第160話 最凶幼馴染の襲撃
―――獅子真兎極視点―――
「まさか避けられるなんてねぇ。女の勘……じゃなくて、獣の勘だろうね。あんたの場合」
忍者のような黒い服を着た天菜は肩に大刀を担いで笑う。
「なんでてめえがここにいる?」
「あんたを殺すために決まってるでしょ」
「はっ、てめえにあたしが殺せるかよ」
「前までのわたしと同じだと思ったら大間違い。パワーアップしたからね」
「パワーアップ?」
妙は格好をしているが、強くなったようには見えない。
しかしベッドを一撃で両断した力は、以前のこいつになかったものだ。
パワーアップがなんなのかはわからないが、今までと同じだと思うのは危険かもしれない。
そう思ったわたしは不用意に近づかず、やや下がって距離を取る。
「もしかしてビビってる? あんたがわたしに。きゃははっ! ああ……そんな姿を見るだけでも気分が良い。これからもっと気分の良くなることができると思うと、今から楽しい気分が抑えられないよ」
「……」
目を見開いて不気味に笑うクソ女。
油断をすればわたしも一瞬であのベッドと同じになる。
神経を集中させ、クソ女の動向を窺う。
「ふふっ、全身を切り刻んで五貴に届けてあげる。さぞおもしろい顔が見れるだろうね。くくっ……あははははっ!」
「黙れゴミ女が」
わたしは拳を固めて天菜を睨む。
「今までは雑魚だから甘くしてやってたけどよぉ。あたしを殺せるくらいの力を持ったってのならもう容赦はできねーぜ。覚悟はあんのかよ?」
「わたしにあんたを殺す覚悟があることくらい、聞くまでもないでしょ?」
「ちげーよ。自分が死ぬ覚悟だ」
「わたしが死ぬ? あはははっ! 死ぬのは100%あんただよ。わたしがあんたを殺すの。アリを踏み潰すようにね。アリに殺されるなんてあり得ないでしょ?」
「……」
こいつは自分が負けるなんて微塵も思っていない。今まで散々にやられてきてこれほど自信を持てるということは、それだけの力を手に入れたということだろう。
「もうおしゃべりはいいでしょ。あんたとなんか話したくもないの」
「それはあたしも同感だよ」
「だったらもう言葉はいらない。悲鳴だけあげてなっ!」
大刀を上段に構えて襲い掛かって来る天菜。
狭い部屋の中で戦うのは分が悪い。
そう考えたわたしは床を蹴って背後に跳び、部屋の窓ガラスを割り砕いて庭の芝生へと着地した。
「逃がすかっ!」
「逃げねーよっ!」
身体をずらし、振り下ろされる大刀を左へとかわす。そして、
「おりゃっ!」
「ぐっ!?」
右拳で天菜の顔面を打つ。
打たれた天菜は吹っ飛ぶも、くるりと縦に回転して地面へ着地する。
「てめえ……」
以前ならばさっきの一撃で意識を奪っていただろう。
しかし拳を食らった天菜は痛そうな表情を見せるも大きなダメージは無さそうで、こちらを睨みながらニヤリと不敵な笑みを見せる。
「ああ……痛ったい。本当、ムカつくくらい馬鹿力だよあんた」
「それがてめえの言うパワーアップか?」
「そう。以前までのわたしとは違うの。くっくっくっ」
「ちっ」
手ごたえが妙だ。異様な硬さがある。
まるで身体の内側に金属でも仕込んでいるような……。
「くくっ、改造人間。それが今のわたし」
「か、改造人間……だって?」
前におにいがあのチビ女を助けたときに戦ったって言うあれのことか。
まさかこいつがその改造人間に……?
「もうあんたじゃわたしには勝てないの。あんたはわたしになぶり殺されるだけ。無残に凄惨に……あんたはわたしに殺されるの」
「……っ」
殴ってもほとんどダメージはなかった。これじゃ本当に……。
「兎極っ!」
「お、お嬢っ!」
「パパっ!」
そこへパパや組員が駆けて来る。
騒ぎを聞いて飛び起きて来たのだろう。
「ど、どうしたんだっ!? そいつは……」
「この、どこの鉄砲玉だてめえっ!」
組員のひとりが天菜へ向かって銃をぶっ放す。しかし……。
「ふん」
肩に銃弾を受けるが天菜は平然としている。
そして血も流れなかった。
「な、なんだこいつ……会長っ!」
「ああ」
パパが天菜のほうへ歩いて行く。
パパに任せればこいつを倒してくれるかもしれない。……けど、
「こいつはあたしの敵。だからパパは手を出さないで」
ここで助けられたらわたしはこのクソ女から逃げたことになる。
それは絶対に嫌だ。
「待て。こいつなにかやばいぞ。前に廃工場で会ったときとはなにか違う。お前じゃ……」
「いいから。パパも他のみんなも下がってて」
こいつがやばいのは戦っているわたしが一番にわかっている。勝てないかもしれない。けど、今、仕留めなければ、こいつは次におにいを狙うだろう。そんなことは許さない。だからここでわたしが仕留めなければダメなんだ。
「パパに加勢をお願いしたほうがいいんじゃない? そうすればもう少し長生きできるかもよ?」
「黙れ。てめえなんかあたしだけで十分なんだよ」
「ふふふっ、減らず口。だったらもっと絶望させてあげる。あんたがわたしに土下座して命乞いをするくらいの絶望をね」
天菜は大刀を地面に刺し、側頭部をトンと押す。と、
「な、なに?」
こめかみあたりからICチップのようなものが出てくる。
それを懐へ収めた天菜は、別のチップを頭へと刺し込んだ。
「なんだてめえ……それ?」
「ふふ、それが知りたければ試してみれば?」
そして天菜は構えを取る。
それはカンフー映画で見るような武術の構えであった。
「蟷螂拳って知ってる?」
「……」
知ってはいる。カマキリのような構えの拳法だ。
その構えを天菜がしているのはわかるが……。
「てめえ、舐めてんのか?」
こいつは空手を習っていたが、中国武術など素人のはずだ。
そんな奴がカンフーの構えなどふざけているとしか思えなかった。
「舐めているのかどうか、かかってくればわかること」
「ちっ!」
改造人間になってもダメージがまったく無いわけじゃない。
殴りまくればいつかは倒せると、わたしは勇んで天菜へ殴りかかった。
「ふっ」
「なにっ?」
しかしあっさりと避けられ、顔面と鳩尾へ素早い二連撃を入れられてしまう。
「が、は……」
「兎極っ!」
パパがうしろで声を上げる。
動きが素人のものではない。
カンフーの達人みたいな動きであった。
「あはははっ! あんた馬鹿じゃないの? わたしが頭に入れたチップがおもちゃだとでも思った? そんなわけないじゃない」
「ぐ、うう……」
「このチップには達人のデータが入れてあるの。これを頭に挿入することで、素人でもあらゆる武術の達人になれる。どう? すごいでしょ? あははははっ!」
「くっ……」
まさかそんなことが……。
しかし実際、奴は達人のような動きをした。
嘘ではない。恐らく事実だろう。
「単なる喧嘩馬鹿のあんたが達人に勝てるわけないでしょ? 諦めて土下座でもしたら? そしたらわたしの奴隷にしてあげてもいいけど?」
「てめえに頭下げるくらいなら死んだほうがマシだ」
「じゃあ死ねば? くっくっくっ」
「……っ」
悔しいが奴の言う通りわたしは喧嘩しか知らない喧嘩馬鹿だ。
武術の達人なんかに敵うはずは……。
「兎極っ! 喧嘩は最強だっ!」
勝てないかもしれない。
そんな気持ちになるわたしの背後でパパが叫んだ。