命は、ちゃんと届いていた
朝――。
薄明かりが差しはじめた頃、タローが鶏小屋の前でそわそわと落ち着かずに跳ね回っていた。
「ぴぃっ、ぴぃぃ……!」
(なんかいる!!)
たすくは寝ぼけ眼をこすりながら、騒がしい相棒の様子に首を傾げる。
「……どうした、タロー」
警戒するようにタローが小屋の前から離れない。その様子に導かれるように、たすくは鶏小屋をのぞきこんだ。
――その瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。
小屋の隅。藁の上に、小さな鶏がじっと体をかがめている。どこかで見た姿だった。羽を少し広げ、何かを守るように、その下に包み込んでいる。
「……あの子……」
背後で、ふくがそっと言葉を重ねた。
「覚えてる? この子、あなたが“癒した”鶏よ」
たすくの脳裏に、あの朝の記憶が甦る。
弱っていた命。呼吸は浅く、今にも止まりそうで……それでも、たすくは震える手で“癒し”のスキルを使った。あれは、迷いの中での決断だった。
――まさか。
「ぴよっ」
そのとき、小さな鳴き声が聞こえた。
たすくは息を呑む。
鶏が、ゆっくりと羽を広げた。
そこには――淡い黄色の、小さなひよこが一羽。
まるで初めて世界を見たように、つぶらな瞳でこちらを見上げていた。
「……生まれたのね」
ふくの声は、かすかに震えていた。
タローが「ぴぃぃぃぃぃぃっ!!!」と高らかに叫びながら、祝福のダンスを始める。地面を転がり、飛び跳ね、全身で喜びを表現していた。
たすくはゆっくりとしゃがみこむと、小さな命に視線を落とした。
「……お前、あんなに弱ってたのに……
こんなふうに、命をあたためてたんだな」
ひよこが、ちょこん、と鳴いた。
たすくの目尻が、少しだけにじむ。
「……あの日、お前を癒してよかった。
こんな形で“ありがとう”もらえるなんて、思ってもなかったよ」
ふくが微笑む。
その笑みは、すべてを包みこむ春の陽だまりのようだった。
「命ってね、つなげようとするの。
“あきらめない”って、そういうことかもしれないわね」
風の精霊が、袖で目元をこすりながらつぶやいた。
「……うち、ひよこには弱いんや……あかん、泣ける……」
火の精霊は両手を胸に当て、ふるふると震えていた。
「やだ〜〜〜ちっちゃい命って、尊い〜〜〜〜!!!」
水の精霊は顔を真っ赤にしながら、そっと言った。
「ぼ、ぼく……あたたかい水……用意する……」
ジローは、ぼりぼりと耳の裏をかきながら、ぽつり。
「……この村、泣かせにかかるのうまいよな……」
鶏は、そっと羽を戻した。
ひよこを包み込むその仕草は――誰よりも、やさしかった。
命は、終わらない。
癒しの力は、たしかに届いていた。
そしてこの村には、今日もまた――小さな奇跡が、生まれている。




