな)
そのとき、一羽だけじっと動かない鶏に気づいた。
体を丸め、呼吸が浅く、目もうつろ。
(……この子か)
そっと近づこうとすると――
《スキル:癒し(中級) 発動可能》
(……また来た)
迷った。
昨日、牛乳を搾って朝ごはんを食べたばかりで、体力に余裕があるわけじゃない。
けど――
(今しかない。癒せるなら、やるしかない)
「……癒し、発動」
手のひらが、やわらかな光に包まれた。
その光が、鶏の小さな体へゆっくりと染み込んでいく。
「うっ……」
胃の奥に重み。視界が揺れる。手足が冷える。
でも――鶏が、ゆっくりと首を持ち上げた。
「……生きてる」
たすくがそうつぶやいた瞬間。
「こけっ」
ぽとん。
一つの卵が、たすくの足元に落ちた。
「ぴぃぃぃっ!!」
タローがすかさず拾い上げて、得意げにたすくへ渡す。
ふくさんが、鶏小屋の前で笑っていた。
「……あなた、本当に“癒し”の人なのね。
でも、無理は禁物よ。癒すってことは、きっと“自分も削る”ってことだから」
「……はい。肝に命じます」
*
納屋へ戻る途中、タローが鼻歌まじりに卵を運んでいた(ように見える)。
たすくは、その背中を眺めながらぽつりと呟く。
「次は、畑……だな」
ぴぃっ!(気合十分)
朝の光に包まれて、たすくとタローの影が並んでのびていく。
それは、“村を癒す物語”の、次なる一歩だった。