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第182話 最強の超人間、瑠奈

「さて瑠奈。実験の最終段階だよ。あそこにいる難波豪十郎、あれを葬れ」


 四宮の命令を聞いて瑠奈は豪十郎さんのほうへ目を向ける。


 豪十郎さんの強さは圧倒的だ。

 力を発揮した俺よりもきっと強い。以前までの瑠奈ならば勝てるはずはないが……。


「オイラぁ、女子供とはやらねぇよ」


 瑠奈を前に豪十郎さんはそう言う。


「勝てないからと怖気づいたかな?」

「女子供とはやらねぇ。それだけだ」

「ふふん。ならやる気にさせてあげようか。瑠奈」

「……」


 四宮に名を呼ばれた瑠奈が今度はこちらへ目を向ける。


 見ているのは俺じゃない。

 俺の隣にいる朱里夏さんだ。


「孫を殺されても、同じことを言えるかな?」

「朱里夏が殺されてもそれは朱里夏の喧嘩だ。オイラの考えは変わらねえよ」

「ふん。目の前で孫を惨たらしく殺されても同じことが言えるかどうか……」


 瑠奈がこちらへと近づいて来る。

 迎え撃とうと前に出る朱里夏さんだが、俺は手で制してそれを止めた。


「やめろ瑠奈。お前とは戦いたくない」


 瑠奈は四宮に使われているだけの悪意の無い女の子だ。

 彼女と戦うことも、戦わせることもしたくなかった。


「おにい? けどこいつは……」

「ロシアに攫われていたときに少し話をしたんだ。確かに瑠奈は四宮に作られた超人間だけど、悪い子じゃない。話せばきっとわかってくれる」


 瑠奈は四宮の遺伝子を持つ、ある意味で俺の妹のような存在だ。どうにかして戦いは回避して、わかり合いたいと思う。


「なにを話したのかはわからないけど無駄だよ。超人間としてさらに性能を上げるために脳の改良も施したからね。君のことなど覚えていないよ」

「そ、そんな……」


 本当に俺のことはもう覚えていないのか?

 俺と話をしたこともすべて……。


「五貴君、こいつはもう敵だよ。あの目を見ればわかる」


 朱里夏さんの言う通り、俺たちのを見る瑠奈の目には殺意が籠っている。彼女にはもはや俺の声など届かないのかもしれない……。


「さあ瑠奈、やってしまいなさい。できるだけ惨たらしくね」

「……」


 瑠奈の雰囲気に殺気が帯びていく。


 これはまずい。

 このままでは朱里夏さんが危ない。


 そう思った俺は力づくでも瑠奈を止めようとするが……。


「待てっ!」


 そのとき父さんが叫ぶ。

 手には口径の大きな銃が握られていた。


「ほう。その銃なら瑠奈を殺せると思うかね?」

「殺されたくなければ、やめさせるんだ」

「やめないよ。撃ちたければ撃てばいい。瑠奈、当てやすように彼のほうを向いてあげな。額でも心臓でも、急所に当てやすようにね」

「……っ」


 銃の引き金に触れている父さんの指が動く。そして、


 ズダァン!


 激しい銃撃音が鳴るのと同時に、瑠奈の顎が上がる。

 ……しかし彼女は倒れない。上がった顎はゆっくりと戻り、何事も無かったように平然とそこに立っていた。


「そ、そんな馬鹿な……っ」

「はははははっ! 瑠奈は現段階で最強の超人間だっ! ミサイルの直撃を受けたってダメージはほとんどないだろうさっ! そんなおもちゃじゃ傷ひとつつけることもできないよっ!」


 楽しそうに笑う四宮を父さんは呆然と睨む。


 もうどうしようもない。

 こうなれば瑠奈をどうにかするよりも、逃げる方法を考えるべきだろう。


 しかしそれも難しい。

 あの瑠奈から逃げられるような気がしなかった。


「は、ははははっ! すごいぞドクターっ! そいつのような戦闘人間を量産すればプーリアは世界の支配もできるっ!」

「世界の支配か」


 オリガの言葉を聞いた四宮がフッと笑う。


「そうだっ! 我々で世界の支配を……」

「興味無いよ」

「なに?」

「私の目的は現人類を滅ぼしてすべてを超人間に入れ替えることだ。人の手によって人類をさらに上の存在へと変える。これが私の目的だよ」

「ド、ドクターっ! そんな話は聞いていないっ! 裏切るつもりかっ!」

「私は金をもらって君たちの望みを叶えてきた。受け取った金で私がなにをしようと、それはわたしの勝手と言うものだ」

「貴様……っ」


 オリガに銃を向けられるも四宮は平然としている。


「すでに計画は動いている。瑠奈の頭には私の記憶すべてをコピーしていてね。万が一、私になにかあっても計画は瑠奈によって進行される。ここで死んでも私に悔いは無いし、君が私を殺す意味も無いということだ」

「こ、この……っ」

「私がわざわざここへ来たのは難波豪十郎という最強の人類を相手に、瑠奈がどれだけ戦えるかを見るためだ。ナバロフが勝っていれば、その役目はそこで無様に倒れている彼の役目になっていたけどね」


 倒れているナバロフを見下ろしながら四宮は嘲笑って言う。


 四宮の言う通りならばどこへ逃げてもいずれ俺たちは殺される。


 ここで止めなければ。

 しかしどうしたらいいのか、俺にはわからなかった。


「そんなことはさせないぞ春桜っ!」


 そう声を上げて父さんが立ち上がる。


「そうだぜ。てめえはここで俺たちが止める。行くぜ士郎っ!」

「おうっ!」


 父さんとセルゲイさんが四宮へ向かって行く。

 その前へ瑠奈が立ち塞がる。


「俺は相手が女でも、家族や仲間に手を出す奴には容赦しねーぜっ!」


 セルゲイさんの拳が瑠奈の顔面に当たる。……だが、


「なっ!?」


 まったく効いた様子は無い。そして、


「がはっ!?」


 瞬間に放たれた瑠奈の跳び膝蹴りがセルゲイさんの顔面を潰す。

 見るからに強力な一撃を食らったセルゲイさんは仰向けに倒れた。


「セルゲイっ!」

「パパっ!」


 兎極と母さんの呼び掛けにも反応しない。

 あのセルゲイさんが一撃でのされてしまったのだ。


「セ、セルゲイ……」

「ふふ、彼と君は同じくらいの強さだろう? 調べはついているんだ。君が挑んだところで同じ目に遭うだけだよ」

「くっ……。春桜、俺はともかく自分の息子まで殺す気か? 腹を痛めて産んだ、血の繋がった自分の息子を……」

「偉大な研究の前では自分の子を殺すことなど些細なことだよ。私にとって私の研究を完成させることが一番重要なのだ。血の繋がりがある息子などどうでもいい」

「は、春桜……お前はっ」

「さあ戯言は終わりだ。士郎、君がなにをしようと私の計画を止めることはできない。ただ呆然と事の成り行きを見ていることしかできないんだ。ははははははっ!」


 高らかに笑う四宮を前に、父さんは苦虫を噛みつぶしたような顔で押し黙る。


 父さんの言葉も四宮には届かない。


 四宮春桜は完全に狂っているのだ。

 だがもしも……ほんの少しでも彼女に母親として愛情があるならば……。


「瑠奈っ! 難波朱里夏を殺して難波豪十郎と戦えっ! そして超人間が最強であることを私に証明するのだっ!」

「……」


 命令を受けた瑠奈が朱里夏さんへ向かう。

 その前に俺が立ちはだかった。

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