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第178話 ママのために命を捨てる覚悟のパパ

 ―――セルゲイ・ストロホフ視点―――


 指定の場所である港の倉庫にひとりでやって来る。


 ここに柚樹が……。


 暗く誰もいない倉庫の中を歩いて俺は周囲を見回す。


「おいっ! 約束通りひとりで来てやったぞっ! とっとと出て来やがれっ!」


 そう叫んだ瞬間、倉庫内の証明がついて一気に明るくなる。


「待ってたよセルゲイ」

「てめえ……ロシア女っ!」

「オリガだよ。いいかげん名前を覚えてほしいねぇ」

「黙りやがれっ! 汚ねぇ真似しやがってっ! 柚樹はどこだっ!」

「ああ、あんたの女ならここだよ」


 オリガが手を上げると、うしろの暗がりから大男に拘束された柚樹が現れた。


「柚樹っ!」

「セ、セルゲイ……。馬鹿っ! あんた殺されるよっ!」

「好きな女を見捨てて生きるぐれーなら死んだほうがマシだっ!」

「セルゲイ……」

「愛した女を見捨てて生きるなんてそんなのは男じゃねぇ。男はな、一度、愛した女は自分の命より大切にするんだ。それが男だ」


 柚樹のためなら死ねる。迷いなど微塵も無い。


「格好良いね。あんたほどの男にそれほど想われるってのは、女冥利に尽きるってもんだよ。妬ましいねぇ」

「柚樹を解放しろ。もう用はねーだろ」

「ああ。計画ではあんたを殺せばこの女に用はなかった。けどムカつくね。こんな女よりもあたしのほうがよっぽど良い女なのにさ」

「!?」


 オリガの持つ拳銃の銃口が柚樹の眉間に当てられる。


「ロシア女っ! てめえ……っ」

「あんたの目の前でこいつの頭を吹っ飛ばしたら、あんたはどういう顔をするかね? きっと怒り狂ってあたしのことを死ぬまで忘れないだろうね。そうでもしない限り、あたしはあんたの頭に残らない」

「てめえなに言って……」

「あたしの男になれセルゲイ。そうしたらこの女は無事に解放してやる」

「ふ、ふざけたことを……っ」

「ふざけてないよ。あたしは本気であんたがほしいんだよセルゲイ。あたしのものになればこんな女より良いってことを教えてやるよ」

「……っ」


 嘘を吐くのは簡単だ。嘘でも二言は心情に反するが、柚樹の命には変えられない。

 しかし嘘を言って本当に柚樹を解放するのか? その不安はあった。


「さあどうするんだい? この女の頭が吹っ飛ぶのを目の前で見るか、それともあたしの男になるか」

「わ、わかった。お前の男になる。だから柚樹を解放しろ」

「……」


 俺の言葉を聞いてなにを思ったか、ロシア女は無言となる。


「嘘だね」

「っ」

「やっぱり殺そう。あんたの記憶にあたしを刻みつけてやる」

「やめろっ!」


 声を上げて俺が駆けだそうとした。そのとき、


 ズキューン!


「がっ!?」


 銃声とともにオリガの持っている拳銃が弾かれる。


 誰の仕業かはわからない。

 しかし好機と見た俺は駆け出した勢いのまま、柚樹を捕らえている大男とをぶっ飛ばす。


「がはっ!?」


 そして拘束の手から離れた柚樹を抱き締めた。


「大丈夫か柚樹?」

「え、ええ。その……ありがとうセルゲイ」

「自分の女を助けただけだ。礼なんていらねぇよ」

「……」


 柚樹はなにも言わない。

 ただ黙って俯き、俺の手を握っていた。


「仲間がいたのか。しかし見せつけてくれるじゃないか」

「ロシア女……いや、オリガっ」

「ようやくあたしの名前を覚えてくれたね。嬉しいよ。けど、あたしの男にならないのならここから生きて帰すわけにはいかない。そいつと一緒に死んでもらうよ」

「……っ」


 倉庫のあちこちから大男がぞろぞろと姿を現す。

 不気味な様子からして、普通の人間で無いことは明らかだった。


「戦闘人間を30体だ。さすがのあんたもこれじゃあどうしようもないだろう?」

「俺ひとりにずいぶん大袈裟じゃねぇか。銃がひとつありゃあ、事は足りるんじゃねーのか?」

「ドクターに戦闘人間のテストも頼まれていてね。あんたみたいな規格外の人間は戦闘人間の運用テストに最適なんだとさ」

「ちっ……」


 1体や2体ならどうにかなる。

 しかしこれだけの数が相手となると厳しい。しかしやるしかない。なんとか逃げ道を作って、柚樹だけでも逃がさなければ……。


「柚樹、兎極を頼んだぜ」

「ば、馬鹿っ! なに言ってんのっ!」

「お前だってわかってるだろ? 俺はここまでだ」

「そんな……」

「なんとかお前だけは逃がす。兎極にパパは男らしく死んだって伝えてくれ」


 もともと死ぬつもりでここへ来た。

 愛する女を守って死ぬ。男にとっては最高の死に場所じゃねぇか。


 こんな状況だというのに俺は笑っていた。


「人様に顔向けできねぇ生き方してきたけどよぉ。愛する女の顔を最後に見せてくれるたぁ、神様ってのはやっぱり慈悲深いぜ」

「馬鹿っ! 死んじゃだめっ! セルゲイあたし……あたしあんたのこと……」

「イチャつきなんて見せるなよ。鬱陶しい」


 イラついたオリガの声。

 それと同時に当たりは一瞬だけ静まり、


「やれ」


 次に放った一言と同時に周囲の大男が一斉に動き出す。


 ズキューン!


 そのときふたたびさっきの銃声が鳴り響き、大男の頭を銃弾が貫く。


「ちっ、いいかげん出ておいで。出てこないならそっちに爆弾を放り込むよ」

「……ふっ」


 倉庫に積んである荷物の上から誰かが姿を現す。

 黒いスーツを来たそいつは、俺のよく知っている男だった。


「士郎っ!」


 口径のデカい銃を右手に持って現れた士郎は、俺と柚樹を見てフッと笑う。


「妬けるな。いや、まあ柚樹さんの想いにはなんとなく気付いてたけど」

「士郎さん……これはその……」

「話はあとだ。セルゲイ」


 士郎は銃を懐へしまって俺の隣へと並ぶ。


「銃は使わないのかい?」

「ふん。この数、相手にこれ1丁じゃきついんでな。やっぱり信用できるのはこいつよりこれだ」


 そう言って士郎は拳をかかげた。


「強い男に道具はいらない。強い男は肉体が最強の武器だからな。そうだろセルゲイ?」

「その通りだ」


 士郎の拳に俺は自分の拳をぶつける。


 高校のころに無敵と言われた俺たち2人。

 こうしてまた敵を前に並び立つ日が来るとは思っていなかった。

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