第166話 現れるオリガと3人の戦闘人間
……今日はなぜかセルゲイさんに大阪の仁共会本部へと連れて来られていた。
強面の人たちがぞろぞろといる中を通って部屋へ通され、俺とセルゲイさん、兎極と朱里夏さんは豪奢な和室で待たされることになった。
「あの、ここまで来て言うのもなんですけど、俺たちも一緒にいていいんですか?」
なにやら後宗連合が九州から北上する形で次々と極道組織を傘下に加え、いよいよ関西に進出して来るということでセルゲイさんは仁共会の大島と対策を話し合いに大阪までやって来たわけなのだが……。
「お前たちは狙われてるんだ。どこでも俺と一緒にいたほうがいいだろう」
「ま、まあ……」
警官の仕事がある父さんとずっと一緒に行動するわけにもいかないし、セルゲイさんの側にいるのが安全というのはその通りだった。
「そうだよおにい。パパと一緒ならなにが襲って来ても大丈夫だから」
「けど、大事な話合いだし、邪魔にならないかな?」
「じゃあじいちゃんに頼んだほうがよかった?」
と、朱里夏さんはお茶を飲み干して言う。
「朱里夏さんのおじいさんはまたどっか行っちゃったじゃないですか」
「じいちゃん自由だからね。けどすぐ帰って来るって行ってたか、そのうち戻って来るんじゃない?」
それがいつになるかはさっぱりである。
「ガキ大将がそのままじじいになったようなじいさんだからなぁ。ロシアンマフィアの話を聞いて楽しそうにしてたし、妙なこと考えてんじゃねぇかな」
「……」
セルゲイさんは豪十郎さんの動向を懸念しているようだ。
「今ごろじいちゃん、ひとりでロシアンマフィアの本部に乗り込んでるかもね」
「あのじいさんならやりかねねーな」
「本当ですか? けどまさかそんな……」
「あたしのじいちゃんだし」
「それは……はい」
朱里夏さんのおじいさんと言うのは説得力のある言葉だ……。
警視庁に乗り込んで警視総監をぶん殴るという信じられないことを平気でやる人だとも聞いたし、ロシアンマフィアにも平気で殴り込みそうである。
「すみません。お待たせしました」
と、そこへ大島が現れる。
「いや、たいして待ってねーよ。こいつらも一緒だけどいいか?」
「ええ。五貴君たちを襲ったのはロシアンマフィアの改造人間と聞きましたし、無関係ではありませんしね」
そう言いながら大島は座布団へ腰を下ろし、真剣な表情でセルゲイさんと向かい合う。
「後宗連合は驚異的なスピードで九州から支配を広げています。そう遠くないうちに関西へも進出をして来るでしょう」
「ああ。凄腕の殺し屋、3人を使って極道組織の頭を潰して次から次へ傘下に取り込んでるらしいな」
「仁共会の傘下組織も一部がすでに攻撃を受けて傘下に取り込まれています。例の3人は銃を使っても撃退することができません。止める術が無いんです」
「バケモノだな……」
凄腕の殺し屋とは写真で見た例の3人だろう。
瑠奈という少女ひとりでも尋常でない強さだったのに、同じくらいの存在があと2人もいるとはゾッとする話だ。
「しかし倒せねえことはない。ここに倒した男がいるんだからな」
「えっ?」
急にセルゲイさんに視線を向けられて俺は緊張する。
「3人のうちひとりを、五貴は倒してるんだ。しかも武器なんて使ってねぇ。身ひとつでボコっちまったんだ」
セルゲイさんがそう言うと、大島の背後に控えている強面の人たちが驚きの声を上げながら俺を見つめてくる。
「こ、こんな普通の坊主が?」
「信じらねぇ……」
畏怖するような視線で怖い顔の人たちに見られて身体が縮こまってしまう。
俺が持つあの力。
あれは四宮春桜……俺を産んだ母さんが胎児だった俺になにかしらの実験を施してできたものだ。
今になって母さんは俺の力に興味を示した。
ならば会って、俺の力がどういうものなのかを聞いてみたい。……それと、息子である俺をどう思っているのかも。
「その3人は俺がぶっ殺してやる。安心しな」
「セルゲイさんにそう言ってもらえると本当に安心ですね。しかし連中もセルゲイさんの強さは知っているはずです。正面から攻めてくるかどうか……」
「――その心配はないよ」
「!?」
部屋に女の声が響く。
この声、どこかで聞いたことがあるような……。
次の瞬間、障子を破って4人の者が部屋へと踏み込んで来る。
「てめえは……っ」
「ひさしぶりだね、セルゲイ」
ロシアンマフィアのオリガ・ゼルガノビッチ。
忘れたくても忘れられない、あのとき廃工場で会ったマフィアの女だ。
「おにいっ」
「五貴君」
立ち上がった2人が俺を守るように4人と対峙する。
2人が睨んでいるのはオリガではない。
その前に立っている青い髪の女だった。
「あんたがここへ来ることは知っていたよ。だから丁度良いと持って、あいさつに来てやったってわけさ」
「あいさつならもっと行儀良くしたらどうだ? 許しも無くこんなところまで土足で入って来るたぁ、下品な女だぜ」
「育ちが悪いんだ。上品さなんて期待しないでほしいね」
そう言いながら、オリガは吸っている葉巻の煙を吐いた。
「セルゲイ、あんたあたしの男になりなよ」
「なんだと?」
「プーリアはいずれ世界中の裏を支配する大組織になる。あたしの男になって置けば、あんたも今よりデカい男になれるよ」
「ふざけるんじゃねぇよ」
オリガの申し出をセルゲイさんは一考もせず拒否する。
「女の世話になってデカくなるなんて、そんなダセェ男になるつもりはねぇ。それに俺はタバコ臭ぇ女は好きじゃねーんだよ」
「そうかい」
吸っている葉巻を握り潰したオリガは、フッと笑みを浮かべた。
「てめえらが世界のどこでなにをやろうが勝手だがよぉ、この日本では好きにはさせねーぞ。痛い目見ねーうちにとっとと出て行ったらどうだ?」
「痛い目を見るのはどっちかね? あたしをフッたこと、後悔させてやるよ」
オリガがそう言うと、瑠奈を始めとした3人がジリリとこちらへ距離を詰める。
男2人はどちらも筋骨隆々で、身長は2メートル以上ありそうだ。
こんなのに殴られたら一発で頭が粉々になってしまうような気がした。
「おうてめえらっ! 若……いや、会長には指一本、触れさすんんじゃねーぞっ!」
部屋へ集まって来た仁共会の人間たちが4人のロシアンマフィアへ銃を向ける。そして一斉に発砲されたが……。
「な……っ!?」
オリガの盾となった巨漢2人の身体は銃弾をすべて防いでしまう。
しかし血は一滴も出ず、銃に撃たれた傷跡も無かった。
「バ、バケモノか……っ」
瑠奈は銃弾を拳で掴んで受け止めていた。
しかしこの2人はそれすらしない。
銃弾も効かないような怪物を一体どう倒せばいいのか……。
「ふっ、どうだい? ビビったなら今から考えを変えても……」
ドゴッ!
「なっ!?」
不意に放たれたセルゲイさんの蹴りが巨漢の白人を庭まで吹っ飛ばす。
その光景を、オリガは唖然とした表情で見ていた。
「ハジキが通用しねぇ? だからなんだ? こんな程度の野郎を連れて来たくらいでビビると思ってたんならよぉ、てめえ俺を舐め過ぎだぜ」
「……想像以上ってことかい」
そう言うオリガの表情からは余裕の色が消えた。