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第163話 伝説の極道だった朱里夏のじいさん

 ―――獅子真兎極視点―――


 あのじいさんがただ者じゃないのはわかる。

 老齢とは思えない筋肉量はもちろんだが、そこにいるだけで膝をついてしまいそうなほどの圧倒的な雰囲気がただ者ではないということを教えていた。


「なんだ朱里夏? この嬢ちゃんはおめえのダチか?」

「ダチじゃない。どちらかと言えば敵」

「ふぅん」


 じいさんはわたしからパパたちへと視線を移す。


 パパはゾッとしたような表情を崩さず、沼倉さんは顔色を真っ青にしていた。


「あ、あんたまさか……難波のおやっさんか?」


 難波のおやっさん。それは朱里夏の父親のことではないだろう。

 と言うことは……。


「なんだぁてめえ? オイラのこと知ってんのか?」

「30年前、俺はあんたを殺そうとしたことがあるんだぜ?」

「オイラの命を狙う奴ぁ多いからな。けど、てめえは見たことあるぜ。その白い髪は確か……東王組の鉄砲玉だな」

「ああ」

「東王組って……」


 確かパパがまだ若いころに入っていた組だ。

 そこから成り上がり、パパは日本一の極道組織である北極会の会長へとなった。


「銃で殺すのはつまらねぇからって、ハジキ投げ捨ててオイラに殴りかかって来たおもしれえクソガキだ。よく覚えてるぜ」

「一発でのされちまったけどな」


 パパは若いころから喧嘩が強くて負け知らずだったと聞く。

 そのパパが一発でのされるなんて……。


「パパ、この人のこと知ってるの?」

「ああ。この人は難波豪十郎。初代難波組の組長で、伝説の極道と呼ばれていた男だ」

「で、伝説の極道?」

「俺たちの世代じゃみんなこのおやっさんに憧れてた。いつか豪十郎のおやっさんみたいになりてぇ。豪十郎のおやっさんのタマを取って自分が伝説になる。そんなことを夢のように語るのが俺たち世代の極道だったよ」

「そんなすごい人なんだ……」


 放つ雰囲気からただ者では無いと思っていたが、話を聞いてみると想像以上だ。しかしこのじいさんの息子があの小物な難波の親父とは信じられない。


「13年前に引退してその後の消息は不明。歳もだいぶいってたし、とっくに地獄へ行って閻魔の首でも絞めてるかと思ってたぜ」

「地獄か。いいねぇ。向こうはつえー野郎がたくさんいるだろうし早く行きてぇぜ。がははははっ!」


 見た目通り豪快なじいさんのようである。


「おうクソガキ、てめえはまだ極道やってんだな」

「ああ。けどクソガキはよせよ。俺はもう50過ぎてんだぞ?」

「50なんてオイラからすりゃあ、ようやく寝小便を垂れなくなったくらいのクソガキよ」

「はっ、敵わねぇなこのおやっさんには」


 そう言ってパパは困ったように笑った。


「なんだ? 家の前が賑やかだと思ったらお前か」

「あ、お父さん」


 騒がしくしていたせいだろう。

 気になったらしいお父さんが玄関から出て来た。


「おう士郎、兎極が五貴に会いたいってんでな。連れて来たんだ」

「そうか。俺もお前に話があったから丁度良いよ。うん? こちらの方は知り合いか?」

「難波豪十郎さんだ。警官ならお前も名前は聞いたことあるだろう?」

「な、難波豪十郎?」


 名前を聞いたお父さんは目を剥いて豪十郎じいさんを眺める。


「昔、警視庁に乗り込んで警視総監をぶん殴ったっていうあの……?」

「け、警視総監をぶん殴ったって……」


 冗談……という雰囲気ではない。


「昔、難波の組員が不当に逮捕されたとかで、このじいさんが警視庁にひとりで乗り込んで行ったんだよ。そんで警視総監をぶん殴ったらしいぜ」

「いやその、よく組が無くならなかったね?」

「組員ひとりが不当に逮捕されただけで警視庁に乗り込んで警視総監をぶん殴れるようなじいさんだぜ? 組を潰しなんてしたらなにしでかすかわからねぇだろ? ヤクザもんひとりを警視庁へ乗り込ませて総監をぶん殴られたなんて恥も晒したくないとかで、この事件は無かったことになってんだよ」

