万色の魔都と薄幸な彼女 7
「突然の事でした。母が罪咎の魔使と呼ばれるようになった事件が起こったのは。」
彼女の心を写すように空の雲はどんどん厚みを増し、暗く濁っていった。
「いつも通り、母は新しい魔術の開発に勤しんでいました。小さい私には母が何を目指して、何の魔術を研究していたのかなんて分かりませんでした。だから…あれが成功なのか失敗なのかも分かりません。」
「…何があったんですか?その日に…。」
「わたしはその時母のお使いをしていました。その日は私の好きなグラタンを作ると言ってくれて、すごく楽しみにしながら歩いていたのをよく覚えています。そしてお使いを済ませて、家に戻ろうとしたんです。……でも。」
ここまで淡々とただ事実を口にしていた彼女の言葉がとまる。その顔には悲哀の影がよぎり、周りの空気がしんと冷えていくように感じた。彼女は体の向きを変えると、遠くの1点を指さす。その先を追うと、少し小高い位置にあるそこには何の変哲もない街並み。彼女は指を刺したままふたたび話し始める。
「あそこら辺、私の家があった場所です。当時お使いから戻った私は不思議に思いました。遠目に見て、そこにあるべき家が無かったんですから。私の家だけじゃありません。そこら一帯の建物は忽然と無くなってしまったんです。それと引き換えに地面に、でっかいスプーンでくり抜いたみたいな大穴ができてました。」
今彼女の母親がいない以上、一体何の研究をしていたのか知る術は存在しない。ただわたしはさっき彼女が言った
───失敗か成功かも分からない。
その一言にたまらなく恐ろしさを感じた。彼女の母の行き過ぎた魔術への信仰とも呼べる代物は望んだ形でその結果を生み出したのか。今となってはもう分からない。ただ1つ存在するのは彼女の母親はその事件の犯人として多くの犠牲者を産んだ罪咎の魔使、その烙印を押され、そしてその娘であるミリシャさんに残された悲劇、それだけである。
「……私の毎日が、幸せだった日々が終わりを迎えたのもその日からでした。」
「…はい。」
彼女は続けてこう話した。身寄りのない彼女を引き取る相手は誰もおらず、孤児になってしまったこと。しばらくは孤児院で暮らす日々を送っていたが、生前の彼女の母親の優秀さを妬み、嫉妬していたもの達や事件の被害者たちの遺族、そんな人達からのヘイトを一心に集めたミリシャさんの居場所はどこにもなかったこと。孤児院は厄介事を嫌い理由をつけ彼女を追い出したこと。その惨い仕打ちは今日まで止むことなく続いていること。
彼女の話を、あまりに悲しい、あまりに悲惨な過去を聞いているうちにシエナの目の奥は熱で満たされ涙がこぼれる。彼女の語るあまりに暗く救いのない世界に、感情を失ったかのように平坦と告げられる言葉の奥にある絶望に。
彼女がどれほどの絶望の中生きてきたのか想像せずには要られなかった。
そんなシエナとは打って変わって乾いた声で語るミリシャの顔には悲哀さが浮かぶものの、その目から滴が落ちることは無かった。一体どれほど、一体何度彼女は涙を流したのか。過去に対して流す涙など既に枯れ果てたかのようだった。そんな彼女にシエナは問う。
「わたしに先生になってくれとお願いをしたのも…。」
「…はい。私の先生になってくれる人なんてこの国にはいませんから。」
乾いた笑みを浮かべ彼女は言う。
「別に魔術が好きなわけじゃないんです。なんならちょっと苦手だし。でも…」
彼女は痛々しい笑顔をみせた。
「…悔しかったんです。わたしはなんにもしてないのに。悪いことなんて何も…。なのに…こんなにも忌み嫌われて。だから決意したんです。こんな国出てってやる、って。外に行って絶対幸せになってやるって。」
お金も頼りになる身内もいない彼女が国を出て暮らす。その願いはとてもじゃないが現実的では無い。生活に使う魔術が使える程度の魔術師が外の世界でそれを頼りにして生きていくことなど不可能だ。だったらどうするか。魔術を学び1人で生き抜くための力をつけるしか道はない。
「だからね、シエナさん。私必死に頑張ったんです。」
彼女のその一言に私の目からはとめどなく涙が溢れ、嗚咽がもれる。
「必死に、頑張って、何とか働ける場所を探して。毎日生き抜くために働いて。その合間に魔術の勉強をしました。ほんとにいっぱい、たくさんやりました。もしかしたらただ私の実力不足が理由で先生になってくれない、そんな人もいるんじゃないかって。だったら必死で頑張って、実力をつけて認めさせれば私を1人前にしてくれるんじゃないかって。」
「でも……無駄でした。」
そもそも弟子をとる魔術師の数はそんなに多くない。それは長い年月を要するため、望んで弟子を取るものは名誉のためか、組織から貰える援助のためが一般的である。弟子を迎えるレベルを持つ魔術の使い手でありながら、その意欲も持ち合わせる魔術への探究心が高いもの。この国にいるであろう彼女らは自身の傷つけられたプライドを治すためにミリシャさんへの八つ当たりでさぞ忙しいのだろう。だから彼女は私に頼んだ。名も知らぬ旅人に、最後のチャンスに縋るかのように。
「馬鹿みたいですよね!」
声を荒げ彼女は続ける。
「どこかに私の悪評だけ、外面だけ見るんじゃなくて本当の私のことを見ていて、よく頑張ったねって言ってくれて、今までの努力を認めてくれる人がいるんじゃないかって信じて。」
「………そんな人いるわけないのに。」
いてもたってもいられなかった。黙って彼女の話を聞いていることなどもう無理だった。わたしは彼女の小さい、頼りない身体を抱き寄せた。強く、強くだきしめた。こんなにも細く小さい。風が吹けば壊れてしまいそうなぐらいに。
「…ほんとは、分かってたんです。」
彼女を抱きしめるその腕に、肩に熱を感じた。彼女の目からは涙がとめどなく溢れていた。
「この国に私の味方なんて、助けてくれる人なんていないことぐらい…。シエナさん、私、馬鹿じゃないんです、馬鹿でもクズでもないんです。そんなこと分かってるんです!!!言われなくても、分かってる。」
わたしは彼女をより一層強くだきしめた。
「…でも…何かせずにはいられなかった。希望はあるんだって思わなきゃやってられなかった。生きて、いけなかった。」
「わたしは…わたしは…!」
そこからはもう言葉は無かった。彼女からは今まで詰まっていた言葉が嗚咽と涙になって吐き出されていた。わたしはそんな彼女をずっと抱きしめ続けた。 決壊したダムのように、堰を切ったように流れる彼女の滴を受け止めながら。




