第172話 人外同士のバトルに息を飲むおにい
強い……。
その男を見て俺は直感的にそう思う。
身体が大きいからとかではない。
異様な雰囲気が男にはあった。
「がははっ! やっぱりここにいやがったかナバロフっ!」
「ナバロフ……って」
確かプーリアのボスの名前じゃ。
「とんでもない大物がいやがったね」
「や、やっぱりあれってプーリアの……」
「ああ。プーリアのボス、ナバロフ・クレバノフだ」
ナバロフ・クレバノフ。
その男を睨むルカシェンコさんの表情は明らかに緊張していた。
「ひさしぶりだ豪十郎。まだ生きていたとはな」
「てめえとの決着がまだだったからなぁ。地獄に行きたくても行けねぇよ」
「なら、今ここで地獄に送ってやろう」
着ている黒いジャケットを脱いだナバロフが、豪十郎さんの前へと歩いて来る。
「ボ、ボスっ! そいつは……っ」
「わかっている。オリガ、こいつはお前でどうにかできる男じゃない。こいつを殺せるのは……世界で俺だけだっ!」
声を上げたナバロフが拳を突き出すのと同時に、豪十郎さんも拳を突き出す。その拳がぶつかり合った瞬間、
「うあっ!?」
ものすごい衝撃波が周囲を襲う。
人間はもちろん、車まで吹き飛んで行く。
俺とルカシェンコさんは木にしがみついてギリギリその場にとどまったが、マフィア連中はほとんど吹き飛んで行った。
「ボスっ!」
オリガも側にあった木にしがみついて耐えていた。
「衰えていないな豪十郎」
「はっ! てめえは少し衰えたんじゃねぇか?」
「俺より30も上のお前に言われるのは不愉快だな」
2人の巨漢が殴り合う。
どちらもお互いの拳を避けず、強烈な一撃を受け合っていた。
「と、とんでもないバケモノだっ! あのじいさんもっ! ナバロフもっ!」
俺もルカシェンコさんと同じ思いだ。
2人が拳を突き出すたびに衝撃波が起こり、俺たちはそのたびに吹き飛ばされそうになっていた。
「これはこれは……。庭が騒がしいと思ったらとんでもない怪物同士の戦いが起こっているねぇ」
「し、四宮……っ」
騒ぎを聞いて現れたのだろう。
瑠奈の身体に掴まりながら四宮春桜が姿を見せた。
「五貴君、ここから逃げてどうする? どうにもならないことは君にもわかるんじゃないのかな?」
「こ、ここでただ捕まっているだけよりはマシだっ!」
「戻って来な。この先どうなろうと、君の命は保証しよう」
「あなたの計画が成ったら、俺の命も無いんじゃないですか?」
「……」
俺の問いに四宮春桜はなにも答えない。
薄笑いを浮かべた表情を崩さず、ただ黙って俺を見ていた。
「おらぁっ!」
「ふんっ!」
そのあいだも豪十郎さんとナバロフの殴り合いは続く。
戦車をも一撃で破壊してしまいそうな拳をお互いに受け続けているのに、どちらも一向に怯まない。むしろどちらも楽しそうに笑い合っていた。
「ま、まるで旧友と酒でも酌み交わしているような……そんな感じだな」
「そうですね……」
これは以前、父さんとセルゲイさんが殴り合っていた光景に似ている。
かつて2人になにがあったのか俺にはわからない。
ただ、2人の関係は会話をするようなものではないということ。言葉などいらないということだけはわかった。
「あっ、き、木がっ!?」
衝撃波に耐えていた木に亀裂が入って行く。そして……。
「うあっ!?」
引き千切られるように根元から折れ、俺とルカシェンコさんがしがみ付いたまま空の彼方へと吹き飛ばされた。
「あ、瑠奈……」
吹き飛ばされていきながら、寂しそうな瑠奈の表情が一瞬だけ見えた。
そこからどれほど飛ばされただろうか?
木は積もった雪へと落下し、俺たちは怪我も無く無事であった。
「はあ……。海や湖に落ちなくてよかった。ロシアの水は冷たいからね」
「は、はい」
本当に運が良かった。
怪我は無いし、あの場から逃げ出すこともできた。
「あ、豪十郎さんを置いて来てしまいましたね……」
「あのじいさんなら火星に置いて来たって帰って来るだろうさ」
ジョークで言っているのだろうが、あの人なら本当に帰って来そうである。
「さて、いろいろとイレギュラーなことはあったけど、あんたを助け出すことには成功したね。日本へ帰してやるよ」
「すいません。ありがとうございます」
「仕事だ。礼はいらないよ」
そう言ってルカシェンコさんはフッと笑った。
……それから俺はルカシェンコさんに連れられて日本へ帰る。
事前に連絡をしてくれていたのだろう。空港へ着くと……。
「おにいっ!」
飛行機から降りて到着口から降りると、兎極がこちらへ駆けて来るのが見えた。
「兎極っ!」
駆け寄って来た兎極を抱き止める。
「よかったっ! よかった……。もう会えないかもしれないって……ぐすっ」
「ごめんな心配かけて」
泣きじゃくる兎極の頭を撫でる。
俺ももう会えないんじゃないかと思っていた。
またこうして会えて抱き合えたことは本当に嬉しかった。
「あたしもいるよ」
「わっ!?」」
いつのまにか朱里夏さんが俺の背中へと抱きついていた。
2人には心配をかけてしまった。
自分のせいではないが、申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
「五貴っ」
「あ、父さん、母さん」
2人に遅れて父さんと母さんがこちらへと来る。
「怪我も……無いようだな」
「うん」
心配そうな表情で父さんが俺の頭を撫でる。
「よかったよお前が無事で。ルカシェンコさん、息子を助けてくれて本当にありがとうございます」
「いや、仕事だ。構わないよ。それよりも五貴が四宮春桜からとんでもない話を聞いてね」
「春桜から?」
四宮春桜の名前を聞いた父さんは表情を引き締め、俺をじっと見つめた。