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クッキーと、出発の前夜

フェスの翌日、村の空は、昨日とは打って変わって静かだった。


焦げたステージ板の端を片づけながら、たすくはスコップで地面をならしていた。

タローは鍬の上で半目になってうたた寝しており、精霊たちはあちこちに転がって昼寝を決め込んでいる。


 


「おい、村長。……クッキー、来たぞ」


背後から、ジローの声が飛ぶ。


たすくは手を止めて振り返った。

「……おやつの話か?」


「人間のクッキーだよ。あの胡散臭いやつ」


その“クッキー”――旅人サクが、軽やかな足取りで畑に入ってきた。


 


「こんにちはー。なんだかミントの香りがまだ残ってますね」


「そりゃ、昨日、村中にばらまいたからな」

たすくは苦笑した。


一方ジローは無言で、サクの手元にある袋を凝視していた。


 


「……もしかして、それ。ジロークッキー?」


サクは少し困ったように笑った。

「ええ。硬いやつです。ほら、ジローさん、僕のことクッキーとか言うから……好きかなって」


 


「わかってるじゃねぇか……クッキー神……」

ジローはありがたそうに手を合わせ、バリボリ音を立てながらかじった。


 


サクはたすくの隣に腰を下ろす。

たすくはスコップを地面に突き立て、肩の力を抜いた。


 


「で?今日はどうしたんだ?」


 


しばしの沈黙のあと、サクはたすくにまっすぐ視線を向けた。


 


「たすくさんって……この村から出たこと、ないですよね?」


「ああ、そうだな。来たのも突然だったし、出ようとも思わなかった」


 


サクはポケットの中で指を組み、少しだけ躊躇う仕草を見せた。


 


「だったら、いっしょに来ませんか。見に行きましょう。

……“この村を見捨てた国”を」


 


たすくの眉がぴくりと動く。


「国を?」


 


「俺の故郷でもあります」

サクはうなずいた。

「あそこには物があって、道も整ってて、建物も立派です。

……でも、人の目が、死んでる」


 


たすくは黙っていた。

スコップの柄を握ったまま、じっとサクの言葉を待つ。


 


「昨日のフェス……遠くから見てました。面白かったですよ」

「……でも、あれが外に知られたら、あなた……この村……潰されますよ」


 


たすくの目がわずかに細まった。

「……それは脅しか?」


 


「いいえ。警告でもない。……忠告です」


 


その声に、偽りはなかった。


タローが眠気混じりに顔を上げ、「ぴぃ……」と弱く鳴いた。


 


「“民が自分たちの手で豊かになる”ことが、

国にとっては一番の“脅威”なんです」


 


「精霊が目覚め、土地が回復して、伝承の護竜が空を飛んだ

そんな村が……この国にとって、都合がいいと思いますか?」


 


たすくは、スコップを土に突き立てたまま、静かに沈黙した。


 


ジローがぼそりと口を開く。

「……クッキーのくせに、お前、言ってること正しいな」


 


「その呼び方、定着してますよね……」

サクが苦笑する。


 


たすくはゆっくりと立ち上がり、

スコップを肩に担いで、真顔のまま言った。


 


「……お前、なんでも知ってるのな。

お前が案内してくれるのか?」


 


「もちろん」

サクはすっと立ち上がり、乾いた手のひらを差し出す。


 


「“クッキーガイドツアー”、いかがです?」


 


「神が2個目のクッキーをくれた……」

ジローはうっとりと呟きながら、バリバリ音を継続している。


 


たすくは肩をすくめるようにして笑った。

「いいよ。行く。……世界、見に行く」


 


タローがぴょこんと跳ねた。

「ぴぃ!(行くの!?)」


たすくはその頭をそっと撫でた。


「すぐ帰ってくるよ。……待っててな」


 


 


――次回、『たすく、国境を越える。そこに広がる絶望と、はじまりの景色』へ続く。


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