万色の魔都と薄幸な彼女 3
「ありがとうございます...」
ハンカチを受け取った彼女の一言で止まった時間が動き出した。
「あ、いえ。お気になさらず。」
思わず目を逸らしてしまう。ガン見しすぎただろうか。
「お食事ですよね。ご注文は?」
自身に料理がぶちまけられたことなど気にもとめないような、まるでいつも通りの日常のような態度で彼女は言う。その目からはまるで生気を感じなかった。
「あ、えっとじゃあ、シチューとバゲット...で。」
気圧されるように少し言葉に詰まりながら注文をする。彼女は何も言うことなくぺこりと頭を下げ厨房へと向かっていった。
シエナは受け取ったバゲットをシチューに浸しながら先程のことについてボーッと考えていた。
あまりに怒りすぎじゃないか、どんだけ短気なんだあのおばさんはとか。シチューに目を落とし、あのおばさんは少女の美貌に嫉妬でもしたのだろうという結論にいきつく。それほどまでに彼女の容姿には驚かされた。バゲットに染み込んでいくシチューのような濁った白色でも、シエナの持つ白銀色を基調とした紫がかった髪のような色とも、似て非なる彼女の透き通った白髪に羨望の目を向ける気持ちは自分にも分からんでもない、自身の髪先をつまみながらシエナはそう思った。
気づけばこの場にいるのはシエナ1人だった。シンとした空間には食事の音だけが響き、昼間の喧騒とはかけ離れた状況に少し居心地の悪さを感じる。食事をおえたシエナは部屋に戻りベッドに身を投げ出した。満腹感から来る心地良さに身を任せしばらくそうしていると
コンコン、と
部屋のドアからノック音が聞こえた。
「どーぞ。」
寝転がった状態から動くこともなく声を上げる。
「失礼します。」
そう言って顔を見せたのは先ほどの白髪の少女であった。既に髪にかかった料理は取り払われており、部屋の明かりに照らされより1層輝きをましているようにも見えた。
シエナは起き上がりベッドに腰掛けた。
「何か要件でも?」
「あの、さっき貸してもらったこれを。」
「ああ、ハンカチですか。わざわざありがとうございます。」
「いえ。お礼を言いたいのはこっちです。親切にどうもありがとうございました。ちゃんと洗ったので、えと、大丈夫だと思います。」
「ああ、…わかりました。」
軽いやりとりの後、こちらに頭を下げる彼女。
「失礼しました。」
そう言って頭をあげた彼女は、そのままピタリと硬直。何事だろうと思い彼女の目線の先を辿ると机の上に置いておいた三角帽子。いや、正確にはそこに取り付けられた白金の鎖。
「白金の鎖…」
彼女はそう呟く。シエナ自身長い旅の道中でこのようなやりとりも何度か経験していた。白金の鎖、それは世界魔術統括管理及び研究対策国際連盟とかいう長ったらしい名前の組織が取り決めた証。魔術を使うものにはそれぞれ段位のようなものが5段階で設定されており、上から順に白金、紅玉、蒼星、翠聖、灰銀といったように色分けされ、魔術技能認定試験を合格することによりその色にあった特殊な鎖を貰うことができる。だからまあ要するに簡単に言ってしまえば齢17にして白金の鎖を持つ自分は他の魔術師からすれば羨望の眼差しを向けてしまうような存在であるということ。そのためこの三角帽子に取り付けたこの鎖を見てこのような反応をするのはシエナにとって割とめずらしくもないことではある。
「ええ、まあ。」
驚き固まる彼女を見て、口元が緩みそうなのを抑え、別にそんなすごいことでもないですけどねとでも言いたげなように振る舞う。
「凄いです…。私とそんなに歳が違うようにも見えないのに…。白金の鎖を持ってるなんて。」
耐え切れず笑みがこぼれそうになり口角がピクピクする。やはり自分の力が認められることは嬉しいものだ。万色の魔都と呼ばれるこの国にだって白金の鎖を持つものは両手で数え切れるぐらいしか存在しないだろう。
「そんなことないですよ。この国ではそんな珍しいことでも無いんじゃないですか?なんてったって魔法大国なんですから。」
いつだって謙遜は忘れない。シエナは自分が傲慢で傍若無人さを持つ自己中心的な人物であることを理解している。いや、理解させられた。両親や先生に。白金の魔女であることは他の人間より特別であることを意味しない。そう言う彼らはシエナを謙虚で清廉な旅人に…することは出来なかったがせめてそう見えるようにする術を教えた。シエナ自身が誰にでも敬語を使うのはその賜物でもある。
「……。」
シエナの返答に反応することなく彼女は黙って俯いた。才の差というものに絶望してしまったのか。自分が特別優秀だっただけであなたが落ち込むことは無い、そう心の中で彼女をなぐさめる。
そんなシエナの心中とは裏腹にただならぬ様子だった。
名も知らぬ彼女はスカートに皺ができるぐらい拳を強く固く握りしめている。その肩は小さく揺れ、まるで何かに耐えているかのような、そんな感じがした。
どれぐらい経っただろうか。互いに沈黙の中、それから勢いよく顔を上げた彼女はシエナを真っ直ぐに見つめる。その紫白の目は先程のような悲哀さを微塵も感じさせない力強さで見据えていた。
「…お願いがあります。どうか私の先生になって貰えませんか!」
彼女の薄い唇から絞り出された震える声が静寂をさく。双眸に込められた決意と裏腹にその体は小刻みに震え、憂慮さを体現していた。縋りつくような、懇願するような、この願いに身を捧げるかのような必死さを痛切に感じる。しかし、シエナの答えはひとつに決まっていた。
「ごめんなさい。 それは、無理なお願いです。」
抑揚のないその言葉は冷たくもなく、かといって情を含んでもいなかった。ただ静かに伝えられた事実だった。
彼女の顔は青ざめ血の気が引いていく。
「何とか、なりませんか。努力するし、ちゃんと学びます。役に立てるように頑張るのでお願い…します。」
縋るように懇願する声はか細く消え入りそうだった。その姿はあまりに弱々しく、痛々しく、たまらず目を逸らしてしまう。
「私は…旅人なんです。この国に長居はしません。あと1週間もしたら次の国を目指すんです。だから…あなたの先生になることは出来ません。」
淡々とした言葉は彼女の胸を貫いた。チラりとそらした目を彼女に戻す。その顔は弟子入り志願を断られただけとはとても思えないほど絶望に染まっていた。強く握られた拳は力なく指を開き、こちらを見据えていた瞳はその視線を床に落とす。
「すみませんでした。変なこと、言って。」
そう呟いた彼女はこちらを見ることも無く背を向けおぼつかない足取りで部屋を後にした。
静かに閉められたドアが鳴らす鈍い音は彼女の心を表しているかのようだった。




