万色の魔都と薄幸な彼女 6
2人は1本の大木に背を預け座っていた。1人は白髪と肩を小刻みに揺らしながら顔を埋め膝を抱き抱える。1人はそんな彼女の横で静かにその様を見つめていた。
────先刻、止まった時間から先に開放されたのはシエナだった。何も言わず彼女に近づくとその腕をとる。
「行こう。」
ただ一言呟き、黙って彼女の腕を引っ張りながら前に進む。彼女もまた黙って抵抗することなく着いてくる。
そんな雰囲気に当てられたかのように、輝いていた陽の光は厚い雲に遮られ、空は鉛色になっていった。
シエナは広場を中心とする緑地の端まで歩いた。喧騒から外れた場所であるそこには1本の大木が纏うみどりを揺らしながら佇んでいた。そこの根元に腰を下ろすと、立ち尽くす彼女を見あげ地面をポンと叩く。
「座ってください。」
黙って従う彼女。膝をぎゅっと抱きしめ俯く。
シエナの頭には憂いなど存在していなかった。迷いのない透き通った声で
「教えて、ください。…あなたの、ことを。」
そう声を発する。俯く彼女は何も答えずにさらに膝を強く抱きしめる。
「いや、まずは自分のことからですよね。…私の名前はシエナ・レナード。旅人です。あなたは?」
またも何も言わない彼女。シエナは根気強く彼女の言葉を待った。
「…ミリシャ。ミリシャ・バースデイ。」
ぽつりと静かに呟いた。シエナは柔らかく微笑む。
「ミリシャ。やっと名前、聞けました。」
彼女、ミリシャは顔を上げこちらを見つめる。幼さを残すその顔立ちは悲しみに歪んでおり、思わず目を逸らしてしまいそうになるのをぐっと堪え、シエナは彼女を真っ直ぐと見据えた。
「なんで、弟子にもしてくれないくせに首を突っ込んでくるんだって思いますよね。なんもしないくせにって。」
ミリシャは肯定も否定もせず次の言葉をまつような顔でこちらを見つめる。
「あんな光景を目の当たりにして可哀想だなって一時の同情だけ抱いて、次の国に行ってあなたのことなんてすぐに忘れてまた旅を続ける。……わたしは、そんなわたしにはなれないみたいで。」
「だから…これはわたしの傲慢なんです。…要するにあなたをほっとけなかった。それだけなんです。」
彼女の瞳を見つめ返しほほえむ。彼女の顔がより一層歪んで見えた。そんな様子を隠すようにまた膝に顔を埋める。
それからどれくらい待ったのだろうか。長い、長い静寂を破り、彼女は口を開いた。その始まりはまるで予想していなかった一言だった。
「…シエナさんは、罪咎の魔使って知ってますか。」
─────罪咎の魔使。
それが広くしれわたるようになったのは魔術というものが世界に広がっていくのに少し遅れてだった。それは名前の通り魔術を用いて大罪を犯した咎人に対して使われる烙印。魔術認定試験を受けたことがあるものならば1度は必ず聞く名前。その烙印を押された魔術師は反面教師として後世にまでその悪名高き名前が残る。魔術認定試験の筆記科目に置いてはその一部が出題されることもある。そのためシエナ自身も聞き馴染みがある単語ではあったがそれ故に話の顛末を読むことが出来なかった。
「もちろん知ってはいます、けど…。」
「私の母親は、罪咎の魔使。そのうちの1人です。」
ぽつりと淡々と伝えられた事実に対し、思わず息を飲む。
それと同時にこれから彼女が教えてくれるであろうことにも大方の予想がついてしまう。
「……私の母親はとても優秀な魔術士でした。万色の魔都と名高いこのアルカノムでも比肩するものがいないほどには。」
シエナは黙って彼女の話を聞く。
「でも、だからなんですかね。母は少し行き過ぎたまでの魔法への愛がありました。毎日毎日、魔術の開発や研究に取り組んで、国から依頼された仕事をこなしながら生活する。そんな暮らしが幸せそうでした。」
「……そんな母は私のこともすごく愛してくれました。父親がいないことなんか気にもならないぐらいすごく優しく、愛してくれて……。この国に住む人達って魔術に対するぷらいどがすごく高いんですよ。優秀な母を妬むそんな彼らから半ば嫌がらせのような事を受けながらも私たちは幸せに暮らしていました。」
そこまで話すとミリシャは強ばる肩の力を抜きゆっくりと息を吐いた。顔を上げ虚空を見つめる。幸せで、もう戻ることの無い日々を懐かしむように。




