鯛も1人はうまからず 2
「はい、どーぞ。」
シエナは麻袋をミリシャにて渡す。彼女の手のひらにのせられたそれは重さで形を変える。
「わわ、なんです?これ。」
「お小遣いです。」
ミリシャは布の中を覗き込み、詰め込められた金貨の数に目を丸くする。
「こ、こんなにですか?」
「こんなにですよ。」
「貰えませんよ…こんなに。」
毎日生きることに必死で質素な暮らしを送ってきた彼女にとっては見たこともない大金なのだろう。困惑した目つきでこちらを見つめるミリシャ。
「ちまちま渡すのがめんどいだけです。別にこの国だけで使い切れ、なんて言ってませんよ。」
「わ、分かりました。」
「落とさないように気をつけて。」
ミリシャは自身の持つ大金の価値を再認識したのだろう、麻袋を胸元までぐっと引き寄せ抱きしめる。
「じゃ、それ使ってお好きなもの食べてきてください。」
「はい!…シエナ先生は?」
「わたしは少し野暮用が。また後で合流しましょう。」
「ああ、前の国で頼まれてたやつですね?」
「それですそれです。まあバックれてやってもいいんですけどお金もらっちゃったんで。早めに終わらせときます。」
私たちがコクトゥーラに行くことをどこから知ったのやら、出発直前に依頼されたことがあった。
「――要するにこの巻物みたいなのを届ければいいんですね?」
「ああ、頼む。出来れば急ぎめで。」
普段ならばこの程度の金銭で動くシエナではなかったが、今はそんなことも言ってられない。2人分の出費というのは思っていたよりもかさむものだったから。
「中を見ても?」
「別に止めやしねーが見たって分からんぞ。」
黙って紐を解き中を見る。ミリシャもシエナの肩に手を置き後ろから背伸びしてのぞきこむ。
「…れしぴ?ですか?これ。」
「そうみたいですね。」
中に書かれていたのは料理のレシピのようであった。…ようであった、とするのには理由がある。
「読めない…」
まるでミミズが這ったかのような文字で埋め尽くされていたそれは、完成図の絵がついていなければレシピだとすら理解できなかった。
「見たって分からないって字が汚すぎるってことですか……。」
呆れたようにそう言いながら顔を上げる。
「がはは!俺の字は俺と俺の息子にしか読めねーからな!秘密の暗号文の出来上がりってわけだ!」
「そんな誇らしげに言われても…。まあ、とりあえず渡しておきますよ。」
「ありがとう、助かるよ。店の名は───。」
そんなやり取りもあったなと思いつつ、彼の息子さんがこの国で営んでいると聞いた店の前までたどり着く。
「…ほんとに合ってます?……これ。」
石畳の道を進んだ先に、目的の店はあった。だが、シエナは思わず足を止める。
店の看板は色あせ、今にも落ちそうに傾いている。木の扉はところどころ塗装が剥がれ、窓はうっすらと埃をかぶっていた。店先に並ぶはずの品も見当たらず、まるで何年も人が出入りしていないような静けさだ。
依頼主の言葉を思い出し、シエナは再び視線を店に向ける。確かにここで間違いないはずなのだが……。
「……まあ、入ってみるしかないですよね。」
深いため息をつき、シエナは扉に手をかけた。
ギィと鈍い音を立てながらドアを開ける。随分とたてつけが悪く開けるのに悪戦苦闘。
「…あの。すみませーん。誰かいませんかー?」
店の中は外見以上に薄暗く、窓から差し込むわずかな光が、埃の舞う空気をぼんやりと照らしている。
カウンターらしき木の台が奥にあり、その向こうには棚が並んでいるはずなのに、肝心の品物はほとんど見当たらない。むしろ、これは本当に店なのかと疑いたくなるほどの荒れようだ。
シエナが声をかけると、奥の方からガタガタと物音がした。しばらくして、ぼさぼさの髪をした若い男が姿を現す。
「……お客さん?」
目の下に薄くクマを作った青年が、眠たそうな目をこすりながらシエナを見つめる。その姿に、シエナは思わず眉をひそめた。
彼の姿は、シエナが想像していた「店主」のイメージとはかけ離れていた。
「あなたが……リカルドさん?」
シエナが問いかけると、男は面倒くさそうに肩をすくめた。
「ああ、一応そうだけど……君は、誰?」
シエナは、依頼主から預かったレシピを魔法でそっと取り出しながら、心の中でため息をついた。簡単な仕事になるといいのだが。
「わたし、シエナです。旅人です。以前訪れた国であなたのお父様からあなたに渡して欲しいと頼まれたものがあります。レシピだそうですけど。」
シエナは彼に手渡す。
「おやじが…?」
怪訝そうな顔を浮かべ巻物を受け取るリカルド。ぐるぐるにまきつけられた紐を解き、じっくりと読み解く彼。
しばらくして、顔を上げると
「…読めん!」
そう一言。
「ええ…。」
まさか読めないとは。
「だって見てよ、これ。字かどうかも怪しい。古文書かなんかかよ。」
巻物をバンバンと叩きながら訴えるリカルド。
「まあ、確かにそれには同意しますが。でも確かあなたのお父様は、自分の書いた字は自分とあなたにだけ読めると、そうおっしゃっていたはずなんですけどね。」
「読めるわけないだろ、こんなもの。一体こんなもの渡されてどーすりゃいいってんだ…。」
頭をボサボサと掻きむしり荒らげた声を上げる彼。
「では、わたしはこれで。」
一体彼にどんな事情があるかは分からないが依頼は済ませた。もうここに用はない。ミリシャと合流するため、店を後にしようとするシエナ。
「なあ、ちょっと待ってくれ。あんた、魔術師だろ?」
「いかにも魔術師ですが。」
それも極めて優秀な。
「ちょっと頼みてーことがあんだけどさ。こんな訳分からんもん渡された俺を助けると思ってさ、話聞いてくれよ。な?」
まあ、確かに。と、もう一度店の中をぐるりと見渡してシエナは思う。この有様だ。客足などとうの昔に途絶えているのだろう。そんな彼を見兼ねてお父様は秘伝のレシピを授けた、だいたいそんなところだろうか。せめてそのレシピとやらが使い物になれば、打開策はあったのだろうがこんな状況から立て直すのははっきり言って不可能かもしれない。そんな彼を少し気の毒に思ったシエナは近くの椅子をたぐり寄せ腰を下ろす。
「…とりあえず、聞くだけ聞いてあげます。引き受けるかどうかは報酬次第ですかね。」
「…助かるよ。」
そう言った彼は神妙な顔持ちで話し始めた。




