第41話 おにいの活躍が不満な元カノ(工藤天菜視点)
……クソ女の手でダクトテープに巻かれて放置された日から何日か経った。
あの日のことは思い出したくもない。
しかしわたしにとって半グレ連中など犬みたいなものだ。犬に噛まれた程度のこと。そう考えればたいしたダメージは無い。それよりも……。
「久我島君って野球凄いんだっ」
「なんかひとりで投げて打って勝ってるみたいよ」
「すごーい。わたしファンになっちゃうかもー」
昼食を食べて食堂から戻って来る途中、廊下を歩いていると、そんな声がそこかしこから聞こえてくる。
五貴が野球部の助っ人へ行き、活躍して大会を勝ち進んでいるという話を聞いた天菜は不機嫌になっていた。
学校中が五貴の話で盛り上がっている。
弱小野球部に現れた天才球児。
まるで漫画のような話に、皆が浮かれていた。
あいつが小学校のときに野球をやっていたのは知っている。しかしわたしは野球になんて興味は無いから一度も試合を見に行ったことはないし、あいつがどれほどうまいのかも知らない。
けど小学校でやめたはず。それがなんで高校野球で活躍できる……?
ともかく気に入らなかった。
「ねえ工藤さんって久我島君と付き合ってたんでしょ? なんで別れちゃったの? もったいなーい」
教室へ戻って来て自分の席に座ると、クラスの女からそんなことを言われて眉間に皺が寄る。
「ああまあ……ね」
なぜ別れたか? そんなのは単純な理由で、あいつがわたしに見合わない凡庸な男だからだ。
もったいないとか意味がわからない。
「フラれたの?」
「はあ?」
わたしが五貴にフラれた? ありえない。わたしがあいつをフッたのだ。あんな凡庸な男にこのわたしがフラれたなんて思われるのは屈辱でしかなかった。
「わ、わたしがフッたんだけど?」
「そうなの? 残念だったね」
「ざ、残念?」 なにが?」
「久我島君もしかしたらプロになるかもよ? そんでメジャーリーグの選手とかになったら大金持ちじゃん。付き合ったままなら結婚できたかもしれないのに残念だったねってこと」
「プ、プロ? メジャー? ないない。あんなのつまらない普通の男だし」
「そんなことないよ。噂ではプロのスカウトも注目してるらしいし」
「……っ」
五貴がプロの野球選手に? そんなことになればフッたわたしはいい笑いものだ。そしてもしもプロ野球選手になって活躍する五貴と獅子真が結婚でもしたら、わたしは一生あのクソ女に嘲笑われ続ける。そんなことになるのは許さない。
なんとか五貴がプロになるのを阻止しなければ……。
要は大会で五貴が活躍しなければいいのだ。
そうすればプロのスカウトも見限るはず。
しかしどうやって活躍をさせないようにするか……?
なにか脅しのネタでもあればいいのだが。
「クロは元気にしてる」
「うん。すごく元気だよー。おにいに会いたいって」
「猫はしゃべらないだろ」
昼食から戻って来た五貴と獅子真がそんな話をしているのが耳に入る。
……猫。
話からして、どうやら獅子真は猫を飼っているらしい。
そういえばあの女、昔から猫が好きだったか。
わたしが小学生のころ、友達と一緒に野良猫をエアガンで打っていたら激怒して怒鳴りつけてきたことを思い出す。
……そうだ。
良いことを思いついたわたしは、帰りに竜青団のアジトへ行くことにした。
……
…………
……………………
野球部の甲子園出場がかかった試合の前日、わたしは重要な話があると言って五貴を第一公園へと呼び出した。
「なんのようだ?」
「ふん」
こうして2人で会うのはひさしぶりだ。
高校に入ってからいろいろあったせいか、わたしを見る五貴の目には明らかな敵意が籠っているがわかった。
「そんな怖い目で見ないでよ。ちょっと前まで恋人同士だったんだしさ」
「どの口がそんなことを言えるんだ?」
「そうだねぇ。今のわたしとあんたは敵同士……みたいなもんだし」
「お前がなにもしてこなければ敵にも味方にもならないよ」
「それは嫌だね。あんたはともかく、あのクソ女は絶対に潰すから」
「……なんの用で俺を呼んだんだ?」
「ああ……」
と、わたしは懐からスマホを取り出して五貴へ画面を見せる。
「これは……」
「この黒猫、見覚えない?」
画面には竜青団の男が黒猫の背を掴んだ姿が映っている
「この猫って……もしかして」
「あのクソ女が飼ってる猫」
「天菜っ!」
「黙れ」
わたしはスマホを引っ込めてニヤリと笑う。
「どうして……っ?」
「竜青団の半グレ連中に頼んで、捕まえてもらったの」
「そうじゃないっ! どうして兎極の猫を捕まえたりしたんだっ!」
「あんたを脅すため」
そう言ってやると、五貴は鋭くわたしを睨む。
「そんな目で睨んでいいの? わたしがスマホで連絡すれば、この猫を火に放り込ませることだってできるんだからね」
「ま、待てっ。……どうしたら猫を無事に返してくれるんだ?」
「それは簡単。明日の試合であんたがわたしの指示通りに動けばいいだけ」
「野球の試合? そんなことのために猫を浚ったのか?」
「あんたはわたしにフラれたの。だったら惨めに生きなきゃダメ。野球で活躍してプロになるだなんて許さないから」
「俺はプロになるつもりなんか……」
「とにかく明日の試合はわたしの言う通りにプレイをするの。ほらこれ」
わたしは五貴にイヤホンを渡す。
「これは……」
「指示はそれで伝える。逆らったら猫は火に放り込んでやるからね。それじゃ。ああそうそう、あのクソ女にこのこと言ったら猫の命は無いから」
そう言い放ってわたしは五貴に背を向けて去る。
これでいい。これで五貴は試合で活躍するどころか、めちゃくちゃにひどいプレイをして恥をかき、スカウトからも見込み違いだったと見限られる。
わたしに捨てられた男は惨めで辛くなくてはダメ。しあわせになるなど許されないことなのだ。




