この村を癒せるのは、俺だけだ
風が冷たい夜だった。
俺は、知らない世界の知らない納屋で目を覚ました。
天井は木。床には藁。
胸の上には――白くて丸い、モフモフの見たことがない生き物がいた。
「……ぴぃ」
つぶらな瞳。ぴょこっと立った耳。
俺の胸にぴったりとくっついている。
(……あったかい)
体がだるい。寒気がする。
どうやら俺は、病気のようだった。
だがこのモフモフは、俺にくっついて、ずっと体温を分けてくれていたらしい。
「……ありがとう。おまえ……やさしいな」
モフモフが、うれしそうに鳴く。
どこか、俺に似ていた。傷ついていて、さみしくて――それでも、誰かをあたためようとしてくれる。
《スキル:癒し(中級) 発動可能》
手の甲の紋様に触れると、頭に声が響いた。
どうやらここは異世界らしい。転生の理由は……覚えていない。
けれど、今はわかる。ただ一つ。
――この村が、もうすぐ終わるということだけ。
***
「村長が死んだ。流行病だよ。
あんたが寝てたこの納屋の持ち主さ。もう帰ってこない」
村の男が言った。
平均年齢76歳。住人、20人。
山奥の小さな村。国からの支援も打ち切られ、今にも消える限界集落。
「で、そいつ――魔物だな。
ギルドに出して、金にすりゃいい。
出荷すれば、冒険者が引き取ってくれるぜ」
男が無造作に言う。
出荷――この子を?
俺をあたためて、食べ物まで運んでくれたこの子を?
“ぴぃ”と不安そうに俺にしがみつくモフモフ。
「……無理だよ。そんなこと、できるわけない」
魔物だからって、出荷されるなんて――そんな世界、冗談じゃない。
「おまえ、俺の命を救ってくれたんだ。
だったら今度は、俺がおまえを守る
……俺は、お前と家族になる」
そのときだった。
村の老人たちが、俺のもとを訪れた。
「……あんた、癒しのスキルを持ってるんだってな?」
「この村には、もう医者もいねぇ。
牛も、鶏も、人間も、どんどん死んじまう。
村のみんなと話し合ったんだが、
癒しスキルの若いお前が村の長に…
あんたがいれば… もしかしたら――」
震える手が、俺の腕を掴んだ。
その目は、ほんのわずかに、光を取り戻していた。
(癒しのスキル。ホームセンターで培った知識。
モフモフと、牛と、鶏と、畑と……そして村人)
俺にできることが、ここにある。
「いいぜ。だったら俺が、村長になるよ」
老人たちの目が見開かれる。
「この村を……“癒し”てやる。
人間も、魔物も、家畜も。
みんな、俺の――“家族”にする」
その言葉に、モフモフがうれしそうに鳴いた。
――これは、“たすく”と“村の家族たち”が紡ぐ、再生の物語。
国にも捨てられた終わりかけの村が、癒しによって生まれ変わるまでの、
静かで、優しくて、ちょっと泣けるスローライフ。
次回、村長たすく――まずは牛に餌をやる。