鯛も1人はうまからず3
「…なるほど。」
大方の事情を聞いたところで一息つく。大体はシエナが予想していた通りだった。故郷の国で料理に研鑽を重ねたリカルドは自身の力を試すため、ここ料理大国コクトゥーラに単身で乗り込む。そう意気込んで来たはいいものの悪徳業者に騙され、掴まされた店は郊外も郊外、しかもオンボロ。初めは何とかしようと必死に頑張って見たものの客足は一向に伸びず今に至る、と。
「だが今日この日まで故郷に帰ることなく耐え続けたのには理由があるんだ。」
「理由ですか。なにか一発逆転のチャンスでも?」
「ああ。来週から2日間この国ではコクトゥーラ祭が始まるんだよ。」
確かに、彼の言うとおり近々大々的なお祭りが開催されることは街中に貼ってある宣伝を見れば一目瞭然だった。
「そのお祭りで何かしようって訳ですか。有名店の料理にネズミでも入れるんですか?」
「そんなことするわけないだろ…。料理人の名が廃る。
コクトゥーラ祭のメインは出店だ。どこの店の奴らも屋台を引っ張り出してきて2日間限定の店を構える。そういうしきたりだ。」
「確かに、元の立地が悪いお店なんか、祭りであろうとも客など来ませんしね。」
この店にたどり着くまでの曲がりくねった道を思い出しながら口にする。
「そんで最終日に行われるのが投票だ。要するにどこが1番美味かったか、それを競い合うんだ。そこで上位に入ることが出来れば、それはとんでもない名誉な事だ。」
「なるほど。そうすれば本店の方にも客が来ると。」
リカルドは大きく頷いた。
「実際一昨年だかの優勝店は名も知られていない新人の店だったらしいが祭りの後の繁盛具合はそれはもう凄かったらしい。」
「ほうほう。つまりリカルドさんはそこでの上位入賞を狙っているわけですか。」
「そういうことだ。」
「それでいて魔術師であるわたしに頼むということは、国民や観光客を洗脳してリカルドさんのお店に連れてこいとそういうわけですね。」
「お前はいちいちなんでそんなやり口しか思いつかないんだよ…。俺たち料理人にはプライドってもんがあんだ。そんなことして入賞したって何の意味もない!」
彼は声を荒らげた後大きなため息をつく。
「…見ての通りこの店は俺一人だ。コクトゥーラ祭には多くの客が押し寄せる。国民はもちろん、噂を聞いた観光客がな。そんな客の量を俺一人で捌けるわけがない。だからあんたにも手伝って欲しいと思ってな。」
「…なるほど。事情は分かりました。では次は契約のすり合わせですね。」
「引き受けてくれるか!?」
立ち上がる彼を制止し、キッパリという。
「まだ決めた訳ではありませんよ。報酬を聞いてませんからね。」
「ああ、もちろんただ働きしてもらおうなんて気は無いよ。何がのぞみだ?」
「祭りは後1週間後なんですよね?では滞在する全日の宿泊費と食費をお願いします。」
「全日か。」
リカルドはボソリとつぶやく。
「全日です。」
「…。」
押し黙る彼。当然だろう、こんな店の様子じゃ自分の生活だけで精一杯なはずだ。もとよりシエナは彼の頼みなど聞く気も無かった。だから無理難題をふっかけてみたのだ。
「…お支払いが無理なようでしたら、」
「ま、待ってくれ!要するに泊まるところと食うもんが欲しいんだろ?」
「まあ、はい。」
「ここの2階には従業員用の部屋が用意してある。いつか雇おうと思って準備してたんだ。そこを使ってくれて構わない!」
「使ってくれてくれてかまわない?」
「ああ、いや、使ってほしい…です。あと食事は俺が作ろう。味には自信がある。」
シエナは顎に手を当て黙って考える。悪い話では無い。2人分の宿代が浮く、それだけでこちらとしてはありがたいことである。だとするならばあとは、
「なるほど。でもそれって大事な要素が抜けてますよね?」
「どういうことだ?」
「だってあなたの料理が美味しいかどうかなんてわたし知らないんですから。そんな人の料理で1週間も過ごせなんて言われましても。」
静かにこちらの話を聞いていた彼に余裕の笑みが溢れる。
「…つまり、俺を試してるって訳だな。あんたの口に合う料理を提供して見せろと。」
彼を見てシエナもにんまりと笑う。
「理解が早くて助かりますね。」
「いいだろう。ちょっと待ってろ、腕によりをかけた1品を作ってやる。」
彼は腕をまくり自信たっぷりに言いながら厨房へと向かう。
「あ、2人前でお願いしますね。」
「2人前?」
「はい、わたしの弟子も一緒に。」
「…弟子?」
「はい。言ってませんでしたっけ。2人分、です。」
「…2人分。」
思わぬ出費がかさむことに硬直するリカルド。
「わかった。2人分だな。ただしその弟子にも働いてもらうからな。」
その様子にシエナの悪戯心が姿を見せる。
「それはもちろん。あ、あと今日の夜にはあとさらに3人の弟子が来るので悪しからず。」
「3人も…。」
絶望した様子の彼を尻目にシエナは椅子から飛び降りる。
「冗談に決まってるじゃないですか。」
そう言い残し、シエナは街の中央部へとミリシャを探しにかけていった。