「そ、そうなんだ」


 想像以上にむちゃくちゃなじいさんであった。


「そんなこともあったなぁ。がははっ! 懐かしいぜ」

「桜の代紋に正面から喧嘩売るなんて、あんた頭おかしいぜ」

「まともならオイラぁ今ごろは総理大臣でもやってるぜ」

「かもな。おかしくてよかったよ」


 日本一の極道であるパパが辟易してしまうレベルとは。

 恐ろしいじいさんである。


「あたしのじいちゃんなの」

「難波さんのおじいさん? ってことは……」


 少し驚いたような表情でお父さんはチビ女を見る。


 そういえばお父さんにはこのチビ女の実家がヤクザって話は隠してたかも。


「おう、それよりも五貴ってのはいるのか? 会いに来てやったんだ」

「えっ? 五貴にですか? 五貴なら中にいますけど……」

「そうか。それじゃあ邪魔するぜ」

「あ、ちょっと……」


 豪十郎じいさんはチビ女を伴って家の中へと入って行く。

 わたしも慌てて中へと飛び込んだ。


「おにいっ!」

「あ、兎極、朱里夏さん。えっ? 2人ともどうしてそんな大怪我を……」


 家の中に入り、居間に座っているおにいを見つける。


 わたしは駆け出して抱きつこうとしたが、


「おにいに近づくなこの……チビ女っ!」


 駆け出そうとしていたチビ女を背後から抱え上げ、そのままバックドロップを食らわせる。


「この……よくも」

「てめえとはここで決着をつけてやる。来やがれっ!」


 廊下で睨み合うわたしとチビ女。


 わたしは強くなったのだ。

 もうこんな奴に苦戦なんて……。


「なにやってるのっ! やめなさいっ!」

「えっ? あっ」


 聞き慣れた声を耳にして振り返ると、そこには眉間に皺を寄せたママが立っていた。


「あ、ママ」

「あんたはもう、すぐ喧嘩するんだからっ」

「ごめんなさい……」


 ママに叱られて俯く。と、


 ペシッ


 チビ女に頭をはたかれた。


「てめえっ!」

「兎極っ!」

「ご、ごめんなさい……」


 ママに怒られながらわたしが睨むと、チビ女はニイっと嫌な笑みを浮かべた。


「と言うか、あんた傷だらけじゃないのっ! どうしたのそれっ!」

「いやあのその……ちょっと喧嘩しちゃって……」

「喧嘩? セルゲイっ! あんたが一緒にいたんでしょっ!」

「す、すまねぇ。いろいろあってよ……」

「いろいろって……」

「ママっ、パパが悪いんじゃないのっ。パパはわたしがしたいようにしてくれただけだから……」


 この怪我はすべて自分のせいで負ったものだ。

 パパはなにも悪くないと、それをママにわかってもらいたいという思いを真剣に伝えた。


「兎極……」

「パパを責めないで。この傷はわたしを成長させてくれたものでもあるから」

「……わかった。もうなにも言わない。けどあなたは女の子なんだから、怪我するようことはあんまりしないでね」

「うん……」


 返事はするも、約束をするのは難しい。


 大好きなおにいを守りたい。

 大好きなおにいに危険が迫る限り、怪我をしてでもわたしは戦うんだ。


 ママには心配をかけてしまうけど、その思いは変えられなかった。


「それで、柚樹、お前はなんでここにいるんだ?」

「ああ、士郎さんと話があってね。……まあ、丁度良いし、あんたにも話して置いたほうがいいかもね」

「うん? お前が俺に話なんて珍しいな」


 ママはなにやら神妙な面持ちをしており、話が楽しいもので無いことは明白であった。


「そっちのでっかいおじいさんはどちら様?」

「オイラは……」

「ああっ! こ、この人は兎極ちゃんの友達のおじいさんですよっ! ほらこの子っ! 朱里夏さんっ! いつも孫が世話になってるからってあいさつに来たんですってっ!」


 と、お父さんは慌てた様子でそう説明する。


「そう」


 ママはやや怪訝そうに返事をした。


「ああ、お客さんならお茶がいるわね。あたしが淹れるから居間に案内してあげて」

「わ、わかりました」


 台所へ向かうママを、お父さんは冷や汗をかきながら見送った。


「おい、オイラぁ、別にあいさつに来たわけじゃねーぞ?」

「すいません。柚樹さんは警官なんですけど、仕事にすごく厳しい人なんですよ。難波さんの正体を知ったらなにを言い出すかわからないので……」


 確かにそれはそう。

 このおじいさんが警視総監を殴ったことのある伝説の極道だなんてママが知ったら、逮捕にはならなくてもひと悶着起こりそうだった。


「ああ、あの嬢ちゃんはマッポか。確かに気が強そうでマッポな雰囲気だったぜ」

「ちなみに私も警官です」

「そうなのか? おめえは俺ら側な雰囲気だと思ったんだけどな」

「はは……」


 豪十郎じいさんに言われてお父さんは苦笑い。


 このじいさんはお父さんの本質を見抜いているのだろう。


「おう、それよりも五貴ってのはおめえか?」

「えっ? あ、はい。俺が久我島五貴ですけれど……」


 返事をして自己紹介するおにいを、豪十郎じいさんはまじまじと見つめていた。

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