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第171話 鬼神に救われるおにい

 ここに入れられて3日経つ。


 もう俺に用は無いのか、四宮春桜がここへ来ることは無い。

 その代わり……。


「へー学校っておもしろいですね」


 瑠奈が毎日のようにここへ訪れていた。


 生まれてからすぐに中華マフィアに売られた彼女には親などおらず、もちろん学校へも行ったことがないので、俺の話す普通の日常みたいな話が珍しいようだった。


「五貴は博士から産まれたのですか?」

「う、うん。まあそうみたい」

「そうなんですね。瑠奈はあの水槽の中で生まれてここまで育ったから、そういうのよくわかりません。人間って本当は産まれたとき小さいのですか?」

「うん。普通は赤ちゃんで産まれてくるけど……」

「瑠奈には小さいころがありません。だから赤ちゃんってわからない……」

「そっか……」


 不幸な生い立ち……と言うべきなのだろうか?

 そもそも普通の人間として生まれ育ったわけではないので、彼女がなにを幸福と感じてなにを不幸と感じるかもわからない。


「君は……自分が幸福だと思う?」

「幸福? 幸福……。それ、どういうものなのかわかりません」

「楽しいとか嬉しいとか、そういうことがよくあれば幸福かな」

「楽しい……嬉しい……。あんまりありません。けど、今は少し楽しいと思います」

「……」


 微笑む瑠奈を見て、俺は彼女も普通の女の子なんだなと思う。


 産まれや育ちが特殊なだけだ。

 当たり前の常識なんかもきっと無いのだろうが、教えていけば今からでも普通の人生を送れるようになるかも。それが彼女にとって幸福になるのかはわからないが。


 ……その日の深夜、俺が固いベッドで眠っていると。


「……起きろ」

「……ん?」


 誰かの声。


 四宮春桜か? それとも瑠奈?


 どちらとも違う声のような気がしながら俺は薄っすらと目を開く。


「えっ? あ、あなたは……」


 見覚えのある金髪の白人女性。

 この人は確か……。


「ル、ルカシェンコ、さん?」


 以前、難波組とプーリアが組んでセルゲイさんを殺そうとしていたときに、日本へ来ていたロシアの捜査官だ。


「どうしてあなたがここに?」

「お前のママに頼まれたんだ。プーリアに攫われた息子を救ってほしいってね」

「母さんが……」


 きっと心配しているだろう。

 早く帰って無事な姿をみんなに見せたいと思う。


「さあ早くここから出るよ。見つかると面倒だ」

「は、はいっ」


 できれば瑠奈も連れて行けたら……。

 しかし彼女はきっと一緒には来ないだろう。ルカシェンコさんに迷惑はかけられないし、諦めるしかなかった。


 ルカシェンコさんが開けた扉から俺たちは部屋の外へ出る。

 左右には薄暗い廊下が続いており、先はほとんど見えなかった。


「こっちだ。急ぎな」

「はい」


 迷わず右のほうへ進むルカシェンコさんへ俺はついて行く。

 やがて建物の外へと出ることができた。


 このままルカシェンコさんについて行けば日本へ帰れる。

 そう思っていたが……。


「そこまでだよルカシェンコ」


 周囲が一斉に明るくなる。

 見ると、たくさんの車がヘッドライトをこちらへ向けていた。


「ちっ、見つかったか」


 ルカシェンコさんは懐から銃を取り出して構える。

 銃口の先に立っていたのは、同じく銃を構えているオリガだった。


「くくっ、あんたがうちらのアジトを探っているのは知っていたさ。けどまさか、その坊やが目的だったとはね」

「ふん。本当ならお前は今ごろ刑務所だったんだけどな」

「知らないのかい? 警察にはマフィアの友達が大勢いるんだ。友達想いの素敵な友人がたくさんね」

「反吐が出る話だ。お前らとまとめてそのお友達もいずれ潰してやる」

「いずれ? あんたにいずれなんてないよ。ここで死ぬんだから」

「くっ……」


 周囲はマフィアに囲まれており全員が銃で俺たちを狙っている。


 逃げ場などどこにもなかった。


「どきな坊や。あんたを殺す許可はドクターからもらっていない」

「は、離れませんよっ! この人は俺を助けに来てくれたんですっ! 自分だけ逃げるなんて、そんな格好悪いことはできませんっ!」

「おい馬鹿。お前まで一緒に死ぬことは無い」

「男ですからっ!」

「馬鹿かお前」


 俺だって死にたくはない。けど、ここでルカシェンコさんを置いて自分だけ生き延びては男が廃る。ここで逃げるという選択肢は男としてあり得なかった。


「はははっ! あー……本当に坊やは馬鹿だよ。あたしがドクターに気を使って坊やを殺すのを躊躇すると思うかい? 残念だけどしないよ。あたしの邪魔をするなら一緒に殺す。それだけさ」


 銃を持つオリガの指に力が込められていくのが見える。


 兎極、ごめん……。


 心の中で兎極に謝りつつ、俺は目を瞑った……。


「――おめえ、思ったより良い男じゃねぇか」

「えっ?」


 聞いたことのあるような声を耳にして目を開く。……と、


「あ、あなたは……」


 目の前にあったのは大きな背中。

 見上げた先には白髪の頭があった。


「ご、豪十郎さんっ!」


 朱里夏さんのおじいさんである豪十郎さんが目の前に立っていた。


「な、なんだこのでかいじいさんっ!? お前の知り合いかっ?」

「ええまあ……」


 ルカシェンコさんは驚きの表情で豪十郎さんを見上げていた。


 こんなでかくて筋骨隆々のじじいがいるかっ!

 ……な見た目をしているので驚くのもしかたがない。


「誰だいじいさん? ここは老人ホームじゃないんだけど?」

「はっ! オイラがそんなとこに入るようになったら、この世の終わりだぜ。おいお嬢ちゃん、そんなおもちゃでオイラを殺せると思うのか?」

「普通は死ぬんだよ」


 ズギューン!


 瞬間、オリガの持つ銃から銃声が鳴る。


「豪十郎さんっ!」


 いかにこの人が強くても、銃に撃たれたりなんてしたら……。


「がははっ! 痒いなっ!」

「えっ?」


 豪十郎さんの左胸あたりからなにかが地面にコロンと落ちる。

 見ると、それは先ほどオリガが撃った銃弾であった。


「な、なんだとっ!?」

「オイラの身体は頑丈なんだ。そんなおもちゃじゃ皮膚も傷つかねぇよ」


 ……この人は本当に人間なのだろうか?


 朱里夏さんも異常なまでに頑丈だが、この人はそれ以上だった。


「バ、バケモノかっ!」

「バケモノ? まあオイラのことを鬼って言う奴ぁいるな。若いころはみんなオイラのことを鬼神の……」

「鬼神の豪十郎……。懐かしい名前だな」


 そのとき車の中から誰かが出て来る。

 豪十郎さんと同じくらいに大きな身体の白人男性が、金髪のオールバックを金色の櫛でとかしながら現れた。

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