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ゆーへい、ダーリン

作者: 泣西 有頭

 カーテンを閉め忘れて寝てしまったからか、窓から入る日差しが眩しく目が覚める。

 しばらく眠りとも覚醒とも言えぬ境界の状態で寝転んでいたが、やはり今日も予定があるため体に鞭を打って上半身を持ち上げる。

 健康的な目覚め方をした俺はベッドの隣の衣装棚から服をつまみ出し、暖かい布団の上で着替えを始める。

 普段の癖でカレンダーを見上げ、今日の予定を確認する。少し頭を回せば今日が何日かは分かるはずだったが、寝起きの頭には少しばかり難しかったようだ。

「1月1日 元旦」

 特に意味もなく今日の日付を呟き、欠伸をしながら階段を降りる。

 階下に下りるとカレーの匂いがして、元日だからおせちがなにやら雑煮がなにやらと言っている他の家が羨ましいという気持ちになる。俺は今日のような日も昨日の夜ご飯の余りを食べなければならないのだ。この世で一番、甘やかしてくれる親がほしい。

 昨日は大晦日だった。身寄りのない俺を拾ってくれた、年に数回だけ会う血の繋がっていない母親に会える数少ない日で、勿論彼女は善人であるからまあまあ楽しい日を過ごせた。本人は元旦にも予定が立て込んでいるようで日帰りで帰ってしまったが、まったくなんて忙しい人なんだろうか。俺のことを心配してくれているようだったが、もういい歳なのだからたまに寂しくなること以外は何も問題はない。

 そうして黙々と飯をかきこんでいるとスマホのアラームが突如として鳴り、思わず肩がビクッと震える。それはただのメール通知だった。音が大きいから切ったと思っていたのだが。

 『優平へ。今日は神社に行く約束だから早く準備すること。私が目覚まし代わりにアラームオンにしてたからこれ見てたら下に降りてくること。可愛い幼なじみの弓場ななみより』

 余計なことを、俺はしっかり起きているぞ。皿を台所に持っていき、スポンジをごしごしと擦り付ける。皿を洗い終わった俺はメッセージに既読をつけ、返信を打ち込む。

『もう殆ど準備は出来てるぞ。いつ、どこで集合だ?』

 メッセージを返した俺は歯ブラシを手に取り、その後間もなくアラームが鳴る。

『私今あなたの家の前にいるの』

「早すぎだろ。メリーさんかよ」

 思わず声を出した俺は、ブラシに歯磨き粉をつけて特に焦らず歯を磨く。今日は2人で神社に行ってお参りをする約束をしていたのだった。ただ参拝に行くだけなので、もう殆ど準備ができているとは言ったが本当は準備も何もないだけだ。

 うがいを済ませた俺は小銭袋をポッケに放り込み、少し髪を解いてからドアを開ける。

「お待たせ、待ったか?」

「うーん、まあまあ待ったかな」

 そう返す少女は藍色の着物姿に黒髪黒目のショートカット、至ってどこにでもいる女子高生――弓場ななみだった。

「着物とは気合は入ってるな。私服で来たのが浮かないといいんだけど」

 そう言う俺にななみはクスクスと声を出し、

「別に外見なんてどうだっていいわよ」

と笑いかける。そんな言葉とは裏腹に念入りにネイルが塗られている爪やショートカットなのにおしゃれな髪留めをつけているところを見るとどう見ても見てくれを気にしているようにしか見えなかったが、そんなところを突っ込むのも面倒だったのでやめることにしよう。

 俺の家から少し歩いたところに建っている神社は規模が小さく、更に少し歩けば大きい神社があることからいつも大して人はいない。が、さすがに元旦ともなれば人がちらほらといるのが見えた。

 この神社の人気がない理由の一つである足が痛くなるような長い階段をゆっくりと上がり、最後の鳥居を潜る。

「あー疲れた!優平おぶってよ」

 着物なのに気にしていないのか、それともそんなことを考えられないほど疲れているのか。ななみが地面にへたり込み、両手を広げてこっちへ向く。

「もうあとすぐそこだろ。帰りの階段で言うならともかくあとちょっとくらい歩こうぜ」

「帰りはおぶってくれるの?優しいねぇ」

 何故かニヤニヤし始めたななみを置いて賽銭箱の前に立つ。

「ちょっと置いてかないでよ!あ、まってお財布出さなきゃ……」

 こんなところでも騒がしいやつだ。そう思いながら俺はポッケから適当に10円を出して、賽銭箱にいれて形だけでも手を合わせる。

「ああ、お守りも買っておくか。」

「優平は何をお願いしたのかな?」

 賽銭が終わったのかななみが俺のそばに駆け寄る。

「あー、無病息災だよ」

 全然何も考えてなかった俺は適当なことを言うが、その雰囲気が伝わったのかななみがいぶかしげに尋ねてくる。

「本当に?怪しいなー……。私には分かってるよ、恋愛成就に決まってる!相手は誰なの?同級生?後輩?それとも先生との禁断の恋……」

「うぁーうるせえ!なわけねえだろ!」

 こんな日でも、やっぱり俺達は変わらないやり取りを繰り返す。


「楽しいね」


「いや、どうかな」


「私は楽しいから」


「俺の意見は関係ないのか」


「本当は何をお願いしたの?」


「あー、なにも願ってないよ。ほんとだほんと。そういうお前こそ恋愛成就を願ったりしたんじゃないのかよ。願い事で真っ先に思いつくくらいなんだからよ」

 そういって慣れないながらもからかおうとしてくる俺を、ななみは笑みを浮かべて眺めると、

「そうかもね」

にこりと笑って後ろを向いた。

「じゃあ、帰ろうか!」

「そうだな、今日はもうこれだけで疲れたよ」

「ちょっと、まだ今日は始まったばかりよ?」

 いつものやり取りをしながら、階段を降りようとした俺達を――




 誰かが後ろから押し出した





 真上から降り注ぐ日差しが眩しく目が開く。

 少しして体の節々が痛みを訴えていることに気が付き、また少しして今度は自分がなぜか階段で寝っ転がっていることに気が付く。

 直近の記憶を掘り返し、階段から落ちた結果だと理解する。ああ、俺達は階段から誰かに押されて――そうだ、押されたんだ!思わず身を起こすが頭に激しい痛みが走る。

 思わず頭を押さえるが――突如猛烈な違和感が体を襲う。

 俺の前髪、こんなに揃っていたか?

 頭を押さえた腕を見てみると、異様に白く変色し、やせ細っている。いや、そういうわけではないのかもしれない。もしかして、これは。

 思わず立ち上がろうとするが、何故か力が抜けて立ち上がれない。まるで、筋力を失ったかのような――

「いったたた……ん?この声……」

 隣で聞き覚えのある声がする。聞き覚えのある低い声。隣にいるとしたら、ななみくらいだろうに。

「……へ?私?」

 その声は男の声。思わず俺も声にならない音を出すが、それは普段より数オクターブは音程が高く。

「え……?俺たち……」

「私たち……」


「「入れ替わってる!?」」


 そんな有名なセリフ、しかし普通は絶対に一生言わないセリフを、俺達は同時に口にした。


「どこまで覚えてる?」

「誰かに押されて、階段から転げ落ちたところまで……」

「はあ、一体なんでこんな事に……」

 わけの分からない状況に晒された俺達は、一旦神社に戻って状況を整理することにした。

「強いて心当たりがあるとすれば……さっきの賽銭とかか?」

 そういった瞬間、俺――もといななみの肩がビクッと上がる。

「……何を願ったんだ?」

「……無病息災」

 俺はそのままつかみ合いに移行したが、そのままななみに押し倒される。そうだった、俺は今女の体なんだった。その後慌てて離れたななみが弁明を図る。

「違うの!ホントはもっと違うことをお願いしてたんだけど、一瞬だけ、ちょっと急に男の子の体が気になるなって思っちゃっただけなの!」

 周囲の人から視線を感じる。ふざけんなよ、俺の体だぞ?もう今日は人生最悪の日と言っていいだろう。この中にクラスメイトがいないことを祈るばかりだ。しかしまさかこいつがむっつりスケベだったせいでこんな羽目になってしまうとは。

「誰がむっつりスケベよ!うぅ……」

 おっと、聞こえてしまったらしい。

「でもどうにかして戻らないと、俺もお前も困るだろ。ずっとこのままでいるわけにもいかないし」

 一応ななみがさっきまた賽銭に行き、もとに戻りたいと祈ってきたそうだが効果はなかった。また階段から飛び降りなければならないのかもしれないが、死ぬかもしれないからさすがにやめてもらった。特に俺が。

「しばらくはこの体で過ごして、毎日この神社に通うとか、そういうことくらいしかできなさそうだけど」

 間違いなく非科学的なこの状況を一般人の俺達にどうにかできるとは思えない。

 とりあえず俺達はあらかたの交友関係と彼等彼女等に対する態度などを共有しあった。女友達や後輩の話が出るたびどんな関係なんだとか突っかかってきたりして、こんな状況でも恋愛脳だとか大したものだと思った。いや、神社で変なことを祈るようなやつは今更か。

 とりあえず解散することになり、家の近くまで歩いていく。が、

「はぁ、はぁ、ちょっと、お前歩くの早くない?早すぎてついていけないんだけど、はぁ、はぁ……」

 この体は本当にすぐ息が切れる。

「ああ、ごめんごめん。いつもと同じ感じで歩いちゃってたよ」

 男女ではこんなにも歩幅が違うのか。元の体に戻ったらそこら辺を気をつけてみよう。するとななみが息を荒げる俺を見て少し考え、体は違えどいつも俺をからかうときと同じような笑みを浮かべ

「ところでなんだけどさ、優平。パソコンのパスワードを自分の名前と誕生日にするのはやめたほうがいいよ。後その中にあった英語の論文のフォルダに見えるものを開いたんだけど、ああいうものに興味があるのはわかるけどせめて隠さず堂々と……」

「うわあああああ!やめろ!プライバシーの侵害だぞ!ほんとに、ちょっと、嘘だよな?カマ掛けてるだけだよな?」

 いつもなら簡単に追いついて問いただせるが、今日は易易と逃げ切られてしまった。なんて不便なんだ、華奢な体もいいことばかりではなさそうだ。

「まずは家を散策するか……」

 そう独り言を呟いた俺は家の中を見て回る。できればさっきの復讐をしてやりたいところだが、あいつのことだ。今頃部屋やパソコンの中身を好きに見まくって……やっぱりまず止めに行こうかな。

 玄関を上がり、まず自分の部屋であろう場所へ向かう。両親は今は居ないそうなので特に身振りも気にする必要はない。階段を上がると少し息が切れ、体力のなさに絶望する。

 ドアを開け部屋の中を覗くとなかなか綺麗な、女子の部屋と言った感じだった。いや、なかなか綺麗なというよりまるで使ってないかのようにピカピカで整理されている。女子の部屋というのはみんなこうなのだろうか、それとも俺の部屋が汚すぎるのだろうか?不思議なことに俺の想像通りの、まさに男子高校生の考える女子の部屋といった様子だった。

 勉強机に服でも入っているのだろう大きめのタンス、壁にはハンガーでコートやらが吊るしてある。全体的に白く、ピンクや紫色のものもちらほらと見え、不覚にもかわいい部屋だなと思ってしまった。

 とりあえずずっと着物で過ごすのも動きにくいので着替えたかったが、自分の体を見て流石にやめておこうと思い留まる。本当に不便極まりない体だ。

 他の部屋も見てきたがタンスの上から数冊の猥本が見つかった以外は特にこれと言ったものはなかった。しかし、俺には本命がある。


『地下室だけは行っちゃいけないからね』


 そういう彼女からは少しの焦りが感じられた。余程の秘密なのだろう。もし本当に見てはいけないような代物だったら誰にも話さず墓まで持っていけばいい。彼女の性格はよく知っているし、万が一死体レベルのやばいものが見つかったりしても黙秘するくらいならできると思う。この体でそんなことができる気もしないがな。

 隠し扉のようにとてもわかりにくく隠されていた地下室をなんとか見つけ、入り口の前に立つ。

 地下室入り口の鍵を解き、ドアを開けると暗くじめじめとしていて、地下室に続くまっすぐな階段の先に黒い鉄製のドアがある。何か少し恐ろしいような、しかし、どうも血の匂いやらそういう物騒な雰囲気は全くしないようだった。階段を降り、その先のドアの前に立つ。ついに、ななみに一泡吹かせられる。興奮と緊張で高鳴る心臓の鼓動を抑え、ドアを勢いよく開けるとそこには――





 俺の写真が壁いっぱいに貼られていた。





 突然のことに体がこわばる。それは部屋一つ分くらいの、殺風景な6面鉄板でできた部屋。部屋の隅にはかぴかぴに乾いたシーツがかかったベッド、そのベッドの足には何に使うのか手錠がかけられており、壁には隙間無く俺の隠し撮りの写真で埋められていた。ドアの正面にある机の上に載ったちいさな本棚には学生時代のアルバムが飾ってある。机の上には瓶やジップロックをはじめとした様々なものがきれいに整理して、日付とメモ書きといっしょに置いてあった。

『優平からもらったシャーペンの芯』『優平が捨てた上履き』『優平が美容院で切った髪の毛-27』

 俺はその光景に思わずえずき、口を押さえる。ドア近くには食べ物の袋が入っているゴミ箱が転がっており、あとはベッドのシーツ乱れていたりと誰かが住んでいたような痕跡がところどころから見つかる。そういえばあいつの部屋は「使ってないみたい」に綺麗だったような――

 俺は動揺による金縛りが解けると反射的に机に駆け出し、そこにあるものを捨てようとする。すると、本棚にかけられているアルバムの裏に数冊と机に一冊、気になる本が置いてある。


『日記』


 緑のシンプルな表紙にたった2文字だけかかれた、なんでもないその文字を恐怖に感じ、それでも知らなければならないことだろうと思って本を開ける。おそらくただの日記ではないのだろう。尋常でない震えによりページを捲る手が動かない。手を正確に動かすことができなくなった俺は最初から読むのを諦め日記の適当なページを開いた。


『今日は優平が部活の遠征に行く日だ。朝から優平に会いに行き、抱きついたあとに行ってらっしゃいをしてきた。シャンプーを変えたみたいだけどいつもの優平の匂いは変わらない。朝からとても幸せだ。午後は優平の部屋に合鍵で上がり込む。パソコンのパスワードを開けるのは数ヶ月くらいかかると思っていたのだがなんとYuhei0402だった。簡単なパスワードにしちゃって、誰かに勝手に見られちゃったらどうするんだろう。そんなおっちょこちょいなところが優平の可愛いところなんだけど。パソコンの中には思った通りえっちなアプリがあった。優平はショートカットが好きなのか。明日髪を切って遠征から帰ってきた優平に――』


 そこまで見て、俺は床に座り込んだ。こんなのは違う。これは何かの間違いだ。ななみはこんな人間じゃない。違う、絶対違う。何かの間違いだ。何かの、何かの――


 俺は階段を手摺にもたれかかりながら魂が抜けたように上がり、ドアを開ける。するとそこには――


「勝手に入っちゃだめって言ったじゃないの。いくら優平でも、ここを見られちゃったら帰せないよ。でも大丈夫、私がしっかり責任持って優平を甘やかしてあげるからね。優平、大好きだよ」




『続いてのニュースです。3年間行方が分からなくなっていた弓場ななみさん20歳が先日、金森優平容疑者により自宅の地下室に監禁されていたことがわかりました。被害者は心身ともに非常に疲弊しており、意思の疎通が取れなくなっています。金森容疑者は監禁罪や不同意性交罪などの容疑がかけられており――』




 幽閉、ダーリン。

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