第158話 喧嘩の強さとは?
肌を真っ赤にした風間はくっくっくっと声を出して笑い出す。
「素晴らしい力ですわ」
さっきまでの焦り顔は無い。
むしろ余裕の表情であたしを見ていた。
「さっき飲んだ薬はなんだ?」
「超人の薬……とか言ってましたわね。これを飲むことで身体能力を飛躍的に向上させられますの。まさに超人のように」
「超人の薬? 誰がそんなものを?」
「そんなことあなたには関係ありませんわ。この薬は寿命を縮めてしまうリスクはありますけども、ここであなたに殺されるよりはマシですわ」
「……」
肌が赤くなったこと以外は身体に変化は無い。
身体能力が向上したようには見えないが……。
「少し、試してみましょうかしら?」
「!?」
風間の姿が目の前から消えた。瞬間、
「がはっ!?」
腹に衝撃。
見ると、あたしの腹に風間の拳がめり込んでいた。
「あ……があ……」
ふらりと足をヨタつかせてあたしは下がる。
なにも見えなかった。
気が付けばあたしは腹を打たれ、こうして強烈なダメージを受けていた。
「ふふふ、今のわたくしはあなたより何倍も強いですわよ」
「くっ……」
間違い無くさっきの改造人間どもより強い。
腹に1発食らっただけで、意識を持っていかれそうになった。
「がははっ! 朱里夏、そいつはおめえより何倍も強いな。間違い無い。そのままじゃ殺されるぞおめえ」
「わかってる」
「わかってるなら、俺が言うことはなにもねぇな」
あたしが殺されそうになっても、じいちゃんは平気な顔で魚を食べ続けている。
これはあたしが買った喧嘩だ。
それであたしが殺されても、じいちゃんはなにも思わない。ただあたしが喧嘩で負けて死んだだけ。その程度のこととしか考えない。
だがそれでいい。
それでこそ、あたしのじいちゃんだ。
「ふん。まだそんな目ができますのね」
忌々し気な目があたしを見つめる。
こいつがあたしの何倍何十倍、強かろうと関係無い。
絶対に仕留める。この喧嘩は絶対に勝つ。
「来い風間。お前はここで殺す」
「その言葉……そっくりそのままお返し致しますわっ!」
目の前から消えた風間が今度はあたしの顔面を拳で打つ。
殴り飛ばされたあたしは、大きな岩へと身体を強く打ち付けた。
「あははははっ! 反応すらできていませんわねっ! それでよくわたくしを殺すなんて言えたものですわっ!」
「……」
「む……っ」
ふらつきながらあたしは立ち上がる。
そして風間を前にニヤリと笑う。
「な、なにがおかしいのかしら?」
「くっくっ……別に。全然、効いてないのにお前が嬉しそうだから笑っただけ」
「ふん。つまらない強がりを……」
「くっくっくっ」
「っ、その不気味な笑いはやめてくださるかしらっ!」
風間は圧倒的な力であたしを殴り、そして蹴り飛ばす。
「はあ……はあ……」
しかしあたしは何度、強い攻撃を受けても立ち上がる。
そのたびに風間を見て笑った。
「くっくっくっ、効かないね……」
「あ、ありえませんわっ」
ゾッとした表情で風間は叫ぶ。
先ほどまであった余裕の色は表情から消え去り、ただただ気味の悪いものでも見るような、そんな顔であたしを睨んでいた。
「くははっ! 風間のお嬢ちゃん、これが喧嘩だよ」
じいちゃんが楽しそうに言う。
「確かに朱里夏よりおめえのほうが力はつえーよ。けどな、喧嘩ってのは格闘技じゃねーんだ。力の強いほうが勝つとは限らねぇ」
「な、なにを言ってますの? 喧嘩なら力の強いほうが勝って当然じゃありませんのっ!」
「喧嘩ってのは命懸けだ。命張って、意地をぶつけ合うんだ。ぜってーに負けらんねー。勝たなきゃならねーって、意思のつえーほうが喧嘩は勝つのよ」
「あり得ませんわそんなことっ! 戦いは力こそすべてっ! 力の強いほうが勝つに決まっていますわっ!」
「そうかもしれねぇな。だったらお嬢ちゃんがそれを証明すればいい」
「言われなくてもそうさせてもらいますわっ!」
拳を固めた風間があたしへ向かって殴りかかって来る。
あたしはその拳を鼻っ柱に受けるが……。
「はっ!?」
殴られると同時に風間の腕を左手で掴んだ。
「取った……」
「なにを……がっ!?」
そのまま思い切り引っ張り、風間の顔面に頭突きを食らわす。
「このっ! ぐあっ!?」
続けて突き出された風間の拳に、あたしは自分の拳を突き出してぶつける。
指の骨が砕ける感覚を覚えるがどうでもいい。
同じく拳が砕け、呻きつつ退く風間の眉間を折れた拳で殴る。
「がっは……っ」
うしろ歩きにたたらを踏んで倒れる風間。
足元に落ちている拳大の石を掴んだあたしは、倒れている風間へ馬乗りとなって顔面にそれを打ち付けた。
「んぎゃっ! こ、この……っ!」
風間も手に石を掴み、それであたしの顔面を殴る。
殴られたあたしは顔面を血だらけにしながら、ふたたび石で風間の顔を叩く。
そんな応酬が何度か続き……。
「あ、が……」
やがて風間は動かなくなる。
頭から流れてくる血が目に入ってなにも見えない。なにも見えない中、あたしは無心で風間を殴り続けていた。
「朱里夏、おめえの勝ちだ。それ以上は無意味だぜ」
「あ……」
じいちゃんの声を聞いたあたしの手からは石が落ち、その後に意識を失った。