万色の魔都と薄幸な彼女 1
今思えばあの時の私は、本当に限界だったのだろう。
ただ生きているだけで罪人のように虐げられる日々。
母を失い、居場所を失い、魔都の片隅で息を潜めて生きる日々。
国を出る術も知らず、頼れる人もいない。
私は、一人ではもう生きていけなかった。
─────お願いだから助けて、誰か私に気づいて。
心の底では、ずっとそう叫んでいた。
だから、あの日。
あの日のことを私は絶対に忘れない。
先生が、シエナレナードが、私に手を伸ばしたあの日を。
無理やりでも、少し強引でも
その手は、確かにあたたかかった。
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その日はごくありふれた普通の1日だった。いつも通りのスピードで、いつも通りの高度でほうきを走らせていればまた新しい国について、観光して、美味しいものを食べて、そんな日になると。そう思っていた。
彼女がそんな1日をありふれた一日だと感じる所以、それは彼女が諸国を巡る旅人であり、その旅も眼下に広がる青々とした草原にどこか既視感のようなものを感じるようになるぐらいには長く続いているものであったからだ。
年は17、この旅を始めたのはまだ14の頃だった。つまりもう3年になる。
「まあ、特別珍しい景色でもないか…」
ほうきに跨り度々周りの景色にも目を向けながら彼女、シエナはそう呟いた。見慣れた景色ではあるものの、春の陽気を感じるような風に揺られている緑のカーペットは体を前後左右にゆらゆらと、まるで私を歓迎してくれているのかも、なーんて考えていると前方に小さく、高い壁に囲われた目的地が見えてきた。新しい国への到着に心が踊り、ほうきのスピードも少しずつ速くなっていく。ぐんぐんとスピードをあげ、目的地に近づくにつれその国を囲うようにして作られた壁の高さがいかに異様なものであるかを実感する。シエナ自身かなりの高度を保って進んできたつもりだったがそれよりも高くそびえ立つ壁。
「うわぁ…」
思わず声をこぼさずにはいられなかった。
あまりに高い壁であるため、中の様子は分からなかった。その壁が作り出した巨大な影にさしかかり、少し心地よい冷たさを感じる。それともあまりに巨大な壁であるため、陽の光で温まることの無いその無機質な表面の冷たさが伝わってきたのか。
などと考えながらしばらくの間ほうきをとめその高さに圧倒されていたシエナだったが、ふと気になることがあった。
「門は一体どこに…?」
一般的に国というものには門がそんざいし、門兵さんとの簡単なやり取りの後入国するというのがおきまりである。だがそんなものはどこにも見当たらない。背後に山脈が連なりそびえ立つこの国では門はこちら側にあるとしか思えないのだが。
「うーん?」
シエナが首を傾げていると
「おーい!おーい!そこのお方!こっちこっち!」
頭上から声が響く。すると壁の上から身を乗り出しこちらに手を振っている男の人が1人。見ているこっちが落ちそうでひやひやする。
シエナはほうきの柄をしっかりと握るとその声の持ち主の方へ高度をあげていく。
「ごめんなさいね。この国、門とかないんすよ。どっから入ればいいか分からなかったっすよね!」
「それはまあ。」
陽気な話し方の彼はシエナに言う。
「一応ここが入国審査をする場になっていてですね、こちらに名前と滞在日数等を書いて欲しいんすよ。」
門兵(門は無いが)の役割であろう彼は用紙とペンをさしだしてくる。どこの国に行ってもありふれたやり取り。慣れた手つきで記入しつつ
「なぜ門がないのですか?こんな壁の上で入国審査しなきゃいけない理由でも?」
と疑問をくちにする。
「お嬢さんこの国がなんて呼ばれているかごぞんじで?」
「万色の魔都、そう聞いて来ましたよ。なんでも魔術に関することなら何でもござれだとか何とか。」
「その通り!そしてそれが門が無い理由でもあります。」
「というと?」
「この国は魔術の全てが揃っているんすよ。そして国に住む人も皆魔女であったり魔法使いであったり魔術に携わる人達です。だからと言って魔法が使えない人達を差別したりとか排他的にしたりとかはしてないっすよ!」
「はあ…?」
「まあ要するに入国審査の一環なんすよ。魔術を使うものの基礎であるほうきでの走行、それが無きゃこの国には入れない。そのために門が無いってわけっすね!」
「なるほど。」
魔都と呼ばれるだけはある。確かにほうきででもなきゃこんな高い壁を乗り越える方法はまず無い。だからといって少し回りくどいのではないか。そう思いつつ用紙とペンを返却する。
門兵さんはそれをじっくりと確認した後
「ようこそ!!万色の魔都アルカノムへ!」
彼の歓迎の声を背に国の中へとほうきを走らせる。上から見下ろす国の全貌は非常に美しいものであった。国中に張り巡らせれた家や建物は白塗りを基調とし、赤やオレンジ、黄色の屋根は波のように広がっていた。少し歪な色合いにも感じるが上から見るとそれは色とりどりで美しく、ずっと眺めていたくなるような魅力があった。石畳の通りは細く曲がりくねり、広場の噴水が日光を反射して静かに煌めいていた。高くそびえる時計塔の針が時を刻み、その鐘楼の影が街に長く落ちる。まるでいつか写真で見たかのような情景。そしてそれらの建物の上をほうきに乗って行き交う大勢の人々。シエナと同じようにまたがっているものや寝ながら乗っているもの、中には腕でぶら下がりながら走行している人もいる。
「さすが魔法都市ですね。国民の交通手段はほうきが基本となっているってことですか。」
シエナはしばらくその光景を眺めた後、下へ下へと向かった。さすが魔法都市、そう思わせられる要素はほうきで飛び交う人々以外にも沢山存在した。匂いにつられ屋台を覗いてみると、店主はにこやかにお客さんと商品の受け渡しをしつつ、後ろでは焼き鳥が魔術によってひとりでにひっくりかえり、美味しそうな焼き目をつけながら調理されている。いや、自らしている?
「すみません。1つもらえますか?。」
「銅貨2まいね。毎度あり!」
そこで買った焼き鳥を頬張り、景観に目を向け歩くと他にも道端で魔術による模擬戦をしている人、ひとりでに花に水をやるジョウロ、自分の防御魔術を破ることが出来たなら金貨15枚差し上げます!参加料金貨1枚!と言った看板を立てかけている人、様々な人達が魔術を使って生活しているのが見てとれる。
万色の魔都。この国ではその名の通り、魔術は彼らの生活に密接に様々な形で関わっている。
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小説を書くのは初めての経験で見るに堪えない表現等あるとは思いますが何卒よろしくお願い致します。