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モーさんとの朝。搾乳と、初めてのミルク

朝――


納屋の隙間から差し込む冷たい光で、俺は目を覚ました。


胸元には、白くて丸いモフモフの温もり。


「……ぴぃ……」


つぶらな瞳でこちらを見上げたその子は、俺が昨夜“タロー”と名付けた魔物。


「……お前、起き抜けに乗ってくるのやめろ。重い……顔はやめろって!」


 


ぐぅぅ、と俺の腹が鳴った。


「……腹減ったな……昨日から何も食ってねぇし……」


隣では、タローもごぅ……と腹の音を響かせる。


 


「なぁタロー……俺たち、今日どうすっか……」


 


そんなときだった。


コンコン、と納屋の扉がノックされた。


扉を開けると、そこには一人のおばあさんが立っていた。

白いエプロン姿に、包み込むような笑顔。だけど目元には芯がある。


「私は“ふく”。この村で一番の料理上手……って自分で言うのもなんだけどね。

じいさんと二人で、ずっと村の食と畑を支えてきたのよ。じいさんのことは“まごじい”って呼ばれてるわ」


「昨日、あんたを“村長にどうだ”って言ったの、うちのじいさんなのよ。頑固だけど、見る目だけはあるから」



「そして、村長さん。朝はまず、“モーさん”よ」


「搾乳してあげないと、おっぱい張って痛くなっちゃうのよ。あの子、昔から繊細だから」


 


「……あ。牛……!」


昨日、村の人に言われた。

この納屋――俺が寝ていた場所は、元村長の家だったと。

そして、そこには鶏と牛が飼われている、と。


(そうだ……この家の命も、引き継いだんだよな、俺)


 


俺はタローを抱きかかえ、ふくさんの後ろについていった。


 



 


納屋の奥、扉を開けると、木の小屋の中にいた。


のっそりと立ち上がった、大きな牛。

全身は淡い灰色。落ち着いた目が、静かにこちらを見つめている。


 


「この子が、“モーさん”よ。村長さんの……相棒だった子ね」


 


「……でか……」


思わずつぶやいた声に、モーさんが鼻をふんと鳴らす。


「ぴぃぃぃぃっ!!」


横からタローが突撃した。


→ 次の瞬間。


ぺろん。


モーさんの舌が、タローの顔面をベロォンと舐めとった。


 


「ぴぃぃぃ……!?!?」


タロー、ベッショベショで硬直。


「……お前、また負けたのか……」


 


笑いをこらえつつ、ふくさんがバケツを差し出した。


「じゃ、村長さん。搾ってみる?」


「いや、無理無理無理……どうやって?」


 


ふくさんが横に座り、軽く実演して見せてくれた。


モーさんは動じない。むしろ、気持ちよさそうに目を細めている。


「ほら、次はあんた。手をこうして……」


 


恐る恐る、モーさんに触れる。


ほんのりあたたかくて、柔らかくて――

ゆっくりと手を動かすと、バケツに白いしずくが落ちた。


 


「……出た……!」


 


コツを掴めば、意外とスムーズに搾れるようになった。

ふくさんも満足そうに頷いてくれる。


 


「昔ね、村長さんは毎朝モーさんに『おはよう』って声をかけてたのよ」


「……おはよう、モーさん」


俺が言うと、モーさんが一度だけ、静かに「モォ」と鳴いた。


 


(あぁ……本当に、この子は俺の家族なんだな)


 



 


納屋に戻ると、タローはようやくベロベロショックから復帰していた。


絞ったばかりの牛乳を小さな鍋で温め、湯気の立つカップに注ぐ。


「タロー、いくぞ……これが、俺たちの朝ごはんだ」


 


ぴぃっ!(きらきら)


 


俺はゆっくりと口に運ぶ。


あたたかくて、ほんのり甘い。

空腹だった腹に、優しく染み込んでいく。


 


「……うまい……」


それは、ただの牛乳じゃない。

自分で絞った、自分たちの命をつなぐ、はじめてのごはんだった。


 


「タロー……ちゃんと、生きてるな、俺たち」


 


タローがぴぃっと鳴き、俺の肩に頭をあずけた。


 


――こうして、俺たちの村長としての朝が、始まった。


次は、鶏たちの番だ。


 


(鶏にご飯……あげないとな)


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