第92話 朱里夏に恨みを持つ元凶悪犯(難波朱里夏視点)
「か、火事かっ!?」
「くそっ! なにも見えねーぞっ!」
照明が落ちて非常ベルが鳴り響き、金翔会のヤクザどもが慌てふためく。
本当に火事が?
いや、客もいないのにそうそう火事なんて起こるとは思えない。
設備の誤作動か? なんにせよこれはチャンスだ。
「落ち着きなさいっ! まずは難波を動けなくして……はっ!?」
風間が気付いたようだがもう遅い。
「あぐっ!?」
「ぎゃっ!?」
「ぐわっ!?」
真っ暗な中を高速で動き回り、ひとりずつ殴り倒して確実に意識を奪っていく。
「このっ! ど、どこだっ!」
奴らは暗闇であたしがどこにいるかわからず、銃を撃つことができない。しかしあたしは目が良いため、暗がりでも敵がどこにいるか丸わかりだった。
「なにをやってますのっ! 早く照明をなんとかしなさいっ!」
風間が叫ぶあいだにも、あたしは次々に敵を倒していく。そして……。
「むっ」
照明がつく。
しかしもう遅い。この場に立っているのはあたしと風間。そして風間の隣にいる両腕に包帯を巻いている男だけだった。
「……やってくれましたわね」
眉間に皺を寄せた怒り顔で風間はあたしを睨んでくる。
「あんたはもう終わり。覚悟はできてる?」
「ふっ」
味方はもう隣の男ひとりしかいない。
それなのに風間は笑った。
「まあいいですわ。あなたが死ぬことには変わりありませんもの」
「……」
金翔会のトップとは言え、風間は喧嘩などできないはず。それなのにこう言えるということは……。
隣に立っている男が前へと出て来る。
「ひさしぶりだな。難波のクソガキ」
「?」
ひさしぶり。
そう言うということは、あたしはこの男に会ったことがあるのだろうか?
しかし記憶には無い。
「覚えてねーか? そりゃそーか。てめえにとっちゃ俺なんざ雑魚のひとりだったろうからな。けど、俺って世間でもちょっとした有名人なんだぜ?」
「有名人……?」
「まあ、顔も名前も知られてねーけどな」
「どういうこと?」
「15年前に女子高校生を監禁して暴行したのち、生きたまま燃やして殺した事件を知っているかしら? そのときの犯人……当時は未成年で少年Aとして報道されたのがこの男、佐黒重八ですわ」
「ああ」
そういえば昔にそんな事件があったとは聞いたことがある。
金翔会にくる依頼は残虐なものも多いと聞く。そういう仕事をやらせるために残虐性の高い人間も雇っているらしいが、この男がそれなのだろう。
「他の野郎どもをのしてくれて嬉しいぜ。てめえは俺の手でできるだけ残酷に手足をもいで捕まえてやりてーからな。ひひひ」
「ふーん。あたしはずいぶんあんたに恨まれてるようだね」
「もちろんだっ!」
男はそう叫ぶと、両腕に巻かれた包帯を取り去る。
その下から現れたのは異様なものであった。
「それは……」
機械の腕。
そうとしか言いようのない見た目の腕が肩から指まで伸びていた。
「てめえに抉られた右目ともぎ取られた右腕のことは忘れてねーぜっ!」
「腕? ああ」
そう言われてようやく思い出す。
あたしを襲撃して来た金翔会が雇った半グレのひとりだ。チームの仲間がこいつに殺されたことにキレて、右目を抉って腕をねじり切ってやったんだったか。そのあと胸に銃弾を3発撃ち込んでやったはずだが……。
「お前は殺したはずだ」
「はっ、地獄の閻魔が俺にびびって送り返したのさ」
自分の罪に殺人罪が含まれていなかったのは妙に思っていたが、なるほど殺し損ねていたかと納得した。
「けどあたしがもぎ取ったのは右腕だけだったはずだけど?」
「右腕だけじゃバランスわりーからな。左腕もパワーアップしてもらったぜ」
そう言って男は機械化した両腕をグルグルと回して動かす。
あれがどれほどのパワーを持っているのかはわからない。
しかし風間の余裕そうな表情を見る限り、それなりの威力はあるのだろう。
「さあて、まずはこいつの一撃を食らわせてやるぜっ!」
「!?」
男が拳を突き出した瞬間、手首から離れて拳だけが長く伸びた。
「うがっ!?」
思いも寄らないことに油断したあたしは顔面に拳を食らって吹き飛ぶ。そのまま身体は壁に激突してあたしはうつ伏せに倒れた。
「な……ぐっ……」
顔面にダンプカーが追突したかのような衝撃。
恐ろしく重い一撃を食らったあたしは意識を保つのが精一杯で、立つことができなかった。
「ぎゃはははっ! おいおいどうした? もう終わりか?」
「うぐっ……」
これはまずい。
このまま立てなければ、あたしは……。
バンっ!
そのとき大きな音を立てて扉が開く。
敵が増えたのか?
そう思ってそちらへ目をやる。
「てめえまてコラっ!」
「うわわっ!」
慌てて入って来た男は扉を閉めて内側から鍵をかける。
あたしはその男……彼の姿を見て目を見開く。
久我島五貴君。
息を切らせてそこに立っているのは彼であった。




