旅路と小話1(見つからない目的地)
「シエナ先生。」
「はい、なんでしょう。」
「あの、聞いてもいいですか?」
「どうぞ。」
「拾ってもらった身で文句…じゃないですけど、えっと、こんなこと言うのもあれなんですけど…。」
「なんですか?はっきりしてくださいよ。」
「えっと、これどこ向かってるんです?」
彼女との旅が始まってはや3日。最初のうちは新しい関係に戸惑いながらぎこちなかった関係も少しずつ緩和されていっていた。ミリシャの質問に答えることなく黙ったままほうきを走らせる。彼女もそれ以上の追求をすることなく静かに後をついてくる。まあ、彼女の疑問も不思議なことでは無い。
かれこれ3日間まるで変わらないような景色を永遠に走っているからである。さすがに起きてる間ずっとほうきを走らせていたわけではないがそれでもかなりの距離は進んだはずだ。1時間前も、下手すれば2日前も同じような景色を見たような気がする。ほうきに跨る2人の少女の下に広がる草原は他の人が見たらさぞ美しく感じるのだろう。
しかし2人にとってまるで新鮮味も無くなったこの景色は退屈以外の何者でもなかった。
「もしかして…迷子ですか?」
ぎこちない声色で聞いてくるミリシャ。
シエナは少しムッとしてこえをあげる。
「迷子?このわたしがですか?ありえないですよ。わたしはもう3年も旅を続けてるんですよ。べてらんなんです。」
ぐいと胸を張りながら答える。
「はあ。」
「まあ心配することなんかないってことですよ。弟子は師匠の言葉を信じるものですよ?」
「そ、そうですよね!!」
彼女の顔が柔らかく溶ける。あどけない笑顔は嬉々としてその感情を伝えていた。弟子と師匠。この単語を口にすると彼女はいつもこうなる。初めてできた自分と人との繋がりが嬉しくてたまらないようだ。無邪気な彼女を見るとシエナの頬も自然と綻んでいくのを自覚する。
さて、どうするか。前を向き直したシエナはそう思案する。2人で旅をする経験が初めてであるシエナは自分の計画性の無さを恨む。一人旅をしていた頃は道中の野宿をあまり厭わなかった。目的地もなくふらふらとほうきを走らせどこかの国を目指すことは今までも何度もあった。自分のガサツさが弟子に不安を生み出すような結果になるとは考えてもいなかった。シエナはふぅとため息をつく。
長々と言葉を並べたがまあ、要するに、迷子である。
「ミリシャさん、旅とはこのような事の繰り返しですよ。簡単に目的地に着けないことだってある。いやその方が多いかもしれません。だから大事なのは道中を楽しむってことなんです。小さな楽しみとか喜びとか見つけて前に進むんです。」
少しスピードを落としミリシャと横並びになったシエナはピンと指を立てながらそう口にする。
そんなシエナを見てミリシャは目を細める。
「それって要するにまい…」
「ちがいます。迷子じゃないです。」
彼女の言葉を遮り否定する。
ミリシャは不服そうに、ジトりとした目線でシエナを見つめる。
そんな彼女に気付かないふりをしながら前を向き直す。しばらくそうしてほうきを進める。
「ねえ、シエナ先生。目的地ってあれだったりしますか?」
彼女の問いかけにほうきを止める。彼女の指さす方向には相も変わらず草原が広がっている。
「あれ、とは?」
「あそこですよ。街みたいなのあるじゃないですか。」
そう言うミリシャであったがシエナには何も見えなかった。怪訝そうな顔を彼女に向けると
「ほんとにありますって!」
慌てて否定するミリシャ。シエナは不思議に思いながらも瞳に魔力を集中させる。魔力というのは魔術だけでなく、自身の身体を強化するのにも使うことが出来る。まあ、自身の持つ力量以上の力を引き出すため異様に疲れるのが難点か。魔力によって視力をより高めたシエナはもう一度目をこらす。
「…ほんとだ。」
確かに国があった。豆粒みたいにすごく小さいけれども。
「よく見えましたね、ミリシャさん。」
素直に驚愕した意を伝える。ミリシャはえへへと頬を指でかく。
「目は昔から良かったんですよね!」
「羨ましい限りです。わたし目悪いんですよね。」
「じゃあこれからは私が先生の目になってあげますよ!」
自信たっぷりに告げる彼女。
「いえ、魔力で身体を強化する術があるので結構です。」
「え、そんなこと出来るんですか。」
「出来ますとも。感心してる場合じゃないですよ。今度あなたにも覚えてもらいますからね。」
「はい!」
晴れやかな顔を向けてくる。天真爛漫とはまさにこの事を言うのだろう。
くるりと彼女が教えてくれた国の方向へと体を向ける。
「……もしかして、行くあてもなく彷徨ってたんですか?」
そんなシエナを見てミリシャは思わず口にする。
「さ、行きますよ。」
聞こえない、聞こえない。私の耳は都合の悪いことは聞こえないのだ